第四話 デートの約束
俺とアリアは、艦長の命令の下、脱出艇で戦場を逃れた。
いや、逃れようとしていた。
だがその途中、敵の新型魚雷によって強制ワープさせられてしまい、未踏領域へ。
おまけにワープした先に惑星が有り、推力を故障で失った俺達は大気圏突入しかないようだ。
「この脱出艇、地上に降りられる設計なのか?」
俺は頼れる相棒に聞いてみた。
「今、マニュアルを読んだ感じでは、行けそうね」
「……アリア=ハーランド准尉、正直に答えて欲しいが、大気圏突入の経験は?」
「任せて! シミュレーターなら何度かあるわ」
銀髪の美少女が自信満々に微笑むが、俺はため息をつく。
「シミュレーションで、かよ……」
「そう言うあなたはどうなの? シン=クラド准尉」
「シミュレーターでも一回しかやってない。あと、角度が浅すぎて燃え尽きた。宇宙の塵と成り果てた」
「ダメダメね。よくそれで士官学校を卒業できたものだわ」
「ハーランド准尉、人には得意分野というのがあるだろう? 俺は作戦参謀の成績だけは、S評価だったんだ」
「そ。私は両方Sだったけど」
「エスめ…」
「何か、変な意味で言ったでしょう、今」
「いや、別に」
「駆逐艦の中でも注意してあげたけど、このスーツの音声ログは残ってるから気をつける事ね。それと、怖がらせるようで悪いけど、私の腕でも、故障している宇宙船で大気圏突入を成功させることはできないわ」
「むむ……左エンジンが壊れたのはいつだ?」
「魚雷にぶつかるまでは何も無かったからその直後だと思う」
「ううん、他に壊れたところは、内部センサーの自己診断では、ゼロか……」
「ま、大丈夫でしょう」
「本当だろうな?」
「宇宙服を着て、外から目視で外観確認してみる? その場合、あなたは宇宙の塵と成り果てるわけだけど」
「酷いな! 俺だけ外に出して、しかも燃え尽きる前提かよ!」
「だって、私が主任操縦士だし、安全性を疑ってるのはあなたじゃない」
「分かったよ。大人しく君を信じよう。ああでも、覚悟が決まらないな。何か別の方法は無いのか? 脱出艇を捨てて宇宙服で外に出るとか……」
「無い。どのみち重力に捕まるわ。手があったとしても、思いつくまでの時間が足りなさすぎるわね。あと十二秒で船外温度が300度を超えるわ。宇宙服でも燃えながら落ちるわね」
「とほほ……」
「まあまあ、元気出しなさいよ。耐熱設計になってるんだし、無事に生きて帰れたら、私が何か奢ってあげる」
「どうせジュース一本とかだろ」
「いいえ、そこは二人で切り抜けるんだから、縁起を担いで高級レストランの予約くらい、奮発してあげるわよ」
「へえ。じゃあ、それで手を打とう。まあ、考えようによっては銀河宇宙同盟軍でナンバーワン美少女の呼び声も高いアリア=ハーランド准尉とデートの約束ができたってことだからな」
「あ、そう言う思考はごめんなさい、ちょっと無理。やっぱ無しで」
「えっ? 夢くらい見させてくれよ」
「あなた、今まで私に興味ない振りをしてて、隠れて画像とか持ってるタイプでしょう。そういうの、私一番嫌いなタイプだから」
「いや、画像は持ってないぞ」
「後で画像ファイル、いえ、ファイルは全部見させてもらえたら、信じるわ」
「それは……」
アリアのは無いが、他のちょめちょめな私的ファイルがあったな。
「ほら、渋った。もういいわ。黙って衝撃に備えて」
「うわ、もうか」
「着水はまだだけど、そろそろ揺れが激しくなるから、舌を噛むわ」
アリアの言うとおりガタガタと揺れ、モニタから見える空が赤くなりつつある。
空中分解なら一瞬……空中分解なら一瞬……
そんなことを考えて耐えていたが、余計に怖くなってしまった。
やっぱり楽しい事を考えないとな。
アリアと食事の約束、アリアとデートの約束、アリアとセッ――
「アーッ、ダメだ! 気が散って想像もできない。ちょっとこれ、揺れが激しすぎないか?」
「普通よ。たぶん」
「たぶん? 今、たぶんって言ったな? たぶんって何だよ、たぶ、いてっ!」
舌を噛んでしまった。
「だから言ってあげたのに。着水成功したのに、あなただけ出血多量で死んでました、なんてのは後味が悪いからやめてよ」
俺もそういう結末は嫌だ。
黙って目を閉じて待つことにする。
揺れがだんだんと激しくなり急にガクンと体が引っ張られたので、何事かと焦った。
「うわっ! なんだ、今の衝撃は」
