第六話 聖剣
男爵が俺の持っているナイフを見せてくれと言う。
どうやらギルドマスターが戦闘についての詳しい報告も手紙に書いていたようだ。
宇宙保護条約の事を考えるなら、現代文明の武器である『単分子高周波ブレードナイフ』は見せるべきでは無いだろう。
だが、ポンスーレ男爵がすでに興味を持っている以上、「これは軍事機密ですので」などと迂闊に断ればかえって目立ってしまう。
「もちろん、いいですとも。ただし、手を切らないよう、充分にご注意ください」
俺は腰に装着してあるナイフをベルトから外し、気前よく鞘と一緒に男爵に手渡してやった。
鞘の認証ロックも外してやる。こうしないと「ぬ、抜けない!?」とびっくりされるだろうし。
アリアも微妙な笑顔のまま、反対はしない。
「ふむ、どうやらタダの鉄ではなさそうだな。このほとんど光らぬ闇の色合い、何の材質か……」
男爵はナイフを抜いて刃を念入りに観察してきた。
確か、素材は刀身が炭素の同位体だったと思うが……
「『ロンズデーライト』と『ウルツァイト窒化ホウ素』の複合素材、つまり人工ダイヤと隕石ね。それと刃先は水素の単分子結晶」
横でブツブツと俺にだけ聞こえる小声で言うアリアは、いちいちそんなことまで覚えているようだ。
「それに、この装飾、見た事も無い文字が彫り込まれているな。まるで定規で書いたような見事な直線をここまで細かく……」
ナイフの型番があったようだ。俺もそんなのがあるとは今まで気づいてなかったな。
「この形状も人の手とは思えぬほど美しい曲線で洗練されている。これほどの物は初めて見たぞ。しかも、書物にも載っていない物だ」
あー嫌だなあ、こういうタイプ。
学者肌ときたか。
「これはどこで手に入れたのだ?」
「私の師から譲り受けましたが、詳細については何も」
軍から支給されたものなので、実際、どこの工場で作られたのか俺も知らない。
銀河宇宙同盟軍の名前は出せないので、師匠ということにしておこう。
謎の師匠……いや、ハートレー教官でいいな。
「その師の名は?」
「ハートレーです」
「聞かぬ名だな。どこの出身の者か」
「さあ……?」
教官の故郷も聞いたことが無い。
「そのハートレー殿は、今どこに?」
「途中ではぐれてしまいまして、どこにいるかは私も知りません」
たぶん、主星ファジスの士官学校にいると思うが、ファジスの名前は出さない方がいいだろう。
「ふむ。おお?!」
親指の腹でナイフの刃をつついた男爵が驚きの声を上げた。
注意してあげたんだけどなあ。
ま、俺もこのナイフを支給されたときに、どんな切れ味なのかと触って人差し指の腹を切ったことがある。
このナイフ、高周波を出さなくても当たった感触が全く無いのだ。
だから、ナイフが指に入り込むような感覚になるし、切ってもすぐは痛くない。
「これはいけません、――いと優しきルーリーの女神よ、万能の精霊エアを遣わし、この者にご慈悲を賜らんことを、ヒール!」
プラーク司祭が回復魔法を使うと、男爵の出血もすぐに止まった。
「いや、これはかたじけない。それにしても、何という恐ろしい切れ味、これは魔法の剣か?」
「ええ、まあ……」
魔法では無いのだが、こちらの世界ではそういう品だろう。
「鉄も切れるのか?」
「……さあ、どうでしょう……」
「試してみても構わぬな?」
「あ、いえそれは困ります」
「なに、刃の根元ならば、少々鈍ったところで支障は無かろう。おお! ミスリルの指輪がこうも簡単に! 信じられぬ……!」
男爵が自分の指輪を外してナイフに押し当てたが、まあ、何であろうと切れるわな。
止める間もなく勝手に実験しちゃったよ、この人……。
「閣下、持ち主に承諾を得ないやり方は人の道に背きますぞ? それに、よくお考えください。そのミスリルさえ易々と切り裂く『聖剣』は、国を揺るがすほどの代物にございます。扱える人間も神に選ばれし者のみ。どうか正統なる持ち主、勇者シンにお返しいただきますよう」
司祭プラークが言うが、勝手に他人の知りもしない物を『聖剣』呼ばわりするのはやめて欲しい。
「うむ……いや、確かにこれほどの切れ味となると、伝説に謳われる魔剣か聖剣しかあり得ぬ! まさか、そのような剣を我が手に握ることができようとは……クク……くはははは! これは愉快!」
ナイフを握りしめたまま、ポンスーレ男爵が爛々と目を輝かせ狂ったように笑い出す。
さあ、雲行きが怪しくなって参りましたよ?
