第三話 新型魚雷
ハッチをくぐった先はそのまま脱出艇に直結されており、ここから見る限りまだ内部は無事のようだ。
「よし、生きてる!」
俺は歓喜し、そのまま脱出艇の内部に小躍りしながら飛び込んだ。
「ハッチ閉鎖、確認。私が操縦するから、あなたは補助をお願い」
後からアリアが入り、指示を出した。
操縦訓練の評価も彼女の方がいつも上だったから、俺も元々そのつもりだ。
助手座席の衝撃安全バーを下ろして体を固定、パネルを操作する。
「自己診断機能、確認。すべて問題なし。ハーランド准尉、いつでも行けるぞ」
「了解、クラド准尉。これより手動で発進する。イオン推力機関始動、開放隔壁、開け」
「開放隔壁、開放確認」
「電磁カタパルト、充電」
「電磁カタパルト、準備よし!」
「発進!」
アリアが一気に操縦桿を倒し、Gが全身にかかる。宇宙対応型の戦闘服を着ているので、姿勢を保っていられるが、それでもキツい物はキツい。
「ハーランド、も、もっとゆっくり行けないのか?」
「敵に狙い撃ちにされたければ、そうしてあげるけど?」
「いや、やっぱりそのままでいい。君に任せるよ」
前面のモニタには、多数の敵艦が砲撃を行っているのが見えていた。
完全に包囲されている様子で、多勢に無勢、残念ながら一艦しかいない駆逐艦ブルーハウンドは生き残れないだろう。
「でも、どうして艦長は私たちに任せたのかしら……?」
加速が安定して落ち着いたときに、アリアがぽつりとつぶやいた。
「たまたま俺達が脱出艇の近くにいたからだろう」
「そうかもね。うん、きっとそう!」
アリアはそれで気分が軽くなったように笑顔で頷いた。
彼女が声を弾ませた理由、それはおそらく運良く助かったからという理由ではあるまい。
彼女の家柄は軍の内部においてすら特別扱いを受けるほどで、アリアに敬語でへつらっている上官を見かけたこともあった。
彼女は旧貴族の血筋であり、さらにワープ装置を開発した企業の創業者一族――という別の肩書きがあるのだ。選ばれた理由さえもいちいち気にしなければならないとは、真面目な彼女にとっては色々と大変そう。
そんなことを知るよしも無い敵は、脱出艇のような攻撃力の低い相手には目もくれず、駆逐艦だけを躍起になって襲っていた。
どうやらこのまま順調に逃げ切れるか、などと俺がそんな甘い事を思ったのがいけなかったのか、突然画面が赤色に点滅し、左から敵の大型魚雷が迫ってきたのが見えてしまった。
「左、来るぞ」
「分かってる。ええ? 吸い寄せられてる? なんで!?」
アリアは操縦桿を右に思い切り倒していたが、しかし、レーダー上の座標は逆方向に引きずられるように移動していた。
巨大な白いパラボナアンテナを頭に付けた不格好な魚雷がじりじりとこちらに迫る。
「警告、重力場を感知。回避して下さい。警告、重力場を感知。回避して下さい」
AIの警告がうるさく繰り返されるが、アリアが必死になっていてダメなら、俺達に手は無い。
魚雷を見ながら、俺も必死で祈る。
「くっ、こうなったらスイングバイの要領で……!」
アリアがそう言って一か八か、一気に操縦桿を反対に傾けた。
その時、モニタ越しにピンク色の被膜が左に現れ、それが粉々に砕けるのが見えた。
「見ろ、バリアを破壊したぞ!」
「いったい、どうやって。重力場で粒子に二重干渉なんてできないはずよ。それもあんな小型の装置で!」
アリアの言うとおりだ。この魚雷はここからだと大きく見えてしまうが、駆逐艦に比べれば遙かに小さい。エネルギー量だってそんなに多くは出せないはずなのに。
駆逐艦のバリアを、いとも簡単に破壊しすり抜けてしまった。
では、どのような理論でバリアを破壊したのか、それを二人が考えたとき、もう目の前に魚雷が迫っていた。
「ぶ、ぶつかる!」
