011
父上の言葉が重くのしかかる。
今になってようやく僕は、自分の浅はかさに気付いた。
死ななければならないと覚悟していた。
光剣に「切られる」ことによって。
それは他人任せな考え方で、ひとごとのような感覚を含んでいた。
僕自身のことなのに。
よくよく考えてみれば、誰に任せるっていうんだ。
アルフレッドに僕を切らせる?
はにかみながらお兄様と、僕を呼んだ彼に? ふざけるな。
ふざけるな。ヴィヴィアンだけじゃない、誰もこのことに関わらせてはいけないんだ。
何故今まで無視できていたんだろう?
これが運命だと、最善策だと言い切れたのだろう?
仮に同じ運命が待っていたとしても、僕は抗うべきだ。
ヴィヴィアンを、アルフレッドを、そして僕を愛してくれる人たちを悲しませないために。
「こんなことを私も言いたくはない。だが、それしか『怨』から救われる方法はないのだ。頼むから私に、誰かに切られるお前を見せないでくれ」
珍しく父上の声音から覇気がなくなる。
語尾は震えているように聞こえた。
おもむろに父上が足元へ手を伸ばし何かを取る。
僕の目の前に置かれたそれは、ホルスター付きの短剣だった。
「これはお前の祖父が私に託したものだ。今、私がお前に伝えたように、もしものときは自我がある内に自害しろとな。これには、光属性が付与されている」
「父上もお爺様に同じことを言われたのですか」
「あぁ、私は成人していたがな」
前世の記憶など関係なかった。
いや、記憶がなければ、話を聞くことはできなかったんだけど。
「闇の化身」に対する覚悟は、ずっと受け継がれてたんだ。
「今度は、私がお前に託す。城や場所によっては帯剣は許可されないが、可能な限りは肌身離さず持っていろ」
「はい」
覚悟を改め、短剣をホルスターに入れたまま受け取る。
震えてしまう手に、父上の大きな手が重ねられた。
「ウッドワード家の者として、心を強く持て。お前が種を芽吹かせ『闇の化身』にならなければ済む話だ。しかし不測の事態には、備えねばならない」
手の平から、体温と共に熱い思いが伝わってくる。
父上の長い黒髪が揺れると、コロンが香った。
片手を重ねたまま、抱き締められる。
「よく話してくれた。お前の話が夢物語であっても、私は後悔しないだろう」
夢物語であればいいと、今ならはっきり思える。
何が何でも、ゲームの僕を繰り返してはいけないと。
決意を新たに、短剣を胸に抱く。
そんな僕の頭を、父上が撫でた。
「そういえば、パーシヴァル家から申し出があったぞ」
「イアン・パーシヴァルですか?」
父上から告げられた家名で思い浮かんだのは、攻略対象の一人だった。
「そのパーシヴァル家で間違いない。申し出があったのは当主からだが、息子のイアンとお前を会わせたいそうだ」
「どうして僕と?」
ゲームのルーファスは、高等学院内にいる先輩、もしくはヴィヴィアンの兄というだけで、イアンと直接的な関わりはなかった。
ただ貴族社会だ。子どもの頃に面識があっても不思議じゃないかな?
「お前が殿下に気に入られているのは周知の事実だからな。どうやらイアンは、殿下と親交を深めるのに失敗したらしい」
イアンとアルフレッドは同じ年だ。
友人候補として、デビュタント前に顔を合わせていても不思議じゃない。
「どうすれば関係を築けるか、教えをこいたいとのことだ。イアンはお前の話にも出てきただろう? 会っておいてもいいのではないか?」
「そうですね……」
父上の提案に、考えながら頷く。
ゲームのアルフレッドは、乱暴な一面から他者と距離があった。
既にイアンとは距離ができていたのか。
上手くとりなすことができれば、少しでも運命を変えられるかもしれない。
やれることは、何でもやろう。
「まず僕がイアンと友好を深められるかですが、ぜひお会いしたいとお伝えください」
「わかった、これもいい機会だ。先ほどまで、招待状を開けていたのだろう? 当主には私から口頭で伝えるが、お前もイアンに招待状を出しなさい」
そういえば僕から誰かに招待状を送ったことはなかった。
ヴィヴィアンはよくお茶会を開くから、送っているようだけど。
……。
…………。
…………僕って、友達いない?
アルフレッドは、友達というより弟や親戚の子に近い感じがする。向こうもお兄様って呼んでくれるし。
対等かつ、気軽に付き合える相手を条件にすると、思い浮かぶ顔は一つもなかった。
たらりと冷や汗が伝う。
これは流石にダメな気がする。
イアンは侯爵家だから、家格は対等だ。
年下ではあるけど、気が合いそうだったら、僕の友達候補としても仲良くしてもらおう……。
そんな情けないことを考えていると、父上の口調が変わった。
先ほどまで断定的だったものが、優しく揺らぐ。
「後は……そうだな、欲しいものはないか?」
「欲しいものですか?」
「ヴィヴィアンにはコサージュを贈る約束をした。ルーファスも欲しいものがあるなら言いなさい」
ヴィヴィアンはすっかり花を模したコサージュがお気に入りのようだ。
母上から、社交界で今流行っていると聞いたからだろうか。
しかし僕はアクセサリーに興味がない。
本も書架に揃っているし……。
「ものじゃなくてもいいですか?」
「抱っこか?」
「違います」
元々あれはヴィヴィアンに向けたパフォーマンスだった。
僕の即答に、何故か父上が項垂れる。
「お仕事は忙しいですか?」
「忙しいには、忙しいが……」
「お時間があるときは、夕食を家で食べてもらえたらと思います。家族が揃わないのは寂しいですから」
無理を言っている自覚はある。
母上に限らず、ウッドワード家の当主である父上は、他家との会食に呼ばれることが多い。
外食ばかりになるのは当然だった。
だから出来うる限りで、という条件でお願いする。
「わかった、善処しよう」
「ありがとうございます」
父上としては兄妹平等にお願いを聞いておきたかったんだろう。
僕の要望を聞いた父上は、頷くと部屋を後にした。
そこまではよかったんだけど――。
「ルーは、あたしがいなくても寂しくないって言うの!?」
どう話が伝わったのか、母上が部屋に駆け込んできた。
勉強机に向かってイアンへの招待状をどう書こうか悩んでいた僕は、そのままの状態で母上の腕に抱かれる。
柔らかく弾む胸に父上との違いを感じながら、何とか口を開いた。
「母上がいなくても寂しいですよ?」
「そうよね!? 旦那様ったら、ルーファスは私がいなくて寂しいようだって、これ見よがしに言うものだから」
父上……。
おかしい、僕はちゃんと家族が揃わないとって言ったはずなのに。
「でも母上もお忙しいでしょう? 無理はなさらないでください」
「いいえ、決めたわ。ルーは男の子だし、あまり母親が出しゃばらないほうがいいと思っていたけど、これからは気にせず思いっきり可愛がります」
「えぇ……」
どうしてこうなった。
思わず否定的な呟きが漏れると、母上に両手で顔を挟まれて持ち上げられる。
「嫌なの?」
「嫌、ではないですが……僕も成長していますし、恥ずかしいというか……」
「あら、そんなこと気にしなくていいのよ。何歳になっても、ルーはあたしの子どもなんですから」
言い切る母上に、僕がどれだけ言葉を重ねても無駄だった。