「落ち着いて。パラシュートが開いた衝撃だから。今のところは問題無いわ」
「そ、そうか。びっくりしたぁ……とりあえず、地上に無事たどり着けたら、色々君に謝ろう」
「別に良いけど。好きにしたら」
「ああ」
数分後、派手に脱出艇が揺れ、着水したのが感じられた。
「ほら、クラド、降りるわよ」
「ああ。まさか成功するとは……」
「それ、色々な意味で失礼なんですけど」
「君の腕を疑ったわけじゃ無いさ。揺られまくって生きた心地がしなかっただけだ」
「ならいいけど、持って行ける荷物を早くまとめて頂戴。この脱出艇は大気圏脱出能力なんてないから、もう使えない。自爆させて処理するわ」
「うーん、そうだな。じゃ、水と食料と毛布と……あと何だっけ?」
「レーザーライフル、エネルギー弾倉カートリッジ、スタングレネード、超小型ドローン、ナイフ、ロープ、救難信号発信器、圧縮酸素、照明弾、携帯用エアコン、テント、着火装置、濾過フィルター、携帯測定器、救急キットよ」
「よく覚えてるな……」
「あなたこそ、それで遭難訓練のテスト、よく受かったわね」
「そりゃ、事前に覚える時間があったからな。俺、短期的な記憶力は良い方なんだ」
「長期的な記憶力じゃ無いと実戦で使い物にならないみたいね」
「そこまではっきりと言わないでくれ。よし、こんなところかな」
「ごめん、クラド、やっぱり圧縮酸素は減らして良いわ。今、大気組成を調べたら、呼吸可能だそうよ。これだけ広い海があるんだから、水も要らないかも」
「ええ? それはありがたいな、荷物が減るし」
「重力もほぼ1Gよ。任務には大幅に遅れが出てしまうけど、変な重力地帯でなくてほっとしたわ」
「ああ」
まだ彼女は任務を諦めていない様子だが、俺の方はこの惑星の通信状態を見て、絶望的だと思った。
電波が存在しないのである。
あるいは、もっと別な伝達手段が高度に発達している文明なのかもしれないが、さっきざっと調べた感じでは近くの海岸に人工物らしき物は一つも無い。
無人地域と考えるのが妥当だろう。
何せ『未踏領域』だ。
人が住めそうな惑星を見つけたのは喜ばしいし、ハーランド星またはクラド星なんて命名できる権利を手にするなど普通の人間にはまずあり得ない名誉な機会だが、すべては有人地域に戻ることができたらの話だ。
最悪、遭難したまま冷凍睡眠にも入れず、任務達成どころか、救助も間に合わない可能性がある。
「ハーランド准尉、確認するが、コールドスリープの装置ごと、沈めるつもりか?」
「当然でしょう。そんな物に入って救助を待つと言うの? 私たちの任務は、一刻も早く本星に戻ることよ」
「それなんだが、今の俺達には移動手段すら無いんだぞ? 大人しく救難信号を出して待つ方がいいと思うが」
そう言った途端、レーザー銃を向けられた。
「シン=クラド准尉、重大な軍紀違反の疑いにより、あなたを拘束処分にする」
「待て待て、今のはあくまで提案だ。俺の提案の方が任務を早く達成できる可能性だってあるだろう。任務を放棄したわけじゃ無い」
俺は両手を上げて苦笑する。
「どうかしら。でも、それなら私に従ってもらうわよ」
「君が隊長か? でも、階級は同じだろう」
「それは……こう言う場合、どうするのかしら?」
通常、同格の准尉が隊を組む場合においても、事前に隊長が指名されていることが普通だ。
「AI、指揮系統に関する規則を出して」
アリアの指示でホログラムにずらずらと条文が出てきたが、いちいち読むよりは、AIに聞いた方が早い。
「AI、本任務において、どちらが隊長になるんだ?」
「指令書を参照します……記載なし。作戦名『敵軍新型魚雷の情報にかかる件』コードネーム『走れメロス』、映像ログを解析中……判明しました。艦長が最初に指名した人物はシン=クラド准尉であり、先任と判断できます」
「ちょっと待って、そんなのコンマ数秒の差の話でしょう!」
憤慨したようにアリアが言うが、まぁ、そうだな。
「ですが、銀河宇宙同盟軍の軍事裁判の判例においては、この判別方法が用いられます」
「私の方が成績が良くても?」
「成績の有無で階級は変化しません。人事考査の結果、昇進した場合を例外としますが」
「ううん……」
「ま、それは後で話し合っても良いだろう」
「ええ、そうしましょう」
俺達はさほど重要でも無く面倒そうな問題は先送りにし、脱出艇のハッチをくぐって外に出た。