第十話 隊長! 魔法を目撃しました!
このような田舎の村だ。
まともな医者もおらず、呪術に頼る原始的な風習なのだろう。
「いえ、もうルクスさんは完璧に治療しましたから」
アリアも呪術師におかしな事をされてはかなわないと思ったようで老婆の前に立ち塞がる。
「まあまあ、アリアさん、診てもらいましょう」
「ええ? でも」
「大丈夫ですから」
父親は老婆の信奉者なのか、アリアを力尽くでどけてしまった。
アリアも踏ん張ればスーツもあるのだし余裕だったはずだが、ここで力比べをしても仕方ないと思ったか、あっさりと引いてしまった。
「心配しなくても、おかしな事はしないさね。よっこらせっと」
老婆がルクスの隣に座り、ルクスを覗き込む。
「やられたのは足だけかい?」
「はい、ババ様、背中も打ちましたけど、そっちは大したことは無いです」
ルクスが自分で受け答えしたが、意識もはっきりしている。
足の骨折だけ治療してしまったが、背中も打撲があるなら、最初に測定器を使うか、容態を本人に確認すべきだったな。少し反省だ。
「そうかい、それだけ喋られるなら大丈夫だね。ほう、珍しい治療法だが、あんた方はどこから来たんだい?」
「それは……」
俺もアリアも答えに困る。
「ふむ、お前さん達は珍しい気をしておる。そんな人間を前に一度だけ見た事があるが、アンタ達も随分と遠くから来たようだね」
まあ、この灰色の戦闘服を見れば近場の人間だとは思わないよな。
服は早めに着替えた方がいいだろう。ここでは目立ちすぎる。
「まあ、詮索するつもりは無いよ。ルクスの恩人だからね。痛むだろう。この薬を飲むとええ」
「ちょっと見せてもらいますね」
老婆が取り出した薬を、アリアがサッと取って俺に手渡した。
俺は簡易測定器でその葉っぱに包まれていた白い粉を分析する。
「問題無い。植物由来の成分だな。鎮痛効果のあるアセチルサリチル酸が含まれている」
「柳の木の皮を煮詰めたものさね。気が済んだかい?」
「すみません。ただ、今は私たちが飲ませた薬があるので、これはまた後で」
「ああ、それならいいよ」
薬をルクスに渡しておく。
「では後は祈っておこうかね。――いと優しきルーリーの女神よ、万能の精霊エアを遣わし、この者にご慈悲を賜らんことを、ヒール!」
老婆が右手をルクスにかざして、祈りを捧げ始める。
すると、ルクスの体がほんのりと白く輝き始めた。
「なんだ?」
「これって……」
「さて、足の骨折なら一週間はかかるだろう。また明日、来るよ」
「「 ありがとうございました 」」「ありがとう、ババ様」
俺とアリアは呆気にとられていたが、老婆の治療はこれで終わったようである。
「今のは何ですか?」
「ああ、村で祈祷師をされているモルドさんです」
「いえ、名前じゃ無くて……さっき、ルクス君の体が光りましたよね?」
「ああ、ヒールのことですか。ええ、ババ様はこの村