第三十二話 大発生の根源
大発生で大量に街にやってきた魔物を撃退した。
これで皆一安心と言うところだと思ったが、司祭プラークが俺の側にやってきて小声で言う。
「残念ながら、まだです」
「なに? どういうことだ?」
年上の相手だし、身なりからして高位の司祭だから、本来は敬語で接すべきだとは思うのだが、コイツは絆創膏を勝手に持ち出そうとした奴だ。こちらに敬語で喋ってこられると、ついこうなってしまう。軍でも親の年齢のような下位の兵士に敬語で話しかけられることはあったので、こういうのに慣れてしまっているというのもあるだろう。
「大発生にはどこからともなくその群れを率いる強き魔物が一匹だけ出現します。ボスと呼ばれていますが、それを倒さない限り、近隣からまた魔物が集まってくるのです」
「大変じゃないか、すぐみんなに報せないと!」
「いえ、ここにいる怪我人はすべて足手まといです。少数精鋭で仕留める方が犠牲も少なくて済むかと」
「なるほど」
「じゃ、私達だけでやるのね?」
アリアが確認してくるが、ラドのパーティーはBランクだし……いや、狼でも手一杯の感じだったからな。安全を考えるなら俺とアリア、それにこの司祭コンビだけで行った方がいいだろう。
「そうだな。レーザーライフルを持っていこう。確実に手早く仕留めたい」
「ええ」
一度宿に戻り、装備を確認して街の門へ向かう。
「我々も回復役としてお供させていただきますよ」
司祭プラークと聖女アルマがそこで待っていた。
この二人の強さなら問題無いだろう。
「しかし、ボスをどうやって見つけるか、だな……」
「街への襲撃で周囲の魔物は数を減らしています。何より、強敵なので出会えばすぐに分かりますよ」
司祭プラークが笑顔で言うが、見分け方よりもどこにいるのか、その位置の掴み方が問題だ。
「そうね、あれかもしれないわ」
アリアが指さしたが、街道に黒い大男がこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
異様な雰囲気で、見るからに人間では無い。
「当たりっぽいな……アリア、このまま遠距離で仕留めるぞ」
「了解!」
二人でレーザーライフルを構え、スーツの片眼スコープも利用して照準をロック。
「同時に行こう。3、2、1、今!」
俺とアリアのレーザーライフルが青い光線を放つ。
――だが。
「弾かれた!? 馬鹿な」
「光学反射ですって!?」
切り札のレーザーが効かなかったことで、俺もアリアも驚愕する。
「来ますよ、二人とも」
プラークが言ったので気を取り直し、レーザーライフルはいったん、その場に置いておく。
こうなれば、剣とナイフで接近戦しかないのだ。
黒い大男はこちらの攻撃に気づいたようで、前傾姿勢で一直線に走って向かってくる。
盛り上がった筋肉質の体に、まがまがしい顔、口からはみ出すほど異様に発達した犬歯――。
「あ、あれはっ、なぜオーガ・ロードがこんな場所に」
司祭プラークが魔物を見て動揺する。
「知っているのか?」
「いえ、書物でオーガの上位種がいるとだけ。ですが、間違いないでしょう。普通のオーガよりも大きい。気をつけて下さい。普通のオーガであろうと、まともに殴られれば鎧ごと潰されます」
筋力の強さは教えられなくとも予想がつく。
「回避を優先で行こう」
「ええ、そうね」
特に話し合った訳では無いが、自然とアリアが右に、俺が左に散開し、挟み撃ちを狙う態勢を取った。
「GHAaAAA――――!」
猛獣の咆哮のような声を発し、素手のオーガ・ロードが勢いをつけたままこちらに突っ込んでくる。
跳躍してその突撃をかわしたが、向こうもすぐさま方向転換してきた。
「うおっ!?」
「シン!」
速い!
身長三メートル、横幅も胸板だけで二十センチはありそうな体格だ。
だから見た目、それほど速くは動けないと勝手に決めつけてしまっていた。
なんとかかわしたものの、奴が放った拳が体にかすって、それだけで俺の体は地面にバウンドするほど叩きつけられた。
「ぐはっ!」
衝撃で呼吸ができなくなる。回避も不能だ。
そこへオーガ・ロードが容赦無く追い打ちの拳を叩き込もうとする。
「させない!」
アリアが跳び蹴りをオーガ・ロードの横から顔面に向けて放つ。
だが、ハエでも追い払うように簡単に弾かれ、アリアの体が宙を舞う。
「きゃあっ!」
「アリア!」
ようやく動けるようになった俺は距離を取り、アリアも空中で姿勢を立て直して着地。
仕切り直しになったが、こちらもすぐには突っ込めない。
格闘Sランクのアリアの攻撃が通じないとなると、このボス、簡単には倒せそうも無い。
「――我らを見守りし至高神ルーリーよ、我らに勇気と聖なるご加護を与えたまえ、ホーリープロテクト!」
聖女アルマが魔法を唱え、俺とアリアの体が白いオーラを帯びた。
何らかの能力が上がる支援魔法だろう。
どうせならこの魔法の効果があるうちに攻撃したい。
さあ、覚悟を決めろ、シン=クラド!