誰だよ、こんなマッドそうな御方に危険物をホイホイ渡したのは!
俺とアリアは困った表情で互いに目配せすると、コンバットスーツの電源をオンにする。
男爵がこのまま取り上げるつもりなら、力ずくでも奪い返すべきだろう。
「おお、待て待て、いや悪かった。取り上げるつもりは無いから、そんな剣呑な顔をしないでくれたまえ」
男爵がナイフを鞘に収めて俺に返してくれた。
ふう。
ちょっとほっとする。
「気をつけてよ、シン。そのナイフ、鞘と高周波は認証でロックがかかるけど、単分子の刃はそのまま使えちゃうんだから」
アリアが小声で注意してくるが、いや、だって横取りされるなんて考えもしなかったもの。
これからは気をつけよう。
「では、勇者シンと勇者アリアよ! カンデラ街を見事救ったこと、改めて領主として礼を言おう。よくやってくれた。これが褒美だ。受け取ってくれ」
金貨の入った袋を渡された。
「「 ありがとうございます 」」
「それから、我が娘も褒美に付けるから、受け取ってはくれまいか」
「いえっ、それはお断りします」
会ったことも無い娘さんといきなり結婚しろと言われても困る。
何より横で、カッ!と目を開いて凄い顔をしたアリア大魔神がおっかない。ここで笑顔で「はい! 喜んで!」と返事をしようものなら、どんな仕打ちを受けることやら。
「ふむ、そうか。それは残念。ところで……いや、これは言わぬ方がいいであろうな。オホン、今日は是非とも晩餐に招待したいが、どうかね?」
男爵が何か言いかけたが、途中で思い直したようで俺達を夕食に誘ってきた。
「はあ、それも、せっかくですが遠慮させていただこうかと……」
「いやいや、気が進まぬなら断ってくれて一向に構わないぞ。冒険者なら、堅苦しい貴族との会食など望まぬ者の方が多いからな。それで、君たちはこれからどうするつもりかな? カンデラ街に戻るか?」
「いえ、このまま王都に行こうかと思っています」
「そうかそうか、ま、激戦と長旅で疲れているだろう。それまでこの街で好きなだけゆっくり休んで行ってくれたまえ」
「はい。では、失礼します」
「うむ」
無難に男爵との面会を終え、屋敷の外に出た俺達は背伸びをする。
「ふう、面倒な用事が済んだ」
「ええ。でも思っていたより普通に良い人だったわね」
「そうだな。ナイフを取られたかと焦ったけどな」
「ふふっ、そうね。ただ……司祭プラーク、やはり、こちらではこのナイフは『聖剣』扱いなのですか?」
アリアが聞いた。
「ええ、それはもちろん。ミスリルを紙のように切り裂くなど、信じがたいことです。『聖剣』どころか『神剣』と認定されてもおかしくはありませんよ」
「そうですか……」
「あなた方はそれをいったいどこで?」
「それは男爵に言った通りだ。俺達も細かいことは知らないんだ」
「はあ。左様ですか」
「じゃ、同行もここまでね」
「いえいえ、王都に行かれるのでしたら私どももご一緒させていただきますよ」
モミ手で前のめりになって言うプラークもどこまで一緒についてくるつもりなのか。
「どうしようかしら……?」
あとがき
ダイヤモンドより硬い『ロンズデーライト』と『ウルツァイト窒化ホウ素』は実在します。
調べていて今回初めて知りました。




