第二十五話 野望の男
(視点が別人に変わります)
保養惑星『シルフィード』は開発を極力控え、原初の自然のままの状態で維持されている。
それはすべて人類にとって理想的な環境を守るためであって、決して自然のためでは無い。
観測者のいない宇宙など、存在しないのと同義であるがゆえに。
「お笑いぐさだよ。ヘルツ君。エコテロリストどもは、この惑星の存在意義すら忘れて、人間の手をさらに加えて未開の惑星に戻せと主張している。
つまり彼らは、愚かにも彼らの完全なる理想だけでは我慢できないというわけだ。まだ我々が見つけていない手つかずの惑星がこの宇宙のどこかにあるかもしれないという崇高なる可能性をね。
見つけた惑星を開発せずにはいられない我々と、ただ何もしないことを守護者と僭称する彼らと、どちらがより傲慢なのだろうね?」
鼻から上半分だけ顔を隠した仮面の男が問う。
「はあ、なんと申しましょうか……」
仮面の男に問われた独立星系の大使ヘルツはハンカチで額を拭きつつ、引きつった笑いを浮かべた。こう言う賢そうな男は苦手だ。あるいは小難しそうなことを言って賢さを装っているだけかもしれないが、どちらも傲慢と言って差し支えない。
ただ一つ言えることは、彼と彼の妹がエコテロリストによって深い傷を負った身である以上、迂闊な答えは極めて危険だということだ。
しかも彼――ハロルド=ルーメン卿はこの若さで共和連合の国防委員会に名を連ね、経済界にも強力なコネが有り、名家というだけでは説明のつかない影響力を持っているのだ。
「いや、結構、ただの愚痴だ。質問に意味は無い。忘れてくれたまえ、ヘルツ君」
「は……」
透明なガラス張りで外の熱帯雨林が間近に見える廊下は、病人の気分転換に配慮したものなのだろう。ただ、何もかもが巨大で奇怪な植物の群生など、見ていて楽しいかというと疑問だ。
間近に迫る原生林は畏敬というか、遺伝子に刻み込まれているためか、恐怖の感覚が先に来る。
「この景色は妹も気に入っていてね。彼女に言わせると、生命の力強さを感じるそうだ」
ヘルツ大使の視線と表情を察してか、ルーメン卿が歩きながらそんなことを口にした。
「なるほど、確かに、その点は同意できますな」
「フフ、これは外交などではないのだよ、ヘルツ君。そんな奥歯に物でも挟まったかのような、よそ行きじみた物の言い方はやめてくれたまえ。君の言動が君の祖国に何ら悪影響を与えないことは、この場において私が確約しよう」
「ありがとうございます、閣下。ですが、長らく外交官としてやってきたもので、こう言う言い回しが癖になっているようでして」
「結構、ならば無理に変える必要も無い。私も若造にしては生意気な口を利くと度々陰口を叩かれるがね、君と同様に悪意などは無いのだよ。ただ、父にそうしつけられてしまっただけの話だ」
「はい。環境が人を形成する、でしたかな」
「そうではない。人が環境を作るのだ。そうでなくては万物の霊長などと恥ずかしい自称はできんよ」
「確かに」
「ここだ」
廊下の突き当たりで、スライド式の自動ドアが待ち構えており、その人工物がひとときの安心感を与えてくれた。中の応接室は植木が一つあるだけで、人工の中に調和せしめられた自然だった。
「申し訳ないが、妹は今日は具合が悪くてね。同席は遠慮させてもらおう」
ルーメン卿がソファーに座りながら謝罪する。
「いえ、お気になさらず。またお加減の良い日を楽しみにしていると妹様にはよろしくお伝えください」
「うむ。それで、ヘルツ君、今日の用向きは何かな? 私に耳寄りな情報があるという話だったが?」
「はい。これは銀河同盟の最高機密レベルの情報ですので」
ヘルツ大使も思わず身体が前のめりになりヒソヒソ声になってしまう。この室内には二人だけで、共和連合の勢力圏なのだから、他人の耳など気にする必要などありはしないのだが。
「ほう。たとえば、主星ブルートを消し去った犯人でも知っていると?」
「ど、どうしてそれをご存じなのですか!?」
ヘルツは大きく動揺した。ほんの数日前、銀河同盟の参謀本部の動きでつかんだ極めて鮮度の高い情報だ。
共和連合がそれをもう察知しているとは思わなかった。
