020.エリック・ジラルド
〈弱き者の味方であれ〉
ジラルド家に受け継がれてきた教えだ。
今でこそ子爵という爵位を承っているが、昔のジラルド家は、一介の兵士でしかなかった。
そこから戦闘で数多の功績をあげ、貴族の仲間入りをしたのだ。
貴族として歴史が浅いこともあり、貴族社会ではまだ見下されることがある。
けれど平民上がりだった祖先を思えば、乗り越えられた。
弱き者の味方であれ、というのは貴族になった祖先が、忘れてはならないジラルド家の使命として残したものだ。
強き者が、弱き者を守る。
力は腕力に限らない。権力を持ったのなら、その力で、弱き者を守るのだと。
当然のことだ。
けれど悲しいことに、その当然が覆されるときがままあった。
貴族の横暴はなくならない。
しかも相手は平民に限らず、同じ貴族であっても、爵位が下というだけで蔑むのだ。
貴族社会では、爵位がものを言う。
下の者が、上の者に逆らうことなどできなかった。
いや、してはいけないのだ。
おかしいと思う。
守るべき者を守らず、何が貴族だと。
何のために王から爵位を承ったのか。
本来なら栄光ある爵位を、ただ威圧の道具に使う者が許せない。
「王妃様は、今の貴族社会のあり方を憂いておられる。お前も特にウッドワード家には気を付けよ」
「父上、ウッドワード家に何があるのですか?」
「あの家は謎が多い。侯爵家にもかかわらず、魔力は男爵家と変わらないときている。一体何をして今の地位を守っているのか、わかったものではない」
まず魔力の少なさに驚いた。
侯爵家といえば、王家の次に地位が高い。相応に魔力も多いはずだ。
それが男爵家ほどとなれば、自分よりも魔力が少ないことになる。
「そんなこと、あり得るのですか?」
「現にそうなのだ。噂では、爵位にものを言わせて、疑問視する者の口を封じていると聞く。お前はちょうど嫡男と同い年だ。次の夜会では顔を合わすかもしれん。決して、臆するではないぞ」
父上に肩を叩かれ、意気込む。
父上曰く、王妃様は侯爵家の出だが、下流貴族にも心を砕いてくださっており、貴族の鏡のような人だという。
正しいおこないをすれば、ちゃんと報いてくださると。
にもかかわらず、自分の力が及ばず気落ちする。
ルーファスが少年を威圧するのを目の当たりにし、間に入ったまでは良かった。
けれど想像以上にルーファスは手強く、結局少年は逃げるように去ってしまった。
今まで、自分が相対した者は、爵位が上であっても怯んだ。悪いことをしていると自覚があるからだ。
なのにルーファスは終始平然として、あまつさえ更に少年を脅す暴挙に出た。
悪行を悪とも思わない、それがウッドワード家なのかと、今になって悪寒が走る。
「いました! お兄様、あの人です!」
腕をさすったところで、聞こえた声に振り返った。
そこには先ほどの少年がいた。
立ち去ったと思っていたが、もしかして助けを呼びにいっていたのか?
自分は力及ばず、少年に心配までさせてしまったのか。
ルーファスは侯爵家、自分は子爵家だ。到底敵わないと思われてしまったのだろう。
目の前にきた少年の兄が、口を開く。
「君は……ジラルド子爵家のエリック君かな?」
「はい、エリックと申します。この度は、自分の力が及ばず申し訳ありませんでした」
「本当だよ。弟がルーファス様と話す機会を台無しにするとは、どういう了見だい?」
「え? 自分は……」
台無しにした? 何を?
咄嗟に少年を見る。
しかし厳しい視線を少年からも向けられ、考えがまとまらない。
「折角ルーファス様が声をかけてくださったのに! もしあれで、ぼくが嫌われたらどうしてくれるんだよ!」
「だって君は、怯えていただろう?」
「それは、まさか一番に声をかけてくださるなんて思わなくて、緊張はしてたよ! なのにあなたは言いがかりをつけて、ルーファス様を責めたんだ! 酷いよ!」
酷い……? 自分が?
「自分は、ただ助けようと……」
「何からだい? エリック君、君は子爵家でありながら、侯爵家と伯爵家の会話に無礼にも割って入ったんだ。これは正式にジラルド家へ抗議させてもらうよ」
ガラガラと自分の中で何かが崩れる音がした。
〈弱き者の味方であれ〉
ウッドワード家に臆せず向かったつもりだった。
正しいおこないをしているつもりだった。
けれど少年が言うには、自分こそが悪者で――。
自分は何をしてしまったのだ?