「行くぞ!」
俺が先にオーガ・ロードの間合いに入り、奴の攻撃を誘う。
「GHA!」
上手く釣られて拳を叩き込んできたところで、アリアが剣を叩き込む。
打撃音からして相当な威力があったはずだが、オーガ・ロードにはちっとも効いている気配が無い。
「くっ、剣が」
さらにアリアの剣がポッキリと折れてしまった。
「くそっ、こんな奴、どうやって倒せば良いんだ!」
「落ち着いて、シン! 私達にはまだ『単分子高周波ブレードナイフ』があるわ」
そうだった。鉄でもトマトのように軽く切り裂けるナイフだ。このオーガ・ロードの分厚い皮膚もやれるに違いない。
「よし、くっ」
ナイフを抜いて斬りかかろうとしたが、逆にカウンターのパンチを浴びそうになって後ろに下がる。
「無理しないで。私がやる」
アリアが背後から近寄ってナイフを振り下ろした。
「GHAaAAA――――!」
腕の肉を切り裂かれ、オーガ・ロードが滅茶苦茶に腕を振って反撃してきた。
アリアもすぐに飛び退いて下がる。
「くっ、ダメ。このナイフの長さだと、致命傷を負わせられない!」
アリアが諦めの悲鳴とも取れる声を出した。
俺達はオーガ・ロードに傷は負わせられる。だが、接近戦でやる以上、反撃を覚悟しなくてはいけない。無傷での勝利は期待できそうに無い。
なら、撤退か?
ダメだ。このまま奴が街に侵入してくれば、民間人の被害は甚大だ。
それはできない。
手が無い――。
『手が無いだと? お前らは諦めが早すぎる!』
士官学校でハートレー大尉が教室の壁を拳で叩いて威圧してきた授業、その事がなぜか頭に思い浮かんできた。
「ですが教官、戦力的に見てブルータス共和連合の戦艦にこちらの駆逐艦一隻で挑むのは無理があります。教本でも戦力差が明白なときは戦略的撤退を――」
「黙れ! シン=クラド! オレが出した問題は『撤退ができない場合にどうするか?』だ。求められた答えを出せ」
「無茶苦茶だ……」
「何か言ったか?」
「いいえ、何も」
「不満そうな顔だな。お前は問題に至る前の解決策を出すのが上手い。そういう奴は決まっていつの間にか昇進する。だがな、戦場で仲間を見殺しにするような奴もお前みたいな奴だ」
指さされた。
「自分は、何もしないまま仲間を見殺しにするつもりはありません!」
「なら、必死に考えろ。乾いた脳みそから知恵らしき物を一滴でも絞り出してみせろ! 今、この場でだ!」
そう、今必要なのはこの場面での解決策。
撤退の後のことを考えるのは時間の無駄だ。
オーガ・ロードを倒す。
剣とナイフだけでは厳しい。
なら、使えそうな手持ちの装備は?
レーザーライフル、コンバットスーツ、単分子高周波ブレードナイフ、ポーション、そして――
「あった! これだ! アリア、レーザーライフルを構えろ」
「ええ? でもコイツには」
「いいから! 俺がマーキングしたらそこを撃て」
「了解、シン、何か手を見つけたのね?」
「ああ。これでダメなら、街の人を全員避難させよう」
防衛拠点の放棄。
それも一つの手だ。
だが、繰り返していれば、畑を失い生産量を落とし、どうやっても戦略的に苦しくなる。
人類の勝利には結びつかない行動だ。
だから、ここは引かない。
「行くぞ、オーガ!」
「GHAa――!」
俺の挑戦に受けて立つと返事をしたかのように吠える魔物。
「全員、目を閉じてろ!」
そう言い放って、俺はコンバットスーツの足ポケットから『スタングレネード』を取り出してオーガ・ロードの足下に投げつける。
辺り一面を真っ白に染め上げるほどの閃光がほとばしった。
「HyGHaAAA!!!」
オーガ・ロードが目を押さえて悲鳴を上げる。
そうだろうな。光で相手を認識する生物の目では、到底この閃光の強さには耐えられまい。
網膜の視神経が強烈な刺激に麻痺して、順応するまでの間は何も信号を送れなくなる。
それが生物の宿命だ。
一方、こちらは両眼スコープで光量を瞬時に調節し、視界は確保したまま。
これこそが機械文明の力。人類が必死になって積み重ねてきた叡智の結晶だ。
両手で顔を押さえたままの無防備なオーガの腹に、俺は単分子高周波ブレードナイフを食い込ませる。
厚みは水素分子ひとつ分、それも原子周期表で一番小さい水素である。
物質世界で最も刃先の鋭いナイフだ。
これで切れないものなどこの世にあろうはずがない。
高周波によってほとんど手応えの無いままにオーガの腹の肉にナイフが入り込む。
奴が切られたと気づく前に、二度切りつけ、腹の皮がめくれるようにした。
「今だ、アリア!」
「了解!」
アリアがレーザーライフルをその腹の×印に向けて発射する。
奴の体も血液や内臓はレーザー光を反射できなかったようで、熱を吸収すると一気に水蒸気爆発を起こして爆散した。
「「 任務完了! 」」
俺とアリアは、笑顔でお互いの右手をハイタッチした。
勝利宣言のごとく、高らかに。




