014
ヴィヴィアンが怒られないよう、母上の視線から彼女を庇う。
「母上、これは」
「ズルいわ! どうしていつもあたしのいないところで、こんな楽しいことをしているの!?」
あれ……?
予想とは別の方向に、母上の怒りは向いていた。
立っている僕に近付くと、頬を両手で挟まれて持ち上げられる。
「もうルーったら、いつの間に花の妖精になったの? この部屋には妖精さんしかいないのかしら?」
僕をはじめ、ヴィヴィアンもイアンも髪にコサージュを付けている。
順番に視線を巡らせた母上は、ほう……と息を漏らした。
そして侍女に顔を向ける。
「絵師の手配は済んでいて?」
「ただちに……!」
「母上お待ちください」
母娘で思考が同じである。
というか僕の黒歴史を絵に残さないでください!
「そうね、いっそ服も華やかなものに替えましょうか?」
「お待ちください」
「ねぇ、ルー。あたしのデビュタント時のドレスがあるのだけど、ちょうど背丈が合うんじゃないかしら?」
「お待ちください! しかもそれはヴィーが、デビュタントで着るものでしょう!?」
不穏! 母上の提案がとてつもなく不穏だ!
自分のためのドレスが兄に用いられそうで、ヴィヴィアンも勢い良くソファから立ち上がる。
「お母様!」
「ほら、ヴィーも嫌がり」
「素晴らしいですわ!!! 正に今のお兄様にぴったりだと思います!」
誰かこの母娘を止めて。
「テーマは、お花畑に集まった妖精で決まりね。イアン様にはヴィヴィアンのドレスを持ってきてちょうだい」
「母上、イアン様を巻き込むのは……!」
髪飾りの道連れにした僕が言えることじゃないけど、ドレスを着せるのはやり過ぎだろう。
「る、ルーファス様、ボクは大丈夫です!」
何が!? 何が大丈夫なの!?
あっさりイアンに裏切られ、あれよあれよという間に準備が整っていく。
味方が一切いない状況で、僕が母上に抗える道理はなかった。
◆◆◆◆◆◆
「お兄様……いえ、お姉様、とても綺麗ですわ」
「ヴィー、お兄様で間違いないよ」
わざわざ言い直さなくていいから。
最終的にはウィッグまで持ち出され、すっかり見た目が変わってしまっている自覚はあるけど。
「ルーファスお姉様、とてもお綺麗です」
「……イアン様も、可愛らしいですよ」
「そんなっ、イアンと呼び捨てになさってください!」
同じくドレスを着せられたイアンとは距離が縮まったようだけど、僕としては遠のいた気もする。
乙女趣味なのは知ってたけど、ドレスに憧れていたのまでは知らなかった。
もしかしてヴィヴィアンと引き合わせたことで、新しい扉を開いてしまったんだろうか?
「ねぇ、ルー、本当に絵に残さなくていいの?」
「ご勘弁ください」
頑なに絵師を拒む僕に、母上が勿体ないと溜息をつく。
ここだけは譲れない最後の砦だった。
「それより母上、相談があるのですがよろしいですか?」
「まぁ、ルーが、あたしに? 旦那様じゃなくて、あたしに相談なのね?」
どうしてそこを強調するのか。
僕が頷くと、母上は不敵に笑った。
「ふふふ、これでもう男同士だからなんて言えないわね。あたしだって、ルーの相談にのれることを証明してみせます!」
父上と母上は普段、どんな会話をしているんだろうか。
「さぁ、ルー! 母の胸に飛び込んでらっしゃい!」
何故か母上は両手を広げる。
飛び込むのは、比喩表現ですよね?
「コサージュについてなのですが」
僕は一歩も動かないまま、ヴィヴィアンと話していた内容を、そのまま母上に伝えた。
着慣れないドレス姿で、下手に動けなかったのもある。
母上は動かない僕を見て残念そうにはしていたものの、話はしっかり聞いてくれた。
「なるほど、旦那様に付けることで、流行の起爆剤にするのね……悪くない考えだわ。イアン様のための策なら、最適解とも言えるでしょう」
前々から、母上も男性がコサージュを付けるのを流行らせたかったらしく、反応は良かった。
「旦那様にお願いする案はあったのだけど、今まではお邪魔になるかと思って切り出せなかったのよね。ルーのおかげで、気負わずに話しができるわ」
「母上は、どうしてそこまでコサージュにこだわられるんですか?」
「そういえばルーには話してなかったわね。コサージュは我が領地の特産品でもあるのよ」
といっても小規模な上に、既に後追いの類似品も多く、ブランドを確立するのに悩んでいたらしい。
「女性を花で飾るアイディアは、珍しいものじゃありませんからね。でもここで男性も付けられるデザインを売り出せれば、革新的で目を引くはずよ」
後追いはなくならないだろうけど、誰よりも先にはじめることで箔が付くと母上は語る。
「ルーからの相談でもありますからね。母はやってみせるわ! けれど一つ条件があります」
人差し指を立てる母上に、嫌な予感がする。
「広告塔には、ルーもなること」
「それでいいのですか?」
てっきり絵師を呼ばれると思っていたので拍子抜けする。
僕の胸の内が伝わったのか、母上は朗らかに笑った。
「ルーが頑なに嫌がることはしないわ。ドレスを着てくれたのは、あたしに相談を持ちかけるためでしょう?」
絵師のことほど女装を拒まなかったのは、先に求めに応じておけば、話を聞いてもらいやすいかな、という打算によるものだった。
母上にはお見通しだったらしい。
「それにこんな素敵な光景を独占できるのだもの。ふふふ、今から旦那様の悔しがる顔が目に浮かぶわ」
「父上が息子のドレス姿を見たがるとは思えませんが」
「あら、ルーにもわからないことがあるのね? 子どものどんな姿も、親なら知っておきたいものなのよ」
愛らしいなら尚更ね、と母上はウィンクする。
「ルー、今度ヴィーと一緒にドレスを仕立ててみない?」
「次に相談したいことがあったら考えます」
「抜け目ないわね……流石あたしたちの息子だわ……」
母上にお墨付きをもらったことで、肩の荷が下りた気がした。
仮に流行らせることが失敗しても――母上に限ってなさそうだけど――イアンにコサージュを贈る口実にはなるだろう。
折角なら、自宅でも自分の好きなものを楽しんでもらいたい。
僕と母上の会話を見守っていた年少二人に視線を向けると、イアンの瞳は潤んでいた。
「ルーファスお姉様、ありがとうございます……っ」
「そこはルーファスでいいよ」
それかせめてお兄様と呼んでほしい。義兄様は、まだまだ早いと思うけど。
お兄様で思いだしたけど、当初の目的だったアルフレッドとの仲については、アルフレッドの「ア」の字も出てないけど、大丈夫だろうか?