第二話 特命任務、拝領す
この艦が敵の攻撃を受けている。
状況ははっきりしているのだが、頭で理解していてもどうも現実感が無い。
これが実戦というものか――。
とはいえ、俺がやっていることはただ、艦内の通路を移動――無重力用の移動グリップを掴んでぶら下がっているだけであり、戦闘らしさを言うのなら、アリアとの訓練の方がよほど血なまぐさかった。
「でも、敵はどうやってここのワープポイントに侵入したのかしら? こんな後方まで来るからには、いくつも経由地点を通ってきているはずだし、防衛基地のまん前に出てきたらすぐに超光速共鳴通信で警報が発令されるはずよ」
アリアが言うが、人類が現在手にしている超光速移動装置はいくつかの種類があるものの、どれも質量の制限が有る。
戦艦艦隊級ともなると定位置にワープ装置をあらかじめ建造しておかなければならず、自由に好き勝手な場所に飛べるという物でもない。しかも、天然の次元特異点でないと機能せず、これは『人工ワームホール型』と呼ばれる。
一方、『ハイパードライブ型』と呼ばれる物は、小型船一隻程度ならば、惑星程度の重力井戸でスイングバイを利用し比較的自由に高次元に移行することができる。ただし、こちらは短距離専用で一度に多数の艦は飛べない。『位置と速度を同時に決定することができない』というハイゼンベルクの不確定性原理によるものだ。一度に次元を通り抜けた後、お互いの艦がぶつかっては危なくて仕方ない。
他にもブラックホールを利用したワープ法もあるが、あまりに危険なため、実験にしか使われない。
すでに宇宙の探索はほとんど終わっており、『ハイパーレーン』と呼ばれるワープポイントを結ぶ経路の地図ができあがり、要衝には防衛基地が設置され『銀河同盟』も『共和連合』もお互いの領土には簡単に入れないようになっていた。
――そう、今までは。
「俺もそこは疑問だったが、君の今の質問でなんとなく分かったよ。彼らは新しいワープポイントを発見したか、まったく異なる移動手段を手に入れたんだ」
「そんな……技術的には銀河同盟が圧倒的に優位のはずよ?」
「優位、ね。エンターテイメント分野では間違いなくこちらが圧勝だろうけど、それ以外ではそんなに差は無いと思うよ。どちらも長距離ワープができて、光学兵器やミサイルなんて代物で撃ち合っている以上はさ」
「エンターテイメントって。あなた、主義者なの?」
アリアが眉をひそめてそう聞いてきた。
ブルータス共和連合は銀河同盟軍とはイデオロギーが違う。
じゃあ、そのイデオロギーが何かと言うと、答えに窮してしまうが、結局は価値観や考え方に過ぎない。
しかし、人類が何千億もいれば、考え方も人それぞれ千差万別で、東西どちらかの二つだけに色分けするのはナンセンスだと俺は思うのだが、戦争をやってるさなかに「俺はお前とは違うから」なんて言ってると、スパイ扱いされかねない。
「いやいや、身も心も銀河同盟のど真ん中だから」
「そう言うところが怪しいわ」
「どう言えと、うわっ!?」「きゃっ!」
突然、通路の先が爆発し、その爆風の影響で俺たちは紙切れのように後ろに吹っ飛ばされた。
たまたま格闘訓練の直後でコンバットスーツを着ていたから助かったが、普通の艦内制服なら今ので死んでいただろう。
「いけない、隔壁が降りた! ここも空気が無くなるわ!」
アリアが通路の先を見て緊迫した声で叫ぶ。
酸素マスクの役目を果たすために、二人ともコンバットスーツが自動で変形し鼻先まで覆っていた。
さらに酸素や気圧が危険な水準まで下がれば、もっと変形してヘルメット型へ変わってくれるが、生憎と俺達は酸素ボンベをセットしていない。それに気づいて後悔したが、ホログラム上の駒を動かす戦闘シミュレーションと実戦ではやはり違うと言うことか。
それでも背中が自動的に膨らんで空気を確保しているから、今のところ呼吸はできる。
ギネスでは二十分以上も呼吸を止めていられる人間がいたが、俺の場合は一分と保たないだろう。
「AI、呼吸はあと何分だ? だいたいの推測でいい」
俺はスーツのAIに確認した。
「運動限界まで七分と推定されます」
抑揚の無い女性の声が応答した。
「それじゃ、それまでになんとかしなくっちゃね」
アリアが何をするかと思ったら、隔壁の手動レバーを左手で握り、さらに右手で隔壁を殴った。
