第二十八話 大発生
ゴブリンの巣を二つとも破壊した俺達は、リリアンに報告する。
「そうですか! 良かった。さすがですね『素手パーティー』!」
王都まで『素手』の噂が広まっていると聞いたけど、この人が発信源じゃないのか?
一瞬そう思ってしまったが、リリアンもいくら何でも自分で広めておいて楽しそうに俺達に伝えてきたりはしないだろう。しないよね?
「素手呼ばわりはやめて欲しいんだけど……ともかく、これでもう大丈夫です。巣は他には無かったですから」
「どうしてそれが断言できる?」
おっかないギルドマスターがにらんでくるが、超音波測定で……とは答えにくいな。
「ええと……」
「まあまあ、ギルド長、シンさんは正直者ですし、魔法も使えるそうですから魔術で分かったんでしょう。そうですよね?」
「まあ、そんなところです」
「ほう。探知魔法か。あれはそれほど広い範囲じゃなかったはずだが、まあいい、他に巣を発見したと言う報告も無いし、宣言はいったん解除して様子を見ることにするか。リリアン、掲示板に解除の報せを貼り出しておいてくれ」
「分かりました」
この場で報せないのは、冒険者達が気づくまで捜索を続行させようという知恵だろう。
おっかないギルドマスターは二階へ戻っていく。
さてこれからどうしようか、と何気なく冒険者ギルドの室内を見回した俺だったが。
「んん?」
ダイアウルフがその場をうろついている。
誰かの飼い犬と見間違えているのか……俺はそんなことも考えたが、それが大きな間違いだった。
「ガウッ!」
「ひいっ!」
その場にいた冒険者がダイアウルフに飛びかかられて襲われた。
「くそっ! ダイアウルフだ! 入り込んでいるぞッ!」
叫んでスーツのスイッチを入れた俺は距離を詰める。
「な、なんだと? いつの間に」
「街の中に魔物が入り込んだだと!」
「どうしてこんなところにそいつがいるんだ!」
いきなり大混乱に陥ったギルドだが、捜索で出張っていて人が少なかったのが逆に幸いした。
そのまま障害物も無く一直線に近づいた俺は、単分子高周波ブレードナイフで狼の首を切る。
狼は冒険者の首にかみついている状態だから、傷を広げないためにも、乱暴に殴り飛ばすわけには行かなかった。
どさり、と胴体の方は落ちたが、首の方はまだかみついたままだ。
狼の口に手を入れて広げ、ようやく外せた。
「スゲえ……ナイフで一刀両断にしやがったぞ」
「相変わらず、シンの奴、無茶苦茶動きがはええな」
「おい、大丈夫か?」
返事がないので、簡易測定器で状態を確かめたが、首の骨の骨折で、すでに息絶えている。
こうなってしまっては、iPS絆創膏でも治療は無理だ。
「くそっ」
さっきの一瞬の判断の遅れが、一人の命を奪ってしまった。
『いいか、ぼやぼやしてる奴は、仲間を殺すぞ!』と大尉にあれほど叩き込まれていたというのに。
軍務中だったのに、気を抜いてしまった。
「ご、ごめんなさい、シン。私も狼に気づいていたのに、なんでここにいるんだろうって考えてしまって……」
アリアも狼狽えながら言う。
「いや、それは俺も同じだ。しかし、どうしてこんな場所に……」
この街の近くにはダイアウルフはいないはずだった。
「ギルド長! 大変です! すぐ来て下さい! ダイアウルフが街の中に!」
リリアンがギルドマスターを呼んだ。
「なにぃ? くそ、この街の近くで見たという報告は本当だったか! 間違いねえ、これはやはり『大発生』の前兆だ。森の冒険者をすぐに呼び戻せ! 街を固めるぞ!」
「はいっ! じゃあ、指名依頼です、マックスさん」
「分かった。外の連中に伝えてきてやるよ。それと、誰かポールの死体を片付けてやってくれ」
「オレがやろう。こいつとはパーティーを組んだ仲だったからな」
一人の冒険者がそう言って引き受けた。
「すまない」「ごめんなさい」
「おいおい、お前らが謝る必要はねえぞ。今のはポールの油断だ。倒せる敵にやられやがって……」
ポールの首に布を当ててそれ以上の出血を防ぎ、冒険者が仲間の遺体を神殿に運んでいく。この街の死者はそこで炎に焼かれて埋葬されるのだ。
俺も手伝おうとしたが、リリアンがカウンターから出てきて言った。
「シンさん、アリアさん、あなた方はポーションの準備をお願いできますか。きっと大量に必要になると思います」
「分かりました」
リリアンの話では本格的な襲撃までは、まだ三日程度の猶予はあるだろうということだった。
しかし、他の街から増援を頼むにしても一週間以上はかかってしまうので、この街の冒険者だけ、限られた戦力で戦い続ける必要がある。そのためにも傷薬は重要だ。