「なに、そう驚くことは無い。知っているというのとは少し違うな。ただの推測だよ。どのみち、我ら共和連合を潰そうとする組織など、一つしか無い」
「はあ、そうなってしまうと、あまり耳寄りな情報とも言えないかもしれませんが」
「いや、聞かせてくれたまえ。誰がやったかは目星がついているが、どうやってあのような事を成し遂げたのか、それは私でもまるで見当がつかないのだ。科学委員会の恩師にも問い合わせたが、狙って次元崩壊を起こすのは不可能だという話だった」
「ええ、そこは大事ですぞ、閣下。あれは意図した攻撃ではないのです」
ここぞとばかりにヘルツ大使は声に力を入れた。外交官の力の見せ所である。
「と言うと?」
「銀河同盟は行方不明艦の捜索の際に、ワープ事故を起こしたのです。『虚数空間』の座標を間違って入力し、その結果があの次元崩壊の爆発でして……」
「それはおかしいね、ヘルツ君。虚数空間が危険なのは誰もが知るところだ。だからこそ、安全機構が両陣営の船には備わっている。打ち間違いなどでは起こりえないミスだ」
「はい、ですが、機器の故障でワープ先が変わってしまうというのは、過去に共和連合でも起きていた事故です」
「認めよう。だが、それも過去の話だ。問題の修正と改善をやってきた現代の我々が似たような失敗を繰り返すと?」
「残念ながら。人類の叡智はまだ完璧では無いと言うことなのでしょう。まだ我々は進歩の余地があるのです。――飛躍の可能性が」
「ふむ……いや、失礼」
コールが鳴り、ルーメン卿が通話に出たが、ホログラムは展開されなかった。おそらく仮面の視覚接続によりVRゴーグルとして見ているのだろう。ヘルツは肉体を機械化した人間も何人も見てきたが、その合理性を優先する感覚にはどうしてもなじめなかった。
「なに? グレゴリオの防衛基地内から敵が? 馬鹿なことを言うな。どの経路を使って銀河同盟が入り込むと言うのだ。あそこは前線では無いのだぞ」
ヘルツは胃が冷たくなるのを感じた。銀河同盟はまた何かをやらかしたのかもしれない。
それは非常に困る。
適度に銀河同盟と共和連合が緊張状態になってくれるのは良い。
そうすれば何かと利益がこちらに転がり込んでくる。
しかし、大規模戦闘や総力戦はお断りだ。
軍事力ですべてが決まる世の中になってしまえば、独立系など吹けば飛ぶような弱者でしかない。
「映像を回せ。私が直接、確認する。おや、これは……確かに、銀河同盟の男だな。奴には見覚えがある。確か、名をハートレーと言ったか。以前、我が軍の捕虜になっていた男だ」
「すると銀河同盟が破壊工作を?」
ヘルツが思わず身を乗り出して質問したが、待てと手で合図したルーメン卿はしばらく沈黙してしまった。すでに通信は切っている様子だが……。
「……ふむ、なるほどな、あの古文書、そういうことだったか」
「はい?」
古文書がどうしてそこに出てくるのか、訳が分からない。
「虚数空間だよ。かつて、『ファンデルマーク』という銀河同盟所属の戦艦が極秘任務を行っていた。虚数空間に関する実験だ。公式には行方知れずになったと吹聴しているようだがね」
「そ、そんな馬鹿な。あれは危険すぎて、高価な戦艦など使えるはずが」
「危険だからこそ、戦闘能力に優れた最新鋭の艦を使うのだよ、君。金銭だけで物事を見てはいけないね」
「はあ」
「しかし、私としたことが、我が先祖が理想郷を発見したなどと、夢物語か叙情の比喩とばかり思ってしまっていた。『ファンデルマーク』とは我が家に伝わる古文書に記された箱船の名前だ。まさか、同じ物だったとは……これは愉快! ふふ、ははは」
なぜ共和連合の重鎮がファンデルマークと関係を持っているのか。
ヘルツ大使にはそこが疑問だった。
「ヘルツ君、私は今から魔法王国へ向かわねばならん。正統なる王家の人間としてね。君も同行するかね? 彼の地にはここにはない未知のエネルギーにあふれているそうだよ」
ルーメン卿が隠していない部分、仮面の下半分から覗いている唇を歪めると、彼はミステリアスな笑みを見せてきた。
「よろしければ、ぜひ」
この男が何を知っているのか、そして何者なのか、ヘルツは自らの興味が抑えきれなくなるのを感じていた。




