013
「そうだわ! お兄様もぜひお付けになって! お兄様なら、この百合のコサージュもお似合いになりますわ」
遠慮する間もなく、ヴィヴィアンに押し切られる。
胸元にコサージュを付けると、何故か立つようにせがまれた。
どうやら全身のバランスを見たいらしい。
「想像通り、とても素敵ですわ!」
「はい! ルーファス様の容姿と白百合が相まって、凄く綺麗です!」
「まぁ、イアン様もそう思われます!? シンプルな装いも、お兄様の美しさを引き立ててはくれますが、わたくしとしては、もう少し装飾があってもいいと思いますの」
「わかります。『もう少し』というのが肝ですよね」
「流石イアン様、わかってらっしゃる! お兄様自身が宝石のような方ですから、過度なアクセサリーは不要ですわ」
「ヴィヴィアン様は、素晴らしい感性をお持ちです」
「イアン様こそ! それに、わたくしのことはヴィヴィアンとお呼びになって!」
「じゃあボクのことも、イアンと呼んでください」
表情を輝かせながら語り合う二人が眩しい。
しかもヴィヴィアンとイアンの距離が、一気に縮まっている。
自分だけ壁に遮られているようだ。
「ソファに戻ってもいいかな?」
「そうですわね、お兄様、次はこれです!」
まだダメらしい。
できるなら僕も会話に混ざりたいんだけど……。
もしかしてアルフレッドが来ていたとき、ヴィヴィアンもこんな心境だったのかな? そう思うと、強く出られなかった。
「ヴィヴィアン、その色は今の洋服とは合わないですよ?」
「ふふふ、イアン、これは髪飾りとして使いますの」
「あぁ……!」
あぁ……! じゃない!
髪飾りと聞いて、流石に待ったをかける。
「ヴィー、僕に髪飾りは似合わないよ」
「そんなことありませんわ!」
「そうです、きっとお似合いになります!」
いやいや、スーツにコサージュを付ける男性はいても、髪に付ける人はいないと思うよ!?
しかもヴィヴィアンの手にあるコサージュは、他のものより華やかで小さな花束ほどの大きさがあった。
それに父上は長髪だけど、僕の髪は襟足より少し長いくらいだから、髪飾りを付けるのも難しいんじゃ……。
僕の隣に、すっと僕付きの侍女がやってくる。
「お任せください。腕によりをかけて仕上げてみせます」
「仕上げなくていいのだけど!?」
結果僕の抵抗は、徒労に終わった。
片や侍女の手際は見事で、髪が短いのにもかかわらず、耳の上辺りに編み込みが結われた。
仕上げに、ヴィヴィアンが選んだコサージュが使われる。
その鮮やかな出来映えに、ヴィヴィアンたちだけじゃなく、部屋にいた侍女たち全員が感嘆した。
「お兄様、今のご様子を絵に残しましょう」
「ボクも複製画が一枚欲しいです!」
「残さないから」
何故こんな黒歴史をわざわざ形にしなければならないのか。
こうなったら道連れを作ろうと、僕は姑息な手段に出た。
「僕よりイアン様のほうがお似合いになりますよ。ヴィーもそう思わないか?」
「えぇ、イアンも似合うと思うわ! そうね、青い髪だから……このカタバミのコサージュなんてどうかしら」
ヴィヴィアンが選んだのは、クローバーのような三枚の葉に、黄色い小さな花が付いたコサージュだった。
丸い五弁の花びらもさることながら、葉の形がハート型で、全体的に可愛らしい印象を受ける。
ヴィヴィアンが掲げて軽くイアンと合わせるだけでも、青い髪に花の黄色が目立ち過ぎることもなく、よく似合っていた。
ふむ、ヴィヴィアンにはコーディネートの才能があるらしい。
「わぁ、とても可愛いです!」
「でしょう? ぜひお付けになって!」
僕とは違い、イアンは抵抗することなく侍女の手を受け入れた。コサージュを髪飾りとして使っても、気にならないらしい。
完成したのを手鏡で見せられると、角度を変えては仕上がりを喜んでいる。
イアンの様子に、ヴィヴィアンも満足げだ。
「気に入っていただけたなら、お近づきの印に、そちらをお贈りしますわ」
「本当!? あ……でも、ダメです」
「あら、どうしてですの?」
表情を曇らせたイアンに、ヴィヴィアンが首を傾げる。
「こういうの、お父様は喜ばないんです。男らしくないって……」
「そうなの? お兄様はどう思われます?」
ヴィヴィアンが僕を見上げたのに合わせて、イアンも僕を見た。
イアンの嗜好は尊重してあげたいけど、貴族社会では受け入れられないことを考えると答えるのが難しい。
「僕はよく似合ってると思うし、そこに男らしさは関係ないと思う。でもこれは僕個人の意見だから……」
「ダメですの?」
「コサージュを贈るのはいいと思うよ。確か母上は、男性が付けてもいいというお考えだろう?」
女性だけじゃなく、男性もコサージュを付けるのが流行になれば、贈り物としておかしくはなくなる。
「一度母上に相談してみようか。少なくとも我が家から贈られたもので、イアン様がお父上から非難されることはないだろう」
けれど悪い印象を与えない確証はない。
厳しい人なら、コサージュを贈られたのは軟弱に見られたからだって、イアンの落ち度として考えるかもしれなかった。
「何だか難しいのですわね……」
「そうだ、次の夜会で、父上に付けてもらおうか?」
強面の父上がアクセサリーとして用いれば、コサージュが男らしくないとは言われないんじゃないか。
咄嗟の思いつきだったけど、ヴィヴィアンは手を叩いて喜んだ。
「とても素晴らしい考えですわ! それなら誰も文句は言えませんわね!」
「あの、そんな、ボクのことで……」
「心配なさらないで、イアン。お父様に任せれば大丈夫よ!」
父上がコサージュについてどう反応されるかはわからないけど、ヴィヴィアンが頼めば付けてくれる気がした。宝石をあしらったコサージュを贈るぐらいだし。
イアンには、その後でコサージュを贈ればいいと話が決まったところで――出かけていた母上が帰ってきた。
「これはどういうことなの?」
応接間に顔を出した母上は、ヴィヴィアンとイアンが一緒にいるのを見て、目尻を釣り上げる。
その顔は怒ったヴィヴィアンにそっくりだった。