言い知れぬ圧迫感の中、俺とアリアはせっせとガラスの材料を集め、一緒に鍛冶屋でポーションの瓶作りに時間を費やした。
ネリーは薬草を鍋で煮て青汁作りだ。
「ふう、たくさんできたわね。でも、蓋はどうするの?」
アリアが聞いてきた。
「大丈夫だ。コルク栓を大量に道具屋に発注してあったからな。在庫はある。大発生が起きる前に頼んでおいて、運が良かった」
俺は言う。
「それって内職目当てよね? 明らかな軍規違反なんだけど……」
「いやいや、装備の充実のための調達だ。金儲けのためじゃないよ」
「ま、そういうことならいいけど。じゃ、運びましょう」
空瓶を宿に持ち込み、道具屋で買ったこれ専用の漏斗も使って薬草を煎じた青汁を注いでいく。
ノックがあった。
「どうぞ」
「よう、邪魔するぜ」
冒険者ギルドで一度見かけたことのある青髪の少年が入ってきた。ただ、彼の名前は知らないし、話したことも無い。なぜここに来たのか俺が戸惑っていると、彼が自分で自己紹介を始めた。
「オレは『疾風』のラドだ! うちのパーティーでリーダーをやらせてもらってる。盾持ち剣士だ」
ラドが手を差し伸べてきたので、握手を交わす。
「俺はシン、剣持ちの狩人だ」
「知ってるよ。アンタ達は有名だからな。素手でギルドマスターとやり合うなんて、正気じゃねえ」
ニヤニヤと笑うラドは、親しげに俺の肩を拳でつついてきた。
「それで?」
「ああ、これから本格的な襲撃が来るって聞いたんでな。その前に挨拶をと思ってさ。今、この街にいる最高ランクはオレ達Bランクパーティーだけで、Aランクはいないそうだ。で、しきたりだと臨時のクランリーダーは最高ランクの奴が就任するって話だ」
この街の最高司令官はギルドマスターのバルドのはずだが、まぁ現場の中隊長を決めておこうという話だろうな。
「そういうことか。指揮権はそちらに譲って構わない」
俺は迷わずに言う。目立つのは俺達の本意ではないのだ。それに冒険者達の組織もよく把握していない新参者がやるべきことではない。
「いいのか? 数十年に一度の『大発生』となりゃあ、そのクランリーダーは間違いなく街の英雄だ。名も残るし、ひょっとしたら領主様から褒美をもらえるかもしれないんだぞ?」
「構わない。面倒なのは嫌いなんでな」
そういうことにしておく。
「そうか! じゃ、後はオレとアーサーでどっちがやるか決めておく。だが、アイツはちょいと面倒そうだぜ」
ラドの話ぶりでは、もう一つBランクパーティーがいるようだ。
「襲撃前に仲間割れや混乱は勘弁してくれよ?」
俺が釘を刺すと、ラドが笑ってウインクしてきた。
「分かってるって。まあ、その辺は上手くやるさ。アーサーだってそこはわきまえてるはずだ」
「話し合いで決着がつかないなら、ジャンケンにしてね」
アリアが懸念して言う。ジャンケンの指の形は少しこちらと違うのだが、やり方は一緒だ。
「それも後腐れが無くて良いな! よし、それでいくか。邪魔したな!」
ラドはそれで納得したようで、意気揚々と出て行った。
「軽そうな感じの人だったけど、大丈夫かしら?」
「問題無いだろう。基本的にギルドマスターが仕切るはずだ」
「それもそうね」
青汁を瓶に詰め終えた頃、今度はアーサーがやってきた。
「失礼する。こちらの宿に『素手』のシンとアリアがいると聞いてやってきたのだが」
白い全身鎧に身を包んだ金髪の青年が顔を見せたが、俺達のパーティー名って『素手』なのか。
それはなんか嫌だ。
「別に『素手』と名乗ってるわけじゃ無いが、シンは俺だ」
「そうか。私の名はアーサー=フォン=ディオプトリ、『聖剣探し』のリーダーだ。『疾風』のラドの話では、君たちがクランリーダーの権利を放棄すると聞いたが、事実で間違いないか?」
「ああ、事実だ」
「そうか、良かった。『疾風』と話し合った結果、まあ、ジャンケンだったのだが、私がクランリーダーに就任することになった。そういうわけで、今回の協力、よろしく頼む」
「分かった。協力する」
握手を交わすが、いちいち確認を取りに来て挨拶に来たアーサーはしっかりした人物のようだ。
「それと、魔物の襲撃は夜になるかもしれないから、君たちも注意してくれ。ダイアウルフは昼間も動くが、基本が夜行性だからな」
「なるほど、気をつけておく」
アーサーが言うまで気づかなかったが、狼には輝板と呼ばれる目の機構があり、暗闇でも暗視できるように光を反射しやすくなっている。夜行性の証だ。
「ダイアウルフって夜の方が危険だったのね。気づかなかったわ」
「街の中にも入ってくるようになっているし、省エネモードで警戒していた方がいいな」
「ええ」
次話は明日19時投稿予定です。