「ごめん、クラド、私のせいで」
最後の瞬間、アリアが悲しそうに謝ったが、別にこれは彼女のせいではない。
俺達は全力を尽くした。
ただ、逃れられない運命だったというだけだ。
もうダメだ――と思って俺は目を閉じたが、いつまで経っても爆発が起きない。
「警告、惑星重力場の有効範囲内です。回避して下さい。警告、惑星重力場の……」
AIの警告が少し変わった。
「見て! 惑星よ」
「なに?」
アリアが言うので目を開けたが、確かに緑色の惑星が眼下にあった。
さっきまでレーダーには敵艦と魚雷しか映っていなかったと思ったが……。
「でも、変ね。魚雷が消えちゃったわ」
「どういうことなんだ……? おいおい、レーダーに何も映ってないぞ。故障か?」
レーダーを見たが、近くには惑星の一点しか光っていない。魚雷はおろか、近くにいた敵艦や、俺達を送り出してくれた駆逐艦ブルーハウンドの姿も無かった。
「いいえ、故障じゃないわ。座標が変わったみたい。ほら、エラーになってる」
それが故障というのでは? と俺は思ったが、レーダーと座標センサーが同時にやられるというのも変か。
光学モニターや重力センサーのほうは正常なのだ。
その二つが正常なら、できることがある。俺は言った。
「光学測定で位置を割り出せないか?」
「星座の天体観測ね、ええ、やってみるわ」
アリアが計算し、結果はすぐに出た。
「ダメ、登録されていないエリアみたい。一致する星図が無いわ」
「なに? それって、どういう……」
位置が変わったのは理解できたが、銀河同盟軍はその軍事目的により、詳細な星図を共有アーカイブに記録し、残している。
可能性があるとすれば――
「つまり、ここは『未踏領域』ということよ」
「なっ、そんな馬鹿な。エールダリアは宇宙のド真ん中、何億光年も先まで未踏領域なんて無いはずだぞ?」
俺達が演習を行っていた区域は、M87星雲に属しており、宇宙中心点である地球からは六千万光年離れているが、それでも幅が何十億光年とある宇宙では真ん中と言っていいだろう。
とうに宇宙開拓時代は終わりを告げ、このあたりは開発し尽くし、古地図や観光案内に載るだけの場所だ。誰も足を踏み入れたことが無い未踏領域など、あろうはずがないのだ。
「分からない人ね。だから、ここはエールダリアじゃないの。理解できてる?」
アリアが言い、俺は自分が大きな勘違いしていることに気づいた。
「そ、そういうことか。俺達は何億光年も一気に、ワープしたのか」
「そうよ。でも、ワームホールに入ったわけでも、平面宇宙に次元展開したわけでもなかったのに、いったい、どうしてかしら」
「可能性があるとすれば、さっきの魚雷だな……そうか、あの魚雷は局所ワープ装置で、バリアの粒子もどこかに飛ばしていただけなんだ」
「えっ? なるほど、バリアごとワープさせて別の場所に飛ばしてたってことね」
「ただ、そうなると、連中がワープの行き先をまともな座標に設定している可能性は、ほとんどゼロだな」
「ええ。確実に、人や味方がいないところに設定するでしょうね」
通常宇宙ですら無い可能性が高い。
おそらく、虚数空間やその辺だろう。
その意味するところを考えて、二人とも沈黙する。
俺達は戻れるのか?
艦長から最重要任務も受領しているのだ。なんとしても本星に戻らなくてはならない。
だが、この脱出艇にはワープ装置など付いていない。
最寄りの基地に自力で辿り着くか、救助が来るのを待つしか無いのだ。
カタカタと脱出艇が揺れ始めた。
「なんだ?」
「いけない、大気圏に突入しているわ」
「なにぃ? 早く避けてくれ」
「分かってるけど、左エンジンが損傷してるわね……これじゃ推力が足りないわ」
「つまり?」
「落ちるわね」
「ええ?」
せっかく魚雷からは助かったのに、またピンチとか。