002.ヴォルフ・ウッドワード
赤子のころから、ルーファスは大人びていた。
変な言い方だが、そう表現するほかない。
ルーファスはぐずることもなければ、夜泣きすることもなかった。
彼が泣くときは決まって、自分ではままならない用があるときだけだ。
育児書にそぐわないルーファスに、乳母はよく混乱した報告をあげた。
医者にも診せたが、終ぞ異常は見られなかった。
しかしヴィヴィアンが生まれ、その異質さがより際立つようになる。
彼女は、赤子らしい赤子だった。
よく泣くヴィヴィアン。
ピクリとも表情を変えないルーファス。
成長するにつれ、二人の対比は鮮烈になったが、私の幼少期を知る使用人たちは、むしろ安堵した。
ルーファスの変わらない表情が、私と一緒だったからだ。
付き合いの長い老齢の執事は語る。
「お子様たちは、旦那様を分けてお生まれになったようですな」
「どういう意味だ?」
「後天的な性質をルーファス様が、先天的な性質をヴィヴィアン様が継がれたのでしょう。旦那様も赤子のときは、よくお泣きになられましたから」
「……」
「乳母と一緒に、寝不足になったものです。ルーファス様は、判断力が優れておられるが故、不必要なことをなさらないだけかと」
――だとしたら。
これはルーファスにとって必要なことなのかと、両手を広げる息子を見下ろす。
その無表情からは何も読み取れない。
けれど発せられた言葉は、私の心を粉砕するのに十分だった。
「父上は、お顔が怖いのです」
自覚はあった。
私が近寄るだけで、ヴィヴィアンに限らず、気弱な者は泣きそうになる。
表情を変えないのはルーファスだけだ。私がそれで救われていたことに、息子は気づいているだろうか。
そんなルーファスは、未だかつて私に何かを強請ったことはない。
執事に視線をやれば、和やかな笑みが返ってくる。
意味を理解し、私は二人に腕を伸ばした。
目を丸くするヴィヴィアン。少し期待したが、ルーファスの表情は変わらない。
けれど漏れ聞こえた声は、楽しそうだった。
そうだ、ルーファスは私と同じなのだ。
顔に出ないだけで、心は存在する。
知っていたのに、私はわかっていなかった。
ヴィヴィアンのためだと言ったが、ルーファスもずっと私に甘えたかったのではないのか。
私は、どれだけ息子たちの気持ちを見過ごしてきた?
自責の念にとらわれはじめたとき、次なる衝撃が私を襲う。
「父上、大好きです」
「お父様、大好き!」
死ぬかと思った。
幸福感に殺されそうになったのは、これがはじめて……いや、ルーファスやヴィヴィアンの産声を聞いた以来だった。