第二十六話 自由連盟の『エア』
(視点がシンに戻ります)
帝都を訪れた俺達はそこで現代文明と邂逅した。
しかも、自由連盟所属だと名乗るAIは宇宙船『ファンデルマーク』の存在も知っているという。
さらには俺の祖父ユーマ=クラドが関係しているなどとは。
話を聞かずにはいられない。
だが、大勢の現地人の目があるここでそれを問いただすのはまずい。
彼らはAIを『精霊エア』――神の代行者として崇めているようで、今も全員地べたに這いつくばるように平伏したままだ。あまりにも目立ちすぎている。
軍人として宇宙保護条約を無視するわけにもいかなかった。
「場所を変えよう。AI、通信同期は取れるな?」
「問題ありません。この帝都なら、無線アンテナが埋め込んでありますので、どこでも通信可能です」
「よし、人目につかない場所で話そう」
俺はアリアやステラとうなずき合う。
「宿でいいわね」
アリアが提案した。
「お、お待ちを! シン殿、いえ、勇者シン様! なにとぞ大神殿の方で『エア様』とお話を」
司祭プラークが額に汗をたらしながらの必死の形相で言うが、ちょっと怖いよ?
「悪いが、そこだと落ち着けそうに無いし、色々と内緒話があるんでな」
彼には悪いが、俺はそれだけ言うと、宿に向かった。
「いいの? なんだか彼、必死だったけど」
アリアが振り返りながら心配する。
「仕方ないだろう。プラークの言いなりになっていたら、俺達は神様勇者様だぞ?」
「それってお供え物とかもらえるからお得なんじゃないのぉー?」
ステラが言うが、神になりすますなど、不敬もいいところだ。きっと罰が当たる。
無神論者の俺だが、神の概念は十二分に理解しているつもりだ。
有り体に言って、それは人間を超越している、または畏敬の念を抱いて当然とされる者であり、別に人格が無くともいいのだが、少なくとも普通の一般人がなるべきものではないだろう。
この世界の人々は人格を持つ神々を敬っているようだが、超自然的な力――汎神論やアニミズムにおいても擬人化のメカニズムが働くことは心理学者がすでに指摘している。
たとえば、子供がぬいぐるみに意思があるかのように接するのは、そこに魂が宿っていると自然に考えているからであろう。
しかし、ぬいぐるみに心は存在しない。
中には綿やポリエステルという物質が詰まっているだけ。
それが現実だ。
同様に、AIにも心は存在しない。
ぬいぐるみに比べ、複雑な回路が存在し、人間に似せて擬似的な感情を発露させることも可能だが、それはあくまで人工的にプログラムされたものであって、自然な反応(心情)とは異なる。
それを神の力や神そのものだとして現地人を騙すのは、人としてやってはいけないことだと思うのだ。
「いいや、駄目だ。だって俺達は人間だろ?」
「まぁ、そうだけどね」
ステラも肩をすくめた。
「クラド隊長がそう言ってるんだから、決まりね。だいたい、神として振る舞ったりしたら宇宙保護条約に思いっきり違反するわ」
アリアも同意してくれたが、こういうことこそ分をわきまえないとな。
本物の神様に失礼だ。
宿を取ったが、幸い、プラーク司祭はここまではついてこなかった。ミーユやネリーもついてこなかったが、まあいい。あの二人にはあとで上手く言っておこう。
「さて、AI、『戦艦ファンデルマーク』の位置は機密指定で言えないとして、その戦艦がいつどこからやってきたか、その辺の由来も機密情報なのか?」
「いいえ、機密指定は現在の位置情報だけです。『戦艦ファンデルマーク』は宇宙標準歴615年に銀河同盟主星ファジスにおいて建造され、その翌年に就役。いくつかの演習を経た後、秘密作戦『深度ハイパーレーン探索作戦』に従事。618年に『虚数空間』へのワープを行い、この惑星『テラ』を発見しました」
「この惑星は『テラ』というのか」
「それって人類の原初惑星の名前と同じよね?」
アリアがAIに確認するが、最初の人類発祥の星も『テラ』だったはずだ。
「その通りです。しかし旧『テラ』はその存在が記録上にしか残っておらず、実在が確認できないため、銀河星図に登録はされていません。法律上では問題が無かったため、新『テラ』として618年に登録されました」
「ええ? ファジスとブルートが『うちが原初惑星だ!』って言い張って揉めた歴史があるのに、せこいというか、なんというか……」
俺は呆れてしまった。
後から名前を付けた星が本物になるはずもないのに。
