012
イアン・パーシヴァル。
パーシヴァル侯爵家の三番目の息子で、現在はアルフレッドと同じ十歳。
そして言わずもながら、ゲーム主人公の攻略対象だ。
ゲームでは、品行方正を体現していて、性格は真面目。
他の攻略対象が生徒会に所属する中、イアンは風紀委員を務めていた。
他人にも自分にも厳しいところがあって、ゲーム主人公はよく校則違反で注意を受ける。
不正を許さない厳格さから、一般生徒から遠目に見られるものの、臆しないゲーム主人公にイアンは絆されていくのだ。
関係が深まると、本来の自分について語られ、それがルート確定の目印だった。
アルフレッド同様、彼も僕の敵として最後は戦う。
けど今は敵対しない関係、できれば友達になりたかった。
決してぼっちを卒業したいからじゃない。
少しでも運命を変えて、「闇の化身」の種を芽吹かせないこと。もしくは芽吹かせても他人を巻き込まないことが、これからの僕の目標だった。
どうしてもゲーム時の印象があって、失礼がないように気を張っていたけど、応接間で目にしたイアンに、その面影が全くなくて驚く。
サラサラな青い髪は彼のものだ。
けれど全体的に線が細くて、儚い。
アルフレッドが赤髪の天使なら、イアンは水の妖精のようだった。
半透明の羽根があっても不思議じゃないくらい、幻想的な雰囲気に包まれている。
触れたら消えてしまいそうな見た目に、ゲーム時に感じた厳格さはない。
「は、はじめまして、パーシヴァル家のイアンと申します」
「はじめまして、ウッドワード家のルーファスです。隣にいるのが、妹のヴィヴィアンです」
「ヴィヴィアンと申します。以後、お見知りおきを」
母上に教え込まれたカーテシーを、ヴィヴィアンが完璧にこなす。
今日もヴィヴィアンは髪飾りにコサージュを付けていた。赤い花を模したそれが、長い黒髪に映えて、彼女を大人っぽく見せる。
厳格さよりも、むしろ気弱さが目立つイアンは、その姿に釘付けになった。
イアンの視線を感じたヴィヴィアンが、照れて頬を赤らめる。
……お兄様、君たちに色恋沙汰はまだ早いと思うんだ。
イアンの視線からヴィヴィアンを隠そうとしたところで、彼の視線が一点に集中していることに気付く。
「コサージュが気になるのかな?」
「え、あ、すみません! 生花じゃないですよね? でも生花にそっくりで、赤い花びらが髪色にも合っていて綺麗で、つい……」
僕の指摘にイアンは慌てるけど、ヴィヴィアンはより笑みを深くした。
「そうなんですの! 生花にそっくりで綺麗でしょう? 今、社交界で流行っておりますのよ。流石イアン様は、誰かさんとは違って、目の付け所が違いますわね!」
ヴィヴィアン、その誰かさんって、もしかしてアルフレッドのことかな?
思い返してみれば、アルフレッドがコサージュについて言及したのは、口喧嘩している最中の一回きりだ。
ヴィヴィアンとしては流行ものを付けているのに、一言も褒められなかったのが不満だったのかもしれない。
しかし十歳の男の子に、それを求めるのは酷な気がした。
僕はもちろん毎回褒めるけど。
そこでゲームのイアンが語る、本来の自分について思いだす。
「ヴィヴィアンは色んな種類を持っているから、いくつか借りようか? 庭の花と見比べるのも楽しいかもしれないよ」
「えっ、で、でも……」
僕の提案にイアンは戸惑うけど、視線はコサージュに釘付けだった。
今も同じ趣味なのか確信はなかったものの、花が好きなことに変わりはないようだ。
コサージュを気に入られたのがよほど嬉しかったのか、ヴィヴィアンが後押ししてくれる。
「とてもいい考えですわ! お母様は殿方が付けても似合うとお考えですの。すぐにお持ちしますわね!」
ヴィヴィアンの言葉で、侍女が素早く応接間から出ていった。
本当ならヴィヴィアンも自室に戻ったほうがいいんだけど……。
コサージュや花については、彼女のほうが詳しい。
イアンとも、僕より話が合うはずだ。
ゲーム時に、彼が表に出していなかった本来の自分。
それは――乙女趣味だった。
花やぬいぐるみなど、可愛いものが大好きなんだ。
前世では、変に思われることも少なくなっていたけど、こちらでは男の乙女趣味はよしとされない。
だからイアンもずっと心に秘めていた。
まだ年齢的にも許されるだろうし、今だけでも解放してあげられないだろうか。
「ヴィヴィアン、僕たちにコサージュや花のことを教えてくれないかな」
「いいんですの……?」
「母上には、僕から話すよ」
先日、ヴィヴィアンは母上に叱られたばかりだ。
けど僕が無理にお願いしたことにすれば、母上の矛先がヴィヴィアンに向くことはないだろう。
僕の言葉に、ヴィヴィアンの顔が輝く。
「イアン様はどうですか?」
「えっと、お願いします……!」
乗り気な僕たちを見て、遠慮がちではあるものの、イアンも心が決まったらしい。
それから僕は、二人の距離が必要以上に近くならないよう注意しながら、ヴィヴィアンの話に耳を傾けた。
ほら、社交界のルールっていうか、デビュタント前の異性交流は良くないから!
すっかり仲良くなった二人を見て、嫉妬してるわけじゃないから!
「こちらは百合を模してますの。他のものより、花弁に厚めの生地が使われていて、白一色でも力強い印象があるでしょう?」
「純粋でありながら、意思を貫き通すような風情がありますね!」
「ええ、そうですの! ですから白いお洋服に合わせても、存在感がなくなりませんのよ」
「あれ? もしかして黄色の花粉部分って宝石ですか?」
「シトリンですわね。『純粋』『無垢』といった百合の花言葉と、『成功』『希望』というシトリンの石言葉が合わせられてますの」
「宝石にも石言葉があるんですね! 凄いですね、はじめて知りました!」
「これはお父様から贈っていただいたもので、お貸しすることはできませんが、好きなだけご覧くださいまし」
うん、全く話についていけない。
それより父上、十歳の娘に宝石をあしらったコサージュをプレゼントしたんですか。
……二人が楽しそうならいいかな。
イアンがいい子なのに変わりはないし、ヴィヴィアンに男友達ができてもいいだろう。あくまで友達なら……!
できるなら僕とも友達になって欲しいけど。
ソファに背中を預けて、のんびり二人を眺めていると、ヴィヴィアンと目が合う。
彼女は軽く目を見開くと、僕に白羽の矢を立てた。