第十六話 刺客『女狐』に油断した隊長、社会的に抹殺される
城塞都市ティムガットの東にあるダンジョンに、俺達『青き星の狼』のパーティーは潜って探索している。タダの暇つぶし――いや、これも現地調査という立派な任務だ。
「それにしても、随分と入り組んだ作りね。なんで迷路になってるの?」
通路の壁を見回しつつ、アリアが疑問を口にした。
俺も気になっていたが、この迷宮はブロック状の石を組み上げて造られた人工物である。
「防衛用かな?」
思いついたことを言ってみる。
「何かを守っているということ?」
「さあ?」
「ダンジョンという物はたいてい迷路だぞ。どうしてそうなっているかは私にも分からないが……」
現地人のミーユもこの世界のダンジョンについてはよく知らないようだ。
「きっとお宝を守っているのですよ」
プラーク司祭が良いこと言ってやったと晴れやかな顔をするが、では誰が何のためにという疑問は答えてくれそうに無い。
「残念ながら、最下層の宝は三百年も前に開けられて、勇者様ご一行が持っていったそうだぞ。ゴーレム使いのユーマがな」
ミーユが言う。
「ユーマ?」
「なんだ知らないのか? ま、よそから来たのなら、アノン帝国初代皇帝ユーマ=クラッドを知らなくとも不思議は無いか」
「むむ……」
ユーマって俺の父方の祖父の名前なんだよなあ。
軍に所属していたそうだが、何でも行方不明になったらしい。脱走兵だろうと言われていたが……まさかな?
「なんだかシンと似ている名前ね。クラッドなんて」
「確かに似ているが、三百年前なんだな? それなら別人だ」
「ふふっ、そうね」
「そういえば、その黒髪……ハッ!」
プラーク司祭が俺の顔を見てなんだか驚いた顔をするが、何だよ?
「おい、待て!」
いきなりミーユが通路の奥に向かって叫んだ。
「どうしたの? ミーユ」
「今し方、こちらを見るなり逃げていった奴がいる。どうも嫌な感じだ。全員、気をつけろ。PKかもしれん」
「PK?」
「ふう、冒険者を狙う冒険者だ。いや、もはやそんな外道、冒険者とも呼べぬがな。タダの盗賊だ」
盗賊か――。なら、警戒しておいた方がいいな。さっきのは斥候で、仲間の部隊を呼びに行った可能性もある。
「AI、赤外線熱分布画像モードだ」
俺は戦闘服のAIにこの状況下で最も適切と思われる警戒モードを指示した。
「了解。音声分析もリアルタイムで実行しておきます」
「頼む」
ものの数分と立たずに、しかし、今度は女性の悲鳴が聞こえてきた。
「きゃあ、いやあっ、誰か、助けて!」
「行くぞ!」
迷うことなど無い。
俺達は女性を救うべく、悲鳴が聞こえてきた方向へ走る。
「いたぞ!」
「おっと、邪魔が入ったか、残念、へへ」
五人の盗賊が女性の近くにいたが、全員ニヤリと笑うとさっさと逃げていく。
「待てッ! 女の敵め!」
ミーユが一人追いかけていくが、まあ、彼女の腕前なら援護が無くともなんとかなるはずだ。Aランクはそうそういないはずだし。
「大丈夫か?」
俺は彼女の側に屈み込み、まずは容態を確かめようと携帯測定器を取りだそうとした。が、その前に彼女が俺に抱きついてきた。
「あ、ありがとうございますっ」
恐怖でパニックになっているのだろう。化粧か香水か、俺はこの手のキツい臭いが苦手なのだが、そこは我慢して抱きしめ、彼女を落ち着かせる。
「もう大丈夫だ」
「怪我はありませんか?」
アリアも優しく被害者に聞く。
「ええ、もう少しで危ないところでしたが、あなたたちが駆けつけてくれたので……命の恩人です! しかもこんな素敵な男の方だなんて……ぽっ」
「む、ちょっと離れてください」
アリアが女性を俺から離そうとしたが、彼女も負けじと抱きついてくる。
「あん♪ 怖かったので、もう少しだけ……いいですか?」
「まあいいけど」
「ちょっと……シン。変な気は起こさないでよ?」
「心配しないでくれ、アリア。俺は年上には一ミリも興味がない」
美人には違いないが、二十代後半だろう。
「えぇ……?」
「あら、私、こう見えても、十七ですよ」
「「「 えええっ? 」」」
とてもそうは見えなかったので驚いてしまった。
アリアやネリーも驚いていたので、俺の見間違いというわけでも無いだろう。どうも怪しいな。
「AI、この人の年齢診断を頼む」
「ちょっと、シン」
「いや、でも気になるだろ? 現地調査の一環だ」
「んー仕方ないわね。年齢の判断を間違えると失礼に当たることもあるだろうし、許可するわ」
アリアの同意も得たので、AIに年齢を測定させる。
「骨格、肌年齢、腹囲、BMI、ホルモンバランスから推定して、二十五歳と診断します」
「二十五……なんだ、思ったよりも若かったな」
「そうね、私ももっと上かと思っていたわ」
「チッ、何よ、二十五で何が悪いって言うのよ!」
おっとしまった、つい口に出してしまった。女性に年齢を言うのは失礼だからな。男女平等とか、そんなチャチな理屈は通用しない。摩訶不思議な超絶聖域だ。
「あっ、何を」
彼女は俺の腰から『単分子高周波ブレードナイフ』を鞘ごと取ってしまった。
「ふふっ、油断したわね、坊や。これでッ、聖剣はアタシの物よ! 女狐ジュリアの顔を知らなかったことを死ぬほど後悔するといいわ」
そう言ってジュリアが持ったナイフを抜こうとしたが、俺は当然、落ち着き払ったままだ。
――アリアも。
「はわわ、ご主人様!」
「い、いけません」
ネリーとプラークだけが慌てたが、俺は手をかざして二人に大丈夫だと合図しておく。
「ふん、聖剣を取られて、随分と落ち着いたものね。どう? 自分の武器にやられる様は――くっ、なんで抜けないのよッ!」
ジュリアが抜けないナイフにいらだった。
「生体認証ロックがかかってるからな。俺にしか抜けないナイフだ、それは」
「な、何ですって? そんな馬鹿な」
「おお、なんと崇高な……!」
司祭プラークが感激しているが、まあ、聖職者としては雰囲気が出てありがたい聖剣だろうな。
しかし、銀河宇宙同盟軍においては、これはただの安全機構である。
「畜生!」
ついに諦めたジュリアがそのまま地面にナイフを叩きつけた。
そのまま持ち逃げされて売り払われても困ったことになったのだが、まあ、抜けない剣など誰も買わないか。
「シンッ! その女は――!」
戻って来たミーユは事情を盗賊達から聞き出したようで焦っているが、俺は笑ってうなずいてみせた。
「大丈夫、この女の正体はもうバレてるよ。――このシン=クラドを落としたければ、可愛いロリッ子を連れてこいッ!」
敵の奸計に打ち勝った喜びから、俺はつい余計な一言を口走ってしまった。
その後のパーティー会議で、アリアとミーユと、さらにアルマからもしつこく尋問され、俺はネリーの半径五メートル以内に一人で近づくことを禁じられてしまうこととなる。
「ち、違うんだ! 聞いてくれ、生物学的には――」
「「 黙りなさい、このロリコンッ! 」」
不遇である。