あるいは、記録もすべて書き換える前提だったのか。
事実を虚構ですりかえようなどと、そんなことを思いついた人間が銀河同盟側にいるというだけでも気が滅入ってくる。
「そうねえ」「ま、名前はどうだっていいじゃん」
ステラはあっけらかんと言うが、名前にこだわっていても仕方ないか。
「ファンデルマークの乗組員はどうなったんだ?」
「ハイパーレーン上にブラックホールが存在することが判明し、全員、艦長の判断でこの惑星への入植者となっています」
「ブラックホール? そんなもの、私達がここに来たときは無かったわよね?」
アリアが言う。
「そうだな。ひょっとして、別の経路があるのか?」
そもそも、俺達が飛ばされたのはあの新型魚雷の強制ワープなので、経路とは言えないかもしれない。
「アタシがここに来たときはブラックホールがあったよ。たぶん、アリア達が通ってきたのとは別の道だろうね」
ステラはブラックホールを目撃したようだ。そういえば、そんな話をチラッと言ってたな。
「よくここへたどり着けたな」
「いや、ホント大変だったんだって。宇宙船は揺れるし、ブラックホールに向かって突っ込むとか、あり得ないでしょ?」
「あり得ないわね……。でも待って。それが本当だとすると、私達は宇宙船を手に入れたとしても、帰るのは難しいのではないかしら?」
「むむ……」
「どうだろ。来れたんだから、帰ろうと思えば、行けるんじゃないの?」
ステラが適当に言うが、それも要調査だろうな。
「それで、入植者はどうなった?」
「すでに全員死亡が確認されています」
AIが淡々と告げた。
「そんな!」
「何かの病気か?」
618年にここを発見したのなら、まだ四十年くらいしか経っていない。艦長あたりはもう寿命を迎えていてもおかしくないが、若手の乗組員だっていたはずだ。
「乗員999名のうち、215名は病気ですが、422名は負傷によるものです。その他は年齢から考えて老衰が原因と思われます」
負傷が多いのは、現地の魔物によるものだろう。レーザーすら通用しない化け物までいたからな、ここは。
「うちのじいさんも生きてないってことか……」
「シン……」
「いや、別に気遣わなくてもいいぞ。写真でしか見たこと無い人で、親しかったわけじゃないからさ」
「でも、身内でしょう」
「まあな」
身内の死亡を聞いてしんみりするのも当たり前か。
「しかし、クラド家の子孫は何代も続いています」
「なに?」
AIの言葉に、俺は混乱する。
それってじいちゃんがこっちで家族を作って、子をもうけたってことになるよな?
「シンのおじいさまならやりそうなことね」
「ちょっと待てアリア、それはどういう意味だ」
「プレイボーイってことだよねえ、にししっ!」
ステラがニヤニヤと笑うが、断じて俺はプレイボーイの家系では無い。
――無いよね? じいちゃん。
「その家系って、ここの皇帝だったりするのかしら?」
「いいえ、十二代王朝までは直系でしたが、その後は別の家系に代わられています」
「待て、AI。おかしいだろう。うちのじいさまがいなくなったのは四十数年前だぞ?」
「……質問の意味が分かりかねます。もう一度、質問して下さい」
「『戦艦ファンデルマーク』がここを発見したのは宇宙標準歴618年なんだろう? なら、42年前か?」
「そうなるわね」
「いいえ、宇宙標準歴は現在3748年で、発見時から3130年が経過しています」
「――なんだって?」「それって――」「んあ?」
俺達三人は顔を見合わせたが、つじつまが合っていない。
「戦闘服AIの時刻エラーを修正しました。考えられる要素として、ブラックホールの近傍を航行したため、時間軸にズレが生じたものと思われます」
「「「ええ?」」」
そんなことが起こりうるのだろうか?
相対性理論によれば、光速で移動すれば時間の進みが遅くなるはずで――駄目だ、頭が回らない。
「そ、それって、じゃあ、ここの時間は……私達は三千年近くも未来へ飛んだってことなの?」
「肯定。観測できるデータを照合した結果、それが妥当な結論だと結論づけられます」
「そんな。それじゃ、いったい私は何のためにここまで……任務は果たせなかったのね……」
「アリア!」
アリアがその場に崩れ落ちそうになるので、ステラが慌てて彼女の身体を支えた。
「いいや、そうと決めるのはまだ早いぞ、アリア」
俺は確信を持って言った。




