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 夜、僕は勉強机に向かって、招待状の封をペーパーナイフで切っていた。

 パーティーに参加するかは母上と検討するものの、まずは中身を確認する必要がある。

 家を継げば執事に任せてもいいが、今は自分で確認することが勉強でもあった。

 ペーパーナイフの切れ味の良さに、封を切るのが楽しい。下手したら、指まで切ってしまいそうだけど。

 そんな中、昼間のことが報告されたのか、父上がまた部屋を訪れた。

 作業を中断し、ソファへ移動する。

 今回は、僕が萌え殺されそうになった以外、問題はなかったはずだ。


「殿下とは上手くやっているようだな。ヴィヴィアンには、もう少し落ち着いてもらいたいが」

「僕を思ってのことです」


 結局、殿下とのやり取りが母上の耳に入り、ヴィヴィアンはしっかり反省することになった。

 更に父上にまで叱られたら、しばらく立ち直れないかもしれない。

 僕の心配を、父上が手を振って払拭する。


「私から何かを言うつもりはない。既に十分反省しているようだしな。お前が殿下のことを気にしていなければ、それでよい」


 最終確認といったところだろうか。

 父上も父上で、アルフレッドとのことを心配してくれていたらしい。

 それこそ問題はなかったけれど、頭の隅で気になっていることはあった。


 ラスボスとしての正解。


 取った行動に後悔はない。

 けれど今後、ずっとそれは僕に付きまとう。

 一人で抱え込むなと、誰でもない父上に言われた。

 相談するべきだろうか……?

 前世の記憶があることを。

 しかし僕に確信があっても、それを第三者に証明することは難しい。

 父上を仰ぎ見る。


「どうした?」


 三白眼の父上の瞳には、変わらず圧がある。

 けれど低い声音は優しく感じられた。


〈次はないぞ、私も、お前もだ〉


 そうだ、次はない。

 同じ過ちを繰り返さないために、僕は判断を父上に任せることにした。

 たとえ信じてもらえなくても、僕の進む道は変わらないのだから。


「信じられないと思いますが……」


 僕は自分が辿る運命を話した。

 父上はソファに背中を預けて考え込む。


「確かに、信じがたい話だ。何よりお前とヴィヴィアンが傷付く未来など、信じたくもない」


 深い溜息をつきながら、父上が後ろで結われた髪を解く。

 束縛から解放された髪が父上の頬を滑り、顔に影を作った。


「だが看過できない話でもある。ルーファス、お前は前世の記憶以外で『闇の化身』について聞いたことはないな?」

「はい、ありません」


 「闇」自体は、光と対をなす魔法の属性として存在する。

 けれど、闇の化身は人の悪意そのもののように感じられた。


「私もお前に話さなければならないようだ。本来なら、お前が高等学院を卒業し、成人する折に話すことなのだが」


 父上はそう言うと、侍女に酒を持ってこさせた。僕の前にはミルク入りの紅茶が置かれる。

 そして白髪の執事を呼ぶと、誰も邪魔をしないように言付けた。


「『闇の化身』は、私たちウッドワード家の者が存在を知ることによって姿を現す。具現化するといったほうがいいか」

「え……?」


 どういうこと?

 ウッドワード家と「闇の化身」には、浅からぬ繋がりがある?

 僕は理解が追いつかなくて、呆然と父上を見つめた。


「それ自体は、人の悪意が魔力によって形を成したものだ。『闇』より『(えん)』というのが正しい。『怨』は放っておけば際限なく巨大化し、周囲に悪影響を及ぼすことになる」

「世界に被害が及ぶということですか。それがどうして我が家と関係が?」


 僕の質問に対し、父上は酒を口に含んだ。

 喉仏が上下するのを見届ける。


「昔、『怨』の巨大化を危惧した先祖が、その身に取り込むことによって防いだのだ。そして自身が『怨の化身』、即ち『闇の化身』となり、ロングバード王家の光剣に切られることによって滅した」


 語られた顛末には、ゲームと共通点があった。

 僕はこれから「闇の化身」になるのだと考えていたけど、そうじゃなくて昔から関係があったんだ。

 ゲームの僕だけじゃなく、ご先祖様も「闇の化身」になっていた。


「当主はそのとき落命したものの、息子が後を継いだ。『闇の化身』の種と一緒にな。我が家のエンブレムには国を守ることはもちろん、切られても終わらない意味が込められている」


 父上の視線が僕の胸元に下りたのを見て、無意識の内にペンダントを握っていたことに気付く。

 手の平にある盾のエンブレム。

 ずっと僕は「闇の化身」に関するものを身につけていたんだ。


「父上、種とは何ですか?」

「人の悪意がなくなることはない。だから『怨』がまた巨大化することのないよう対応したのだ。『怨』が種に集まるようにな。種は血脈によって受け継がれ、我々は受け継がれた魔力によって、種が芽吹くのを防いでいる」


 「闇の化身」の種は、父上にも、僕にも受け継がれているということだった。

 ゲームの僕は、その種を発芽させてしまった?


「我々の魔力が少ないのは、無意識下で種を封じるために使われているからだ。ここまではいいか?」

「はい。僕も意識しない内に、種を魔力で封じているのですね」

「そうだ。『怨』について知識がなくとも、我々は封じ続けることができる。だが、知らないままではいられない」


 もし、知らなければ?

 もし、何も知らないまま種を発芽させてしまったら?

 ゲームの僕になる?


「王家にもこのことは伝えられている。過去に『怨』を滅した方法を失わないためだ。二家のどちらかでも伝わっていれば、種が発芽しても対処できる。お前の話では、奇しくも同様の手段が取られたようだが」


 ゲームで伝承が語られることはなかった。

 ということは、ゲームの僕も、アルフレッドも伝承を知らなかったのだ。

 少なくともアルフレッドが知っていれば、ゲーム主人公に話したはず。


「でもどうして秘匿にされているのです? 今の僕のように、前もって教えてもらっていれば……」


 それか二家に限らず、広くこの伝承は共有されたほうがいいのでは?

 僕の疑問に、父上は首を横に振って答える。


「ルーファス、人の心は弱い。特に子どもの頃はな。お前のように、前世の記憶があれば別かもしれないが」


 確かに、僕は前世のおかげで、精神が成熟していた。

 未熟さもまだ残ってはいるけれど、他の子どもと比べたら段違いだろう。


「私も子どもの頃は、よく魔力の少なさを嘆いたものだ。そのとき、実際は魔力があると知れば、どうしていただろうな」


 種を封じるのをやめ、本来の魔力を取り戻す。

 子どもが未熟な判断をしてしまう可能性は否定できない。


「そして我が家を失脚させたい者がこれを知り、伝承を改悪しないと言い切れるか? いくら王家が真実を知っていても、民衆の多くが改悪された情報を信じてしまえば、真実など脆く崩れ去ってしまう」


 あぁ、そうか。

 ウッドワード家は、政治的競争の激しい貴族社会に生きている。

 伝承の秘匿は、二重の意味で身を守る術なんだ。


「だからこの話は、跡取りが分別のつく大人になってから伝えるようにしている。王家もそうだ。お前なら大丈夫だろうと判断したが……ルーファス」


 三白眼の瞳が僕をとらえる。


「はい」

「今後もし種を発芽させ、『闇の化身』となってしまったときは、理性がある内に自害しろ」

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