第十八話 察知
(視点が別人に変わります)
銀河宇宙同盟主星ファジス。
宇宙軍にとっては本星司令部がある最重要拠点で有り、事実上の銀河同盟の中心点である。
かつては太陽系第三惑星が中心であったが、環境破壊と気候変動により放棄された。
そのエリート中のエリートが集中する本星司令部参謀本部――
クランク=ラザフォード中佐は執務室で報告を聞きながら別件の資料に目を通していた。ここでは同時に三つ以上のことができなければ、無能と判断されすぐに配置転換されてしまう。それでなくとも次から次へと電子報告書が上がってくるため、嫌でも身につく技能であった。
その手が止まる。
「待て、消えた、だと?」
「はい」
彼の副官であるミーシャ=オクテット中尉が最低限の返事をする。参謀本部で評価されるのはその頭脳だけであり、ここまで美貌に優れた女性がいること自体、異例であったが、彼女は同期の中では実務においてもトップクラスであった。
「どういうことだ」
ラザフォード中佐はいらだたしげに説明を求めた。
「分かりません。ただ、駆逐艦ブルーハウンドはM87星雲のエールダリア地域にて七月十九日を最後に通信が途絶。目的の演習地にも現れませんでした。付近の基地にも問い合わせましたが、停泊していないとのことです」
「事故か? いや、答えなくていい。それならすぐに通信が入るはずだ。通信の間もなく爆散したか? エールダリアの観測状況はどうなっている?」
「何も観測しておりません。ただ、ポイントBZ-5383Aの無人観測機が故障しているようで応答が無いと」
「すぐに調査隊を編制してそこに派遣しろ。近くにいるのは……巡洋艦バーレイコーンを当てる」
「了解しました。指令書を送信します。送信しました」
「よし。……今度は何だ?」
空中立体ホログラムが通信の着信を報せてきたが、ラザフォード中佐が許可する前に強制展開を始めた。上官あるいは上部組織からの緊急通信は着信拒否できない仕組みだ。
そこに軍服では無くスーツ姿の男が現れた。
「首相!」
ラザフォード中佐がすぐさま立ち上がり、敬礼する。
「ああいや、そのままで結構。座ってくれたまえ」
「は……」
ファジス政府首相は銀河宇宙同盟軍を統括する首脳の一人であり、軍の最高司令官でもある。ただ、総司令官を飛び越して現場に連絡してくるなど異例中の異例だ。これは随分と厄介事を押しつけられそうではないか。きりりと胃が痛むラザフォード中佐であった。
「実は私の友人のハンス――ハンス=ハーランド中将の娘さんが行方不明と聞いてね。何か情報が入っていないかと思って問い合わせたのだが……」
オクテット中尉が無言でタブレットをこちらに見せたが、アリア=ハーランド准尉が駆逐艦ブルーハウンドの乗組員リストに載っているのが分かった。それでか。ハーランド家はワープ装置の創業者一族であり、与党に巨額の献金をしていたはずだ。重要人物だな。
「は、現在は何も。ただ、付近の宙域において無人観測機が故障しております。その調査隊を派遣するよう、たった今指示を出したところです」
「結構。事故かね?」
「今のところはなんとも。ただ、その可能性が高いと考えられます」
「彼女の安否は? 正直なところを聞かせて欲しい」
「は……通信も入れられない状況となると、かなり絶望的かと」
「ふうむ……時にラザフォード君」
「は」
「君は出世に興味があるかね?」
いきなり何を聞いてくるのだ、こいつは。
ラザフォード中佐はめまいがするのを感じたが、この質問にはイエスともノーとも答えてはいけないのだけは分かっている。
「銀河宇宙同盟軍の一兵士として、日々の任務に邁進することこそ、出世の近道ではないかと愚考致します」
「実につまらない答えだね。だが、その慎重さは買おうじゃないか。万が一、君が軍を追い出されることになっても、私の派閥の選挙区から出馬できるように取り計らうことを約束しよう。もちろん、私も応援演説に駆けつける。政治家が嫌なら秘書でも関連企業の役員でも構わない」
「はあ、私にいったい何をご期待でしょう」
「この回線は特秘回線を使用している。記録は一切残らない。その部屋に誰か他にいるかね?」
「私の副官がおりますが」
「信用できる人間か?」
「もちろんです」
「なら、その副官に部屋の鍵をかけるように言いたまえ」
「は」
目配せすると、オクテット中尉が部屋の壁パネルを操作して電子錠をかけた。
「どうぞ」
「うん。銀河宇宙同盟軍創設以来、脱走や行方不明は数多くいるが、艦ごと消えたというのは三度しかない。戦争を除いてね。そのうちの一つはホッグズヘッド事件だ」
「んん?」
記憶に無い。オクテット中尉を見たが、検索した彼女も何も出てこなかったようで首を横に振った。
「まあ、銀河同盟にとってゆゆしき不祥事だったからね、当時は報道規制され公式記録には残っておらんし、君が知らないのも無理は無い。巡洋艦ホッグズヘッドは艦長を初めとしたブリッジ要員の多くがカルト宗教に染まってしまってね。銀河同盟会議場を攻撃しようとして撃沈された」
「そんなことが……」
ラザフォードはそこで首相がなぜ秘匿回線を用いてそんな話をしたかに思い至った。
「ま、まさか駆逐艦ブルーハウンドも、反乱を企んでいると?!」
「慌てないでくれたまえ、ラザフォード君。まだそうと決まったわけでは無い。その可能性も我々は考えておかねばならんと言うことだ。だが、そうであったとしても我々は内密に処理したい。幹部の責任は免れんが、その……なんだ、私の言わんとすることは、君ならば想像がつくのではないかね?」
「は、事件と無関係な士官と兵士の名誉は当然、守られるべきかと」
特にアリア=ハーランド准尉は無罪放免にしたい。それが上層部の望みだろう。
「よろしい。今回の調査は君に一任しよう。機密情報への最高アクセス権限を与え、関係省庁も君に協力するよう課長級以上に指示を出しておく。軍の上層部も含めて、反乱やおかしな動きが無いか、同時に調査したまえ。重要拠点の警備については、別の人間に任せてあるから君は心配しなくていい」
「了解であります」
「それから調査に専念できるよう、一時的に君は閑職に配置換えだ。処分の理由は公式記録には残さないから安心したまえ。給料もそのままだ。同僚への言い訳は、そうだな、部下に対するセクハラ疑惑とでもしておきたまえ」
「は……ご配慮感謝します」
どうやら大仕事になりそうだ。
次話は明日朝10時に投稿予定です。