「お、おいアリア、無茶するな。いくらスーツでも、おお?」
無理だろうと思ったが、彼女は十センチ厚の超々ジュラルミン製の隔壁を易々と片手でぶち抜き、開いた穴を力尽くで広げてしまった。
「どう? なかなか力があるでしょ?」
自慢げにニッコリと笑ったアリアはスーツの補助動力があるとは言え、大したものだ。絶対に、この女には喧嘩をふっかけないようにしようっと。
「お見事」
彼女の開けた穴を俺もくぐり、先へ進む。
途中で酸素カートリッジがある格納庫を見つけ、腰の両脇にセットする。
「でも、毎回隔壁をこじ開けてたら、時間がかかりすぎるわ」
新しい隔壁を目の前にして、アリアが愚痴る。
「そうだな……」
どうしたものかと考えていたら、また艦内に揺れ。
「いったい、どうなっているの? こんなに連続でダメージを受けるなんて。まさか、粒子バリア装置まで破壊されたのかしら?」
「それだと俺達はとっくにお陀仏になってると思うぞ?」
対空射撃で迎撃できるミサイルならばともかく、光学兵器のレーザーやビームはバリアを張っていないと防げない。艦が保つわけが無いのだ。
そんな中、目の前に空中ホログラムが強制で展開された。
見覚えのある初老の厳格そうな人物がそこに現れたので、俺とアリアは緊張した。
「か、艦長!」
だが、こめかみから出血している艦長は、酷く顔色が悪い。
「シン=クラド准尉、アリア=ハーランド准尉、そのまま聞け。たった今、敵の攻撃方法が分かった。いや、ワープ地点のことではなく、本艦への攻撃手段だがな」
「それは?」
本来なら直接会話することもない雲の上の上官だ。少しアリアらしくない聞き方だったが、今はそんなことも言っていられない非常時である。艦長も言葉遣いなどに怒ったりはしなかった。
「敵は何らかの方法でこちらのバリアを無効化している。新型兵器、敵の新型魚雷だ」
「そんな……」
技術のブレイクスルーは戦況を一変させる。いや、個々の戦闘だけでなく、戦争そのものを決定づけてしまう。それは前宇宙時代の地球史で言えば織田信長の鉄砲や、グデーリアンの戦車、第三次世界大戦の拡散パルスレーザーなどである。
「従って、この情報を本星司令部へ一刻も早く伝えねばならん。しかし、共鳴通信アンテナの故障と、敵の強力なジャミングによって、今現在あらゆるチャンネルの遠距離通信が封鎖され死んでいる」
通信ができない?
「よって、有人での移動報告が最終手段であると私は判断した。お前達二人には、この軍事機密を自分の足で本星司令部まで届けてもらいたい」
まさか、古来の紙で作られた『手紙』のように人間が情報を運ぶ日が再び来ようとは――。
「これは本艦の最優先重要任務、特命である!」
「「 りょ、了解です! 」」
弾かれたように二人で気をつけの姿勢を取り、敬礼する。
艦長直々に最高任務を命じられるとは、この上なく栄誉なことだ。ただ、ちょっと荷が重い。
「言うまでも無いがこの命令は他のすべての命令や規則に優先する。では二人とも、脱出艇ですぐにこの場から離れろ。その後は敵の予測をかいくぐるため、自動航行での操縦を禁止する。必ず手動でルートを決めろ。これより本艦は垂直加速を行い、お前達が走って移動するのに楽な重力を作る。300秒後に、D区画付近のバリアを停止、一部開放する。その間に脱出せよ」
「「 分かりました 」」
「何をしている、走れ! 時間は無いぞ」
「「 は、はいっ! 」」
「頼んだぞ……」
ホログラムで脱出艇までのマップとルートが示され、俺とアリアはそちらに向かって移動する。すぐに艦が上昇を始め、加速度により自然な重力が復活した。
走る。
戦闘服の人工筋肉が力強く床を蹴り、自分の体重と筋力を超えた振動が心臓の脈動のように規則的に廊下に響き渡っている。艦長は隔壁も強制で解除してくれたようで、立ち塞がる物は何も無い。俺達二人は、薄まる空気の中、風を切って脱出路を急いだ。
「ここだ!」
脱出艇のハッチを示すマーク。
デカデカと印刷された扉を見つけた俺は、横のスイッチを拳で力一杯叩く。
もしスーツの破壊抑制機能が無ければ、スイッチごと壊していたことだろう。
ただこれで、ハッチの向こうががらんどうでなければいいが。
俺とアリアは、左右に開くハッチの向こうを祈る思いで、じっと見つめた。