018
父上は淡いグレーのスーツに、僕は紺色のスーツに、そして父上と僕に挟まれる位置の母上は、青いドレスに白百合のコサージュを付けていた。
三人並ぶとグラデーションになる色合いだ。
予想以上に注目されているけど、男性用コサージュの宣伝であることを考えれば上々だろうか。
これで後日、イアンにコサージュを贈っても大丈夫かな。
強面の父上でも、花の飾りをアクセサリーとして使うことが公にできたんだから。
イアンもヴィヴィアンと同じように、隠すことなくコサージュを楽しめたらいいと思う。
「そうだわ、ルー。今日は王妃派も多いから、嫌味を言われるでしょうけど、気にしちゃダメよ。実害はないから」
母上はそう耳打ちすると、ちょうど正面にいた男性に声をかけた。
基本的に社交の場では、爵位の高い人から低い人へと声をかけるルールがある。
実質、王家に連なる人と侯爵家以外は、ウッドワード家から声をかけない限り、話すことができない。
母上が声をかけたのは子爵家の当主で、彼は些か大仰な振る舞いで近付いてきた。
「これはこれは、ウッドワード家の皆様、ごきげんよう。ウッドワードご夫人は本日も大変麗しく……もしやウッドワード卿とご子息の胸元で輝いているのが、件の男性用コサージュですかな?」
あ、これサクラだ。
子爵はよく通る声で、都合良くコサージュの説明をしてくれる。
事前に母上と打ち合わせをしていたんだろう。
彼の声を皮切りにして、遠巻きに様子を窺っていた人たちも一斉に動き出す。
喧騒が会場内に戻り、次々と人が現れては、父上と母上に挨拶していった。
中には母上の言う通り、好意的じゃない人もいたけど、父上が付けるコサージュを悪く言う人はいなかった。
王妃派の人たちに嫌味を言われるってことは、やっぱり父上は王妃様に信用されてないんだろうか。
アルフレッドからそう聞かされているものの、まだ父上には直接確認していない。
帰りの馬車で聞こうかな。
そんなことを考えながら、人の名前と顔を覚える作業をしている内に、挨拶の波が落ち着いてくる。
「それじゃあルー、またあとでね」
大人は大人と、子どもは子どもと交流を深める時間になったらしい。
自然と大人と子どもを分ける流れができて、僕も子どもが集まるエリアに足を向けた。
「……」
何だろう、歩いてるだけなのに、視線が痛い。
自意識過剰だろうか?
しかし確実に、僕が近寄るだけで道を譲られる。
おかげで混雑を気にすることなく、目的のエリアに到着した。
「……」
まぁ、ここでも遠巻きにされるよね。
母上のように、僕は仕込みなんてしていないし。
こちらから声をかけるしかないんだけど、集まる視線の多さに緊張する。
思わずいつも付けているペンダントを撫でた。今日はコーディネート的に、ペンダントはシャツの下に入れていたから、指先に布の感触が混じる。
意識して呼吸を整え、気持ちを落ち着かせた。
そして意を決して、見覚えのある少年に声をかける。
「ごきげんよう」
「はひっ……!」
思いっきり引かれた。
おかしい、デビュタントのときにも挨拶して、見知っているはずなんだけど……。
どうしよう、何か間違えたんだろうか。
声をかける前に必要な手順がなかったか、頭をフル回転させる。
しかし該当するミスが浮かばない。
……もしかして怖がられてる?
ヴィヴィアンは普通に接してくれるし、アルフレッドやイアンも懐いてくれてるから忘れていたけど、僕は表情が変わらない。
前世を理解したとき、窓に映っていた自分を思いだす。
氷像のような容姿に、凍てついた眼差し。
まだ幼いとはいえ、ゲームの終盤、ラスボスとして登場する冷血なルーファスの面影があった。
大人からすれば、今の僕は子どもでしかない。
けれど同年代の子にしてみれば?
アルフレッドもイアンも、最初から打ち解けていたわけじゃなんだ。
やっぱり僕は、子どもとしての感覚が薄れているらしい。
あれ? でもこれって八方塞がりなんじゃ……。
怖がられているなら、誰に挨拶しても同じ反応をされるはずだ。
けれど突っ立っているわけにもいかない。
せめて挨拶を返してくれないかな、と声をかけた少年を見ると、彼は物理的にもジリジリと後退していた。
心配しなくても、とって食べたりしないのに。
僕がどこかへ行ったほうがいいのかな、と考えた矢先、少年を背中に庇うようにして別の子が現れる。
背が僕よりも高い。
「不要に相手を威圧するのが、あなたのやり方か」
短い深緑の髪には覚えがあった。
エリック・ジラルド。
僕が探そうか悩んでいた、ゲームの攻略対象だ。
彼の目には、僕が少年を威圧していたように映ったらしい。
「そんなつもりはない」
つもりはないんだけど……父上のことを考えると、同様に表情の動かない僕は、威圧感を出しているかもしれなかった。
「現に相手を怯えさせておいて?」
「あ、あの……ぼ、ぼくは……」
「気にしなくていい、きみは悪くないのだ」
僕が悪役なら、エリックはさしずめ正義の味方か。
ゲームでは実際そうなんだけど。
エリック・ジラルド。
ジラルド子爵家の長男。戦闘に長けた家系で、現当主も騎士団長を務めている。
ゲームのエリックには、アルフレッドの近衛隊長になる未来があった。騎士団の中で一番名誉のある職だ。
アルフレッドが光剣で戦う前衛なら、エリックは強固な盾でもって、敵の攻撃から味方を守る前衛。
わざと敵を挑発して、自分に攻撃を集中させる盾職だった。
ウッドワード家が魔力で国を守るなら、ジラルド家は戦闘で国を守るといった感じだろうか。
無口だけど、誰よりも熱い男。
正義感の強さは変わらないみたいだけど……あのエリックの声が聞けるのは新鮮だった。
ゲームの彼は、ほとんど喋らない。
唯一語るのが、ゲーム主人公への思いだけで、それがまたプレイヤーを魅了した。
そんな彼は今、僕に敵意のこもった眼差しを向けている。