第三十三話 得るもの、そして失ったもの
キマイラ二頭との戦闘。
しかし、その途中で、ネリーがやられてしまった。
決して俺達は油断したわけでは無かったはずだ。だが、一人一人が仲間を想うあまり、気づかぬうちに無理をしてしまったのだろう。
それはきっと、隊長である俺の判断ミスだ。ネリーに最初から前に出るなと釘を刺しておくべきだった。
だが、後悔や反省は全部、後回しだ。
今はこのキマイラ二頭を倒さなければ、ネリーの治療すらまともにできやしない。
ここは冷静に指示を出して、一刻も早く態勢を立て直さないと。
ネリーは俺が絶対に助けてみせる!
それが隊長の責任というものだろう。
そのための最善手は――
「アリアとミーユは右のキマイラを頼む! 俺は左だ! プラークはネリーを。ステラ、アルマの護衛は任せたぞ。アルマは回避優先!」
「「「 了解! 」」」
仲間の声が綺麗にそろい、指示は全員に行き渡った。
「GAU!」
俺の声に反応したか、キマイラがこちらに飛びかかってくる。双頭の片側、ライオンの頭はだらりと垂れて死んでいるのが見て分かるが、もう片方の山羊の頭はまだ生きている。
その山羊の口から、炎が勢いよく吐き出された。
「邪魔だッ!」
炎を避ける必要など無かった。
俺は戦闘服の最大パワーを使って、向かってくるキマイラの頭を炎ごと、剣で叩き斬る。
炎をまともに浴びたが、肌には軽く風圧を感じる程度。熱さは無い。
この戦闘服は防火素材で作られており、内部に真空になっている中空粒子の層がある。
だから断熱性能は抜群だ。
元々、過酷な宇宙で活動するのを想定した宇宙服である。オゾン層無しで照りつける恒星の熱量を防ぎ切る宇宙服に、この程度の炎など敵では無いのだ。
「おお、さすがは勇者様! 炎をものともしないとは、炎の精霊のご加護を得ているのですね!」
また司祭プラークが勇者って言ってるし。これはただの断熱性能だっての。まあいい。
俺は蛇の尻尾も忘れずに切り落としておく。
さらに、もう一撃。
「これで終わりだ!」
「GUO――!」
剣をまともに受けたキマイラは断末魔の叫びを残すと、力が抜けたようにその場にどうと倒れた。
「よし! こっちはクリアだ!」
「くっ」
右側ではアリアがキマイラに一撃を与えていたが、まだ敵は動いている。
「しぶといんだよっ、お前ら!」
苛立ちをそのまま後ろから剣と共にぶつけ、さらに戦闘服の力で剣を奥へ押し込む。
「無理よ、シン! 逃げて」
「やれるッ!」
スーツのAIでコイツの心臓の位置はすでに分かっていた。
「GUA!」
キマイラも怒りの咆哮を上げて、俺を後ろ足で蹴り飛ばそうとしてくるが、その動きも未来予測ですべてお見通しだ。難なく俺はキマイラの足を掴むと背負い投げの要領で、石床に巨体を叩きつけてやった。
「おおっ! 素手で!」
「やるぅ! シン!」
プラークとステラが感嘆の声を上げるが、まだだ。
念には念を入れておかないとな。
俺はかかと落としでさらにキマイラに一撃を加える。
その衝撃で、石床がボコンと割れてへこむ。
戦闘服もパワーの限界のようで、きしむ音を立てるが、そんなこと知ったことでは無い。
確実に倒す!
それが今やるべき事なのだ。
着地して、俺はすぐに刺していた剣の柄を掴む。
それが己の命を左右すると察したか――キマイラが俺を噛もうと必死に体をよじってきた。
「GUA!」
「させないッ!」
アリアがその牙を剣で弾く。
「うおおおお!」
俺は握った剣の柄を力一杯にひねっていく。
手応え、有り。
これで完璧にとどめを刺せたはずだ。
倒れたキマイラはピクリとも動かなくなった。
「クリアッ!」
「ネリー!」
その間にアリアが倒れたネリーの元へ駆けつけていた。
「アリア、状況は?!」
「重体、だけど、まだ息があるわ」
厳しい状況だが、まだ助かりそうだ。
「ステラ、周囲を警戒! レーザーガンを使え」
「了解! 一匹だって、近づけたりしないよ!」
俺はリュックを降ろし、救急キットを取り出す。救急キットの蓋を開け、手術用のメスやプラスチック製の添え木など、必要な物を準備する。
アリアは携帯簡易測定器で、ネリーの状態を詳細に分析した。
「胸部骨折の肋骨が肺に刺さっているわ。これより、胸部切開と酸素供給を始めます」
「了解」
アリアが手術の指揮を執り、俺が助手を務めた。
これほど本格的な手術はアリアも初めてのはずだったが、彼女は見事な手際で手当を行っていく。
そして、額に汗を浮かべたアリアが、縫合の手を休めた。
「ふう、やれるだけのことはやったわ」
「よし、脈拍は安定しているな。まだ意識が戻っていないが……」
ネリーは目を閉じたままだ。
「あとは私にやらせて下さい」
後ろで見ていたアルマが側にやってきた。
「分かった。任せよう」
「ええ、そうね」
俺達の科学技術だけでは心許ない。役に立つなら何であろうと利用すべきだ。
この世界の魔法。その正体は明らかでは無いが、アルマの回復魔法が怪我を治すところは俺もすでに目にしている。
信じよう、仲間を。
「――偉大なる至高神ルーリーよ、万物の精霊エアを遣わし、かの者の傷と疲れを大いに癒やしたまえ。ハイヒール! どうか――」
アルマが手を合わせ、神に祈りを捧げる。目をぎゅっと閉じたそのひたむきな祈りが通じたのか――
「脳波が正常値に戻ったわ!」
アリアが感激の声でネリーの状態を告げる。
「あ……ここは……」
「良かった!」
「ネリー、あなたはキマイラに体当たりされて気を失っていたのよ。でも、もう大丈夫。治療は済ませたわ」
「そうでしたか。お役に立てずに申し訳ありません……」
「いいんだ、ネリー。君はよくやってくれた。名誉の負傷だ。恥じる必要は無い」
俺は上官として言うべきことを言う。
「はい!」
「では、シン様、これからどうしましょうか」
司祭プラークが問う。
「ネリーの完全な回復には少し時間が必要だ。いったん、大神殿に戻ろう」
「分かりました」
今回の勝利はヒヤリとしたが、得るものも大きかった。
「『青き星の狼』、一回目の調査を完了、これより仲間と共に帰還する」
郷には入れば郷に従え――とは誰の言葉だったか。
『惑星テラ』の調査には現地人達の協力が不可欠だ。
現代文明の力だけでは立ちゆかない、その自信が崩れたのは少なからずショックだったが、先ほどの回復魔法にしても、この星には不思議な力があると確信できた。
これを銀河宇宙同盟軍に持ち帰ることができれば――
俺は『浮遊城』への再挑戦を固く心に誓い、通路を戻るのだった。




