第十一話 郷には入れば郷に従え
その夜、ファラド村では村を挙げての宴会が行われた。
ルクスが無事に戻って来たことと、森の主を仕留めた祝いだそうだ。
村長はずっと渋い顔をしていたが、お礼は言ってくれた。
「さあさあ、遠慮せずにどうぞ」
「はあ、どうも」
嫌な予感はしたのだが、やはり。
目の前にはずらりとイノシシ肉が皿に盛り付けられている。しかも主賓とあってか、俺とアリアの前だけ山盛りだ。
牛肉と豚肉なら、俺達でも食べられるんだけどなあ。
品種改良されていない獣肉は癖が強くてとても食えないと言う話を聞いたことがあった。
匂いもけっこう、キツい物がある。
「私、もうお腹がいっぱいで……」
アリアもしきりに遠慮しては顔を引きつらせている。
「そんな細い体じゃ、元気な子も産めないよ、さあ食べた食べた」
村人の女衆も結構しつこい。しかも倫理委員会がNGを出しそうなことをバンバン言う。
きっとこの映像記録が報告書として上官に提出されるときにはピー音が入りまくって何やらいかがわしいドキュメンタリーになっていそうだが、俺とアリアには一片の責任も無い。
「野菜とパンが、うめぇ」
何も食べないのでは村人達も気を悪くするだろうから、食える物を食う。
野菜炒めはまあまあの味だが、パンはかなり固い。
「ささ、クラドさん、一杯、どうぞ」
ブライが革袋から注いだ酒を勧めてくる。
「いえ、僕らはまだ未成年なので……」
「ええ? 十五になってないんですか?」
「いえ、年齢は十七歳なんですが……」
「じゃあ、立派な大人ですよ」
こちらでは成人年齢は十五歳かららしい。
まあ、合法ならいいかな?
「じゃあ、一杯だけ」
アリアを見たが、仕方ないわねと言う顔をしていた。黙認してくれるようだ。
木のジョッキを傾けて口を付けてみると、表面に泡のような物が着いていて、ウッ!と来てしまう。
しかし、ここで吐き出したらご馳走してくれた村人達に失礼だからな。
外交官ではないのだが、銀河同盟のイメージが下がるのもよくないだろうし、我慢だ。
ゴクッと一口飲み込む。
「あれっ? 旨い」
フルーツの炭酸ジュースのような味だ。甘みはそれほどでもないが、いける。
「良かった。まあ、村で造った安酒ですが、これでよければいくらでも飲んで下さい」
「ええ、いただきます。ハーランド、飲んでみろよ」
「そう? あ、ホントだ……美味しい」
アリアも飲めるようで、これなら問題無い。
肉の方はやはり癖が強くてほとんど手を付けなかったが、和気藹々とした雰囲気で宴会は無事終了した。
銀河同盟とファラド村のファーストコンタクトは上々と言って良いだろう。
俺達が最初に出くわした腰布と混棒の知的生物は『小鬼』と呼ばれているそうで、俺とアリアは『ゴブリン』という訳語を当てることにした。彼らは人間とは敵対していて、話し合いには応じないそうだ。
それを聞いてほっとした。
だが、問題はその後に起きた。
「もう、どうするのよ……」
「いや、文句があるなら、君が村人に言ってくればいいだろ」
村長が寝床を用意してあると言って、村人が空き家に案内してくれたのだが、どうも俺とアリアは夫婦か恋人と認識されてしまったらしい。この家には部屋が一つしかないし、寝床は藁の上にシーツを敷いただけのもので、これまた一つしかない。
独身の男女が一つ屋根の下だ。非常にまずい。
「もう夜も遅いし、村長さんも先に休ませてもらうと言っていたから、きっと寝てるわ。ここに案内してくれた人も、どの家の人か分からないし」
それは、適当に近くの家を訪ねて誰かに言えばなんとかしてくれると思うのだが、少し酔っ払っている俺としてはもう歩き回りたくない。
