表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/43

012

 イアン・パーシヴァル。

 パーシヴァル侯爵家の三番目の息子で、現在はアルフレッドと同じ十歳。

 そして言わずもながら、ゲーム主人公の攻略対象だ。


 ゲームでは、品行方正を体現していて、性格は真面目。

 他の攻略対象が生徒会に所属する中、イアンは風紀委員を務めていた。

 他人にも自分にも厳しいところがあって、ゲーム主人公はよく校則違反で注意を受ける。

 不正を許さない厳格さから、一般生徒から遠目に見られるものの、臆しないゲーム主人公にイアンは絆されていくのだ。

 関係が深まると、本来の自分について語られ、それがルート確定の目印だった。


 アルフレッド同様、彼も僕の敵として最後は戦う。


 けど今は敵対しない関係、できれば友達になりたかった。

 決してぼっちを卒業したいからじゃない。

 少しでも運命を変えて、「闇の化身」の種を芽吹かせないこと。もしくは芽吹かせても他人を巻き込まないことが、これからの僕の目標だった。


 どうしてもゲーム時の印象があって、失礼がないように気を張っていたけど、応接間で目にしたイアンに、その面影が全くなくて驚く。

 サラサラな青い髪は彼のものだ。

 けれど全体的に線が細くて、儚い。

 アルフレッドが赤髪の天使なら、イアンは水の妖精のようだった。

 半透明の羽根があっても不思議じゃないくらい、幻想的な雰囲気に包まれている。

 触れたら消えてしまいそうな見た目に、ゲーム時に感じた厳格さはない。


「は、はじめまして、パーシヴァル家のイアンと申します」

「はじめまして、ウッドワード家のルーファスです。隣にいるのが、妹のヴィヴィアンです」

「ヴィヴィアンと申します。以後、お見知りおきを」


 母上に教え込まれたカーテシーを、ヴィヴィアンが完璧にこなす。

 今日もヴィヴィアンは髪飾りにコサージュを付けていた。赤い花を模したそれが、長い黒髪に映えて、彼女を大人っぽく見せる。

 厳格さよりも、むしろ気弱さが目立つイアンは、その姿に釘付けになった。

 イアンの視線を感じたヴィヴィアンが、照れて頬を赤らめる。


 ……お兄様、君たちに色恋沙汰はまだ早いと思うんだ。


 イアンの視線からヴィヴィアンを隠そうとしたところで、彼の視線が一点に集中していることに気付く。


「コサージュが気になるのかな?」

「え、あ、すみません! 生花じゃないですよね? でも生花にそっくりで、赤い花びらが髪色にも合っていて綺麗で、つい……」


 僕の指摘にイアンは慌てるけど、ヴィヴィアンはより笑みを深くした。


「そうなんですの! 生花にそっくりで綺麗でしょう? 今、社交界で流行っておりますのよ。流石イアン様は、誰かさんとは違って、目の付け所が違いますわね!」


 ヴィヴィアン、その誰かさんって、もしかしてアルフレッドのことかな?


 思い返してみれば、アルフレッドがコサージュについて言及したのは、口喧嘩している最中の一回きりだ。

 ヴィヴィアンとしては流行ものを付けているのに、一言も褒められなかったのが不満だったのかもしれない。

 しかし十歳の男の子に、それを求めるのは酷な気がした。

 僕はもちろん毎回褒めるけど。

 そこでゲームのイアンが語る、本来の自分について思いだす。


「ヴィヴィアンは色んな種類を持っているから、いくつか借りようか? 庭の花と見比べるのも楽しいかもしれないよ」

「えっ、で、でも……」


 僕の提案にイアンは戸惑うけど、視線はコサージュに釘付けだった。

 今も同じ趣味なのか確信はなかったものの、花が好きなことに変わりはないようだ。

 コサージュを気に入られたのがよほど嬉しかったのか、ヴィヴィアンが後押ししてくれる。


「とてもいい考えですわ! お母様は殿方が付けても似合うとお考えですの。すぐにお持ちしますわね!」


 ヴィヴィアンの言葉で、侍女が素早く応接間から出ていった。

 本当ならヴィヴィアンも自室に戻ったほうがいいんだけど……。

 コサージュや花については、彼女のほうが詳しい。

 イアンとも、僕より話が合うはずだ。

 ゲーム時に、彼が表に出していなかった本来の自分。


 それは――乙女趣味だった。


 花やぬいぐるみなど、可愛いものが大好きなんだ。

 前世では、変に思われることも少なくなっていたけど、こちらでは男の乙女趣味はよしとされない。

 だからイアンもずっと心に秘めていた。

 まだ年齢的にも許されるだろうし、今だけでも解放してあげられないだろうか。


「ヴィヴィアン、僕たちにコサージュや花のことを教えてくれないかな」

「いいんですの……?」

「母上には、僕から話すよ」


 先日、ヴィヴィアンは母上に叱られたばかりだ。

 けど僕が無理にお願いしたことにすれば、母上の矛先がヴィヴィアンに向くことはないだろう。

 僕の言葉に、ヴィヴィアンの顔が輝く。


「イアン様はどうですか?」

「えっと、お願いします……!」


 乗り気な僕たちを見て、遠慮がちではあるものの、イアンも心が決まったらしい。

 それから僕は、二人の距離が必要以上に近くならないよう注意しながら、ヴィヴィアンの話に耳を傾けた。

 ほら、社交界のルールっていうか、デビュタント前の異性交流は良くないから!

 すっかり仲良くなった二人を見て、嫉妬してるわけじゃないから!


「こちらは百合を模してますの。他のものより、花弁に厚めの生地が使われていて、白一色でも力強い印象があるでしょう?」

「純粋でありながら、意思を貫き通すような風情がありますね!」

「ええ、そうですの! ですから白いお洋服に合わせても、存在感がなくなりませんのよ」

「あれ? もしかして黄色の花粉部分って宝石ですか?」

「シトリンですわね。『純粋』『無垢』といった百合の花言葉と、『成功』『希望』というシトリンの石言葉が合わせられてますの」

「宝石にも石言葉があるんですね! 凄いですね、はじめて知りました!」

「これはお父様から贈っていただいたもので、お貸しすることはできませんが、好きなだけご覧くださいまし」


 うん、全く話についていけない。

 それより父上、十歳の娘に宝石をあしらったコサージュをプレゼントしたんですか。


 ……二人が楽しそうならいいかな。


 イアンがいい子なのに変わりはないし、ヴィヴィアンに男友達ができてもいいだろう。あくまで友達なら……!

 できるなら僕とも友達になって欲しいけど。

 ソファに背中を預けて、のんびり二人を眺めていると、ヴィヴィアンと目が合う。

 彼女は軽く目を見開くと、僕に白羽の矢を立てた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