第十七話 誘惑の夜
ギルドマスターによる昇格試験。
A評価をもらえなかったのは微妙に心残りだが、別に俺は冒険者を極めようと思って試験を受けたわけでは無い。
必要な資金を得てやっていくための成り行きだ。
「おい、見ろ、盾がへこんでるぞ」
「蹴りで鉄の盾をへこませられるのか?」
「なんて野郎だ……」
ざわめきが止まらない冒険者の野次馬達だが、ちょっとやりすぎたかもな。
今後のためにも、あまり目立っても良くない。
「シン、大丈夫?」
「ああ、平気だ」
診断モードを実施したが、骨折などは無かった。
「そ。じゃ、後は私に任せて。仇は取ってあげるから」
「仇?」
アリアが何を言っているのかちょっと分からないが、あれかな、俺が殴られたからやり返してやろうと。いや、そんなに俺に個人的な愛情があるようにも見えないし。むしろあれだ、銀河同盟軍兵士がランクCしか取れなかったのが許せないと、そんな感じなのだろう。まったく。
「AI、フルモードで行くわよ!」
やはり、あの女、マジだ。
アリアは素早い蹴りを連発していたが、ギルドマスターの守りは堅く、盾をぶち抜くには至らなかった。
「よし、お前はBだ。もういいぞ」
「まだまだ! S評価をもらうまではやめないわよ」
「馬鹿を言うんじゃねえ! S評価は高難度の依頼を何度も達成して初めてもらえるんだ。ここじゃ出せないぞ」
「なんだ、そうなの。残念」
「じゃ、ダイアウルフの魔石を査定してもらえ。おめえらも、それで文句ねえな?」
「「「 押忍 」」」
金貨を二枚と銀貨を二枚受け取った。
「じゃ、まずは服を買いに行きましょうか」
「そうだな」
俺は適当に選べば良いと思っていたのだが、アリアが「こっちの方がいいわ」とあれこれ選び出し、服を選ぶだけで三時間も経過してしまった。
スーツの時計を見て俺はげんなりする。なぜ女の買い物はこうも長いのか。
「おまたせ。じゃ、次は、トマスの店に行きましょう」
「トマス? 何の店だ?」
「忘れたの? あの奴隷商人よ」
「ああ……それはいいが、あそこに奴隷がたくさんいたら、全部買って解放するつもりなのか?」
「いけない?」
「いやあ、いけないってことはないが、今夜の宿代くらいは取っておいて欲しいかなと」
「じゃあ、先に宿を選びましょうか。それならいいでしょ?」
「ああ」
俺は安宿で良いと主張したが、アリアがどうしてもとお願いしてくるので貴族や大商人が利用する感じの高級宿になってしまった。一泊一人百ゴールドで、一日三百ゴールド。安宿なら一泊一人十ゴールドと十倍の差だ。
「あれだな、結婚ってのはお互いの経済観念も大事だな」
「な、何よ、いいじゃない、これくらい。私は今日こそシャワーを浴びたいんだから」
「分かった分かった。しかし、宇宙船にあるようなシャワーがここにあるとは思えないぞ」
「いい。その時はその時だし、私のささやかな夢を壊さないで」
トマスの店はすぐに見つからず、探すのに苦労したが、アリアが聞き込みして、ようやく裏通りにあると分かった。まあ、奴隷を売るような店というのはこの世界においても、少し後ろ暗いのだろう。
「おお、お二人とも。これはこれは。もしかして、お金が入りましたかな?」
「ええ。商品を見せてもらって良いかしら」
「もちろんでございますとも」
檻の中に動物のように押し込まれていたら嫌だなあと思ったが、そこまででは無く、殺風景な部屋に何人かでまとめて入れられていた。ベッドは無いようだが、毛布はあった。
「全員で、いくら?」
「そうですな、一人一万から三万というところですので、今は二十万程度でしょうか」
「うーん、高いわね……」
「三割までは値引き致しますよ」
「じゃあ、この二万ゴールドで買える人をお願い。それ以上はまたにするわ」
「ありがとうございます」
今日、馬車で会った猫耳女性のうち二人を解放できた。
彼女たちからは泣きながらお礼を言われた。
ネリーは帰る家も無いとのことで、まだ子供だし、もうしばらく俺達が面倒をみることにする。
日が暮れてきたので、宿で紹介してもらった酒場で食事を取ることにした。
「アリア、あの店の奴隷、全部、買うつもりなのか?」