「分かった分かった、なら、俺はテントで寝ることにするよ」
いったん村の外に出なければいけないが、すぐ近くだ。
「ごめんね?」
「いや。さてと」
「ああ、待って。少し、明日のことや今後について話し合いましょう」
「ええ? 今?」
「そんなに長々とやるつもりは無いわ。それに、ちょっと今……心細くて。少しだけ、一緒にいてくれる?」
「えっ、ああ、それは構わないが」
「ありがとう。あなたがいてくれて助かったわ。私一人だけだと、きっとくじけてたと思う」
「そんなことはないだろう」
士官学校ではリーダーシップを発揮して皆に指示を出していたほどのアリアだ。彼女らしくもないことを言う。
「いいえ、あの森の主と戦ったとき、本当に怖かったもの。私、震えていたけど、気づかなかった?」
「いや、気づかなかったな。それどころじゃ無かったし」
「でも、あなたは勇敢だったわね……こっちに来て、座ったら? 床の上よりは柔らかいわよ?」
「んん? じゃあ、お言葉に甘えるとするか」
隣に座る。するとアリアがしなだれかかってきた。
腕に柔らかな膨らみが当たり、俺は混乱する。
「ア、アリア……さん?」
何してるんですか?!
「ごめんなさい、話をすると言ったけど、なんだか眠くなってきちゃった。ふあ……」
「そ、そうか、じゃあ、もう寝るといい」
「あん、待って、クラド。私を一人にしないでってば」
「お前、やっぱり酔っ払ってるだろう!」
「やーねー。酔ってないわよぉ」
いや、絶対に酔ってる。宴会の時、アリアはあれからガブガブ飲んで、お代わりしまくっていたから、俺は大丈夫かと心配していたのだが、本人が酔っていないと言い張るから、今まで気づかなかった。ふらつかなかったのも、きっとコンバットスーツの補助のせいだ。ろれつもなんか怪しい。
スーツのスイッチが入っているかどうか確かめるため、彼女の左腕のパネルを見ようと腕を引っ張る。
「きゃっ、もう、クラドったら、大胆なんだから……」
「違う! いいから左腕を見せろ」
「もう、何よ……先にキスじゃないと嫌よ」
「何の話をしてるんだ! 何の! ああもう!」
このまま押し倒したくなってきたが、後で恐ろしいことになるのがありありと予想できたので、しなだれかかってくるアリアを押し返し、左腕だけを見る。
「やっぱり、フルモードじゃねえか。省エネに切り替えておくぞ」
「はぁい。好きにして」
ま、イノシシとの戦闘は、彼女にとっては充分すぎる恐怖だったに違いない。
俺だって怖かったから、しばらくスーツの戦闘モードを解除していなかった。
それから彼女を藁ベッドの上に寝かせてやり、天井からつるされている照明器具のスイッチを探す。
「んん? おお、消えた」
待て、この照明、どうなってるんだ?
電池で動いているのだろうか?
疑問に思った俺はもう一度スイッチを入れてみる。一瞬で点灯した。炎ではないな。
電線コードも無い。つるしているのはタダの縄だ。
腰のベルトに引っかけている測定器を引っ張り出して確認。
「微弱な電気エネルギーと、もう一種類、未知のエネルギーが観測されました」
「未知ってなんだよ……」
「不明です。ただ、この照明のコアには、『魔石』と呼ばれる物と同じ物質が使われています」
「なるほど、魔石を使ってどうにかして明かりにしてるのか。光るのかな?」
俺はポケットから取り出してイノシシの魔石をしげしげと見つめる。
「ま、それは明日で良いか。お休み、アリア」
家を出てから彼女を下の名前で呼んでしまったことに気づいたが、今更だ。
「なんだかなぁ……」
夜空の星を見上げるが、やけに綺麗だった。
次話は本日19時に投稿予定です。




