第三十話 崩壊
むせかえるような血の臭いが辺りに立ちこめている。
呼吸する度に吐き気がしてきたので、AIに指示してマスクから入る空気を清浄させた。
東の空がうっすらと青色に変わり始めたが、魔物のうなり声はまだ止まない。
夜通しで戦闘はずっと続いていた。
「くっ、足場が取れない」
狼の死体が折り重なって地面をすべて覆ってしまっているので、踏ん張ると滑ったり、足を取られたりする。
憎らしいことに狼の方は足場が悪くても平気なようで、仲間の屍を躊躇無く踏みつけては襲ってくる。
「ラディッシュ! 休んでるヒマはねえぞ! 立て!」
『疾風』のリーダー、ラドが仲間に激を飛ばした。
「だ、ダメだ、もう剣が上がらねえ……」
他の冒険者も動きが鈍い。
疲労の限界に達してしまったのだろう。
筋肉は動く度に乳酸を排出する。コンバットスーツは血液を吸い取って濾過し、乳酸を分解してくれるから俺はまだ動けるが、こうなると戦力は俺とアリアだけか。
「くそう、ここまでだってのか? みんなで誓っただろ? ダンジョンでお宝を手に入れて毎日面白おかしく暮らすんだってよぅ……」
「ラド、お前はまだ動ける。この街を捨てて脱出しろ」
「はぁ? お前らはどうするんだよ?!」
「オレ達は助からん。だから、後は頼む。オレ達の夢を……」
「嫌だ! 下らねえことを言ってんじゃねえぞ! オレはお前らと冒険がしてえんだよ。他の誰でもねえ、パーティーの組み替えなんて、絶対やらねえからな!」
「お前らしいな。シン、ラドを頼む」
ラディッシュに襲いかかる狼を俺が蹴散らしていると、そんなことを頼まれてしまった。
言葉に詰まる。
ここで返事をすれば、俺はラドの生存を優先し、ラディッシュ達を見捨てることになるだろう。
だが、ラディッシュ達を全員守るのも、そろそろ無理そうだった。
「頼む」
「黙ってろ! ラディッシュ!」
この街を脱出する方が生きる確率は高いだろう。
――だが。
答えは最初から決まっているのだ。
「悪いが、俺はここを離れるつもりは無い。民間人が一人でも生き残っている限り、軍人はそれを見捨てない」
俺は静かに、だがはっきりと言う。
それが銀河宇宙同盟軍の誇りだ。そして俺は銀河同盟宇宙軍兵士なのだ!
「シン……、すまねえな」
ラディッシュが苦笑する。
「へっ、どこかの騎士団所属か? まあいい、そういうことだ、ラディッシュ、オレも仲間は見捨てねえ!」
ラドも気合いが入ったようだ。
「さあ、ここからだ。ラディッシュは少し休んでいてくれ。その間は俺が持たせる」
俺は俺が最善と信じることを言った。
「ああ!」「おう!」
「ふむ、なんとか間に合いましたか。一人も残っていないかと思っていましたが……」
俺達が気合いを入れたとき、石垣を乗り越え、白い司祭服を纏った中年男が街に入ってきた。
その彼が手を差し伸べ、同じく司祭服を着た少女を招き入れる。
少女の方は街の中の有様を見て、顔を引きつらせ、小さく悲鳴を上げた。
「ひっ……」
「さ、アルマ、恐れてはなりません。聖女たるもの、これしきのことで弱音を吐いていては他の者に示しがつきませんぞ。大丈夫、神を信じれば恐れは消え、神のご加護があれば、決してあなたが怪我をすることもありません」
「は、はい、司祭プラーク」
「では、あの者達に、癒やしの手を」
「はい。――偉大なる至高神ルーリーよ、万物の精霊エアを遣わし、我らの傷と疲れを癒やしたまえ。エリアヒール!」
「未知のエネルギー波を感知。ナノマシン・タイプXが急速活動中」
「なに?」
ナノマシンが何をしているのか気になるところだが、それが分かったところで俺にはどうすることもできない。緊張したが、体の方は急に軽くなった。だるさも取れていく。
「これは、疲労が取れているな。回復魔法様々だ」
魔法でナノマシンが活性化したのは間違いないだろう。
これはナノマシンに対する命令文であり、この惑星の現地人はその仕組みを知らずとも、使いこなせているのだ。
どこかにそのナノマシンを配布した者がいるのか、それとも、遠い過去の文明の遺産として残っているだけなのか。いずれにしろ、これだけ高度な技術があれば、宇宙船もどこかにあるはずだ。
「おおっ! 助かったぜ! 司祭様!」
「動ける!」
「まだやれるぞ!」
冒険者達が歓声をあげ、武器を再び握りしめる。
戦意も回復したようだし、戦線が立ち直ったな。
「では、私と聖女様は他の冒険者を回復して参ります。皆さんに神のご加護があらんことを」
司祭の二人組は次の場所へ向かった。護衛が必要かとも思ったが、彼らはたった二人だけでここに辿り着いたのだ。それだけの強さを備えているに違いない。
案の定、錫杖を男の司祭が振り回すと、それだけで数匹の狼が遠くに弾き飛ばされた。
あれは俺より強いかもな。
「よし、新手が来なくなったぞ! いける!」
「焦らずに一匹ずつ行きましょう」
目に見えて士気も上がり、生ける狼が次第にその数を減らしていく。
そんな中、アリアから無線通信が入った。
「シン、急いでこっちに来て」
「どうした?」
「重傷者が一人、首をやられて、今、止血をやっているわ。手が必要なの」
「分かった。今行く。ここは任せたぞ、ラド」
「お、おお、後はオレ達だけでもなんとかしてやらあ!」
彼のパーティーがいれば東門は大丈夫だろう。
俺はまず宿に向かい、救急キットを持っていくことにした。
だが――
「くそっ、そんな。ここもやられただと……!」
宿の正面のドアが破壊されており、内側に狼が入り込んでいた。
剣を振るい、一匹ずつ倒す。
「ネリー! 無事か!」
「は、はい、シン様」
俺の部屋から彼女の声がした。
良かった――。まだ無事だ。
狼がいなくなったことを確認してドアを開ける。
「シン様!」
「心配をかけた。アリアも無事だ。荷物とポーションを取りに来た」
「はい、どうぞ」
彼女も俺が何を必要としているかは分かっているようで、救急キットの箱とポーション入りの袋を渡してくれた。
「じゃ、もう少しの辛抱だ。ここに隠れて、音を立てないようにしてくれ」
「分かりました」
一人にするのは不安があるが、だからといって連れて行って身を守ってやれる自信は無い。他の冒険者と違い、ネリーには戦う力も自分で身を守る力も無いのだ。
ドアを閉め、走る。
アリアが通信をしてきてから、時間が経ってしまった。
間に合ってくれれば良いが。




