016
母上が催した、「お花畑に集まった妖精たちの会」が終わる頃には、日が暮れていた。
単に着せ替え人形にされただけなんだけど。
僕のサイズに合うものがなかったおかげで、ドレスは一回着ただけで済んだものの、そのあともパーティー用の正装に、どのコサージュが合うか試されて大変だった。
ヴィヴィアンのドレスやワンピースを、何着も着せられていたイアンに比べたらマシかもしれない。
イアンは、むしろ色んな女の子の服が着れて喜んでたけども。
大丈夫かな、男の娘になったりしないかな。流石に我が家以外では無理か。
日が暮れたこともあって、母上はイアンを夕食に招いた。
僕は夕食までの間、当初の目的を果たすべく、イアンを自室に案内する。
元の服に着替えてソファに座ると、全身から力が抜けた。
思いの外、精神的に疲れていたみたいだ。
「付き合わせて悪かった」
「ううん、ボクは凄く楽しかったです!」
打ち解けてくれたのか、応接間で顔を合わせたときの緊張感はもうない。
「ルーファスお兄様がお姉様のときは、妖精というより精霊のような神々しさがありました!」
「僕はずっとお兄様だよ」
断じてお姉様になったときなどない。
「はい、ルーファスお兄様!」
言い含めたかったけど、邪気のない笑顔を向けられて気が抜ける。
素で妖精なのは、イアンのほうなんだけどな……。
イケメンの幼少期って怖い。
にこにこしているイアンを見ると、簡単に絆されてしまう。
「ところで、アルフレッド殿下のことなのだけど」
「……ルーファスお兄様も、仲良くしなきゃダメだと思いますか?」
イアンの顔には、仲良くしたくないと書かれていた。
彼の性格からして、横柄に見える殿下とは相性が悪いんだろう。
「僕は二人が仲良くしてくれたら嬉しいけど」
「どうしてです?」
未来が変わるかもしれないから。
けれどそれ以上に、仲違いして欲しくなかった。
だってどっちもいい子なんだ。
決してわかり合えない相手じゃないから、余計にそう思う。
「好きな子同士が、ケンカしていたら嫌だろう?」
「好きな子……」
まだ友達と言い切る自信がなくて、曖昧な表現になってしまった。
「ルーファスお兄様は、殿下のどこが好きなんですか?」
「どこって言われると難しいな……」
愛らしいから、といってもイアンには伝わらないだろう。
「内面は、イアンと変わらないところかな」
「全然違うと思います」
「それは外面の印象だろう? こればかりは時間をかけて観察しないとわからないかもしれない」
気持ちと裏腹な態度を取ってしまう人間性は、大人になるにつれ理解できるものだ。子どもっぽいと称されるぐらいだし。
現在子どもであるイアンに、理解しろというほうが間違っているだろう。
「ルーファスお兄様には、ボクとは違う殿下が見えてるってことですか?」
「そうだね。僕はイアンもアルフレッドのことも好きだから、仲良くして欲しいと思う。無理をする必要はないけど、イアンの場合、お父上もそれを望んでおられるのが問題か」
貴族を束ねる王家と繋がりを持っておいて損はない。
むしろ貴族なら、誰でも懇意にしたいだろう。
貴族社会で、家を守るための損得勘定については、イアンも説明されていると思うけど……。
「お父様は、きっと殿下の性格を知らないんです」
「知っていても、お考えは変わらないと思うよ」
納得できないんだろうな。
気に入らない相手にも、笑顔を向けないといけない社会なんて。
「僕も父上からは、ぬかりないようにと言われた」
「だから紅茶をかけられても許したんですか?」
「仲直りできたのは、殿下が反省していたからだよ。もし殿下が悪いと微塵も思っていなかったら、仲直りはできなかった」
ちゃんと善悪の区別がつく相手だから、仲直りできた。
そのことを強調する。
「殿下が悪いと思ってなくて、お父様に仲直りするよう言われたら?」
「表面上は許すかな。でも殿下は看破されるだろう」
上っ面な対応に敏感だから、アルフレッドは他人に不信感を抱くんだ。
「だから僕としては、無理をしても意味がないと思うのだけど、イアンのお父上は納得されないだろう」
話を聞いてる限り、イアンのお父上は、子どもにも大人の対応を求めるようだった。
「ボクはどうしたら……」
「イアンにできることは二通りかな」
一つは、本当は嫌でも、仲良くする努力をしているとお父上に見せること。何もしないよりは、勘気に触れないだろう。
もう一つは、殿下と共感できることはないか、探してみること。言わば、イアンからアルフレッドに歩み寄るんだ。
今僕が考えられる対策を、イアンに伝える。
「どちらにするかは、イアンの心次第だ。直感で選ぶといい」
どうしてもアルフレッドを好きになれなかったら、前者を。余地があるなら後者を。
「ただお父上の言い分も正しいことは忘れないで。僕たちがこれから生きる社会は、そういうところなのだと」
理解はできなくても、頭に留めておいてほしい。
成長すれば、嫌でも直面することだから。
「厳しいところなんですね……」
「だからこそ、お父上も厳しいのかもしれない」
手を伸ばし、俯くイアンの頭を撫でる。
指の間をサラサラと青い髪が流れた。
しばらくイアンは僕に頭を委ねていたけど、やがてポツリとこぼす。
「ルーファスお兄様も一緒なんですよね」
そして顔を上げると、僕と目を合わせた。
真っ直ぐな瞳とかち合う。
「ルーファスお兄様も、ボクと同じ場所で生きるんですよね」
貴族として生を受けた者同士、生きる場所は同じだ。
頷く僕に、イアンは拳を握って断言した。
「だったら生き抜いてみせます。ルーファスお兄様が一緒だったら、どこも怖くありませんから!」
どうしてイアンが、そこまで信頼してくれるのかわからなかった。
けど彼の支えになれるなら、素直に嬉しい。
最初とは違う、晴れ晴れとした顔を見せられたら尚更だ。
少しでも助けられることがあるなら。できることがあるなら、応えてあげたいと思う。
「ボク、また会ってもらえるよう、殿下にお願いします!」
イアンもアルフレッドも、人間性が素晴らしいことを僕は知っている。
未来とは関係なく、二人がわかり合えたらいいと心から願った。