015.イアン・パーシヴァル
「お前は自分の存在意義を理解しておらんのか!」
お父様の怒鳴り声は、簡単にボクの体を硬直させる。
ここで泣いたらダメだ。
そう思うものの、溢れてくる涙を止めることができない。
「泣けば許されると思いおって! 殿下と同じ年に生まれた好機を、お前は自ら捨てたのだぞ!?」
貴族社会において、交流が盛んになるのは十二歳で社交界デビューしてからだ。
けれど同性間においては、事前に友好を築くことができた。
実際ボクにはもう友達がいる。
けれどお父様は、侯爵家であるボクが、子爵や男爵家の子と友達になっても意味がないって言うんだ。
「殿下と対等な立場になれる機会を、棒に振りおって! 他家の者に先を越されたら、どうするつもりだ!」
「でも……」
「この期に及んで言い訳かっ、お前はしばらく外出禁止だ! 部屋で反省しておれ!」
でも、あんな乱暴な子と、友達になりたい子なんていないよ。
部屋はぐちゃぐちゃだし、ものだって投げるんだよ?
涙を拭いながら部屋に戻る。
手を引いてくれる侍女の温もりに、ぽつりと不満が漏れた。
「アルフレッド殿下の性格を、お父様は知らないんだ……」
知っていたら、大声で怒鳴ったりしないはず。
だっていつもは相手の振るまいを見て、付き合うか判断しなさいって言うんだから。
横柄な殿下を見て、嫌な顔をしてしまった自覚はある。
けど皆、同じ反応をするはずだ。
そう思ってたのに。
「ウッドワード家のご子息は、紅茶をかけられても顔色一つ変えなかったそうだぞ。お前とは違って、殿下にも気に入られたとのことだ」
後日お父様から聞かされたのは、信じられない話だった。
嘘だ。
嘘に決まってる。
きっと噂に尾ひれが付いたんだ。社交界ではよくあることだって、お兄様たちが言っていたもの。
「ウッドワード卿には儂から話を通しておいた。お前も彼を見習って、今度こそ殿下と対等な立場を築くのだ」
無理だよ、そんなの。
だけどボクの意見を、お父様が聞いてくれたことは一度もなかった。
◆◆◆◆◆◆
当人から送られてきた招待状は、大人が書いたんじゃないかと疑うくらい、丁寧な字で綴られていた。
招待状を届けてくれたウッドワード家の人によると、ルーファス様本人が書いたらしい。
本当かな?
紅茶をかけられても表情を変えなかった話に、ボクはすっかり疑い深くなっていた。
だってありえないよ、そんなの……。
でも、もし本当だったら?
どんな人なのか全く想像できなくて、ウッドワード家の応接間に通されたときには、緊張で体がガチガチになっていた。
そしてルーファス様を見て……頭が真っ白になった。
今までにない感覚に戸惑う。
「は、はじめまして、パーシヴァル家のイアンと申します」
自己紹介できたのが、自分でも信じられない。
それぐらいルーファス様は綺麗で……人間離れした容姿の人だった。
嘘じゃなかったんだ。
ボクがはしゃいでしまっても、ルーファス様の表情は変わらない。
けどお父様のような怖さはなくて、どちらかというと乳母に見守られているようだった。
優しくて、安心できる。そんな感じ。
殿下に気に入られるのもわかる。
ルーファス様だったら、誰でも友達になりたいと思うよ。雰囲気が殿下と真逆だもの。
しかも家でだったら絶対許されないのに、ルーファス様はボクが好きなのを全て認めてくださって……。
ドレスも一緒に着てくれて。
はじめて、ボクは自分が認められた気がしたんだ。
「ルーファスお姉様、ありがとうございます……っ」
ボクは一生、アナタについていきます。