「ええ、そうよ。また稼げば良いのよ、狼を狩って」
「まあ、そうだが」
「でも、ギルドはなんであんな高値で魔石を集めてるのかしら?」
「魔道具のエネルギー源になってるみたいだぞ。ここの照明器具もおそらく魔道具だ」
俺は上を見て言う。
ここは食堂兼酒場という感じの店だ。
高級宿の店員に紹介してもらった場所なので、高級な酒場のはずだ。
「ええ? そういえば、電気は使ってないみたいね、ここ」
「ま、気になるなら後は自分で調べてくれ。俺は今日は疲れた。へとへとだ」
「ギルドの昇格試験がそんなにキツかったの?」
「いやいや、アレも確かにきたが、それ以上に買い物に疲れた」
「ええ? 楽しかったのに」
「お前はな。俺は楽しくなかった」
「そう。そういえばお父様もお兄様も、買い物に誘うと、今のあなたみたいにぐったりするのよね」
「だろうな」
「お待たせしました、暴れ鳥の南国風ハーブ仕立てです」
「ああ、きたきた。じゃ、食べましょ。んー、良い匂い」
確かに、食欲のそそる匂いだ。
食べてみると良い味付けになっている。
「旨いな」
「うん、これは美味しい。どうしたの、ネリー、鶏肉は嫌いだった?」
見ると、ネリーは料理に手を付けていない。
「いえ、奴隷の私が、こんな高級な料理なんて……」
「いいのよ。気にせず食べなさい。これは命令」
「は、はい。では、失礼していただきます……ん! んー!」
目を見開いて、手が止まらなくなった様子のネリーに俺とアリアはニッコリ笑い合う。
やはり、みんなが美味しい物を食べられるのが一番だな。
「お待たせしました。キノコのクリームスープとワインです」
「ありがとう。それはいいけど、お酒は要らないんだけど」
「ああ、そうでしたか。でも、もう栓を抜いてしまったので、どうしましょうか……」
店員が困った様子だったので俺が飲むことにする。
「じゃあ、俺だけ飲むよ」
「ええ? まあいいけど」
飲んでみたが、上等な酒場だからか、ワインが旨い。
「これは思ったより飲みやすいな。甘いブドウジュースみたいな感じだ」
「ええ? ちょっと一口、もらっていい?」
「いいぞ」
木のジョッキを受け取ったアリアは、そのまま口を付けようとして、間接キスを気にしたのか、くるっと反対に手を持ち替えて飲んだ。
「あ、ホントだ。美味しい! うーん……すみませーん! ジョッキ下さい」
「飲むのか……」
「ダメ?」
「いや、酔っ払わない程度なら別に良いぞ」
「ありがと」
彼女が飲み過ぎるようなら俺が注意すれば良いか。
すると酒場の中が騒がしくなり、踊り子が入ってきたようだった。しかも、おへそは丸見えの格好で露出度は限界ギリギリである。
「ええ? ここ、そういう店だったの?」
アリアが不快そうな顔をするが、出ようとまでは言わなかった。
楽器を持った吟遊詩人が二人、情熱的な音楽を奏で始めると踊り子がその音に合わせてこれまた腰を振り振り、情熱的に踊り出す。
なかなかの美少女だったので、ついつい俺も見入ってしまい、アリアが酔っ払っているのに気づくのが遅れてしまった。
「ねえ、シン、あんなのがいいの?」
「あんなのって、いや、別に、そうじゃないが」
「だって、じっと見つめてるじゃない、イヤらしい」
「そう言うなよ、彼女だって仕事でやってるんだし」
「仕事なら脱いでもいいの?」
「そうじゃないが、お前、酔ってるだろ」
「酔ってない」
「それ以上は止めとけよ」
「分かったわよ。でも、この感じなら、私達も冒険者としてここで稼いで暮らしていけそうね」
「んん? そうだな」
少し、ここでの暮らしを考えてみる。
狼を狩って、その金であの綺麗な踊り子を買い、二人で暮らすのもいいか。
どうせ、宇宙船なんてこの星には無いだろうしな。
それなら、任務放棄にはならないのではないか。
罰則にしたって、ここにはあのおっかない大尉殿もいないのだ。
俺達がいくら戻りたいと願って、どれだけそのために頑張ろうと、本当にどうしようもないのだ。
だったら――
「ねえ、シン。私達二人、この星で暮らしてみる?」
アリアが真面目な表情でそう言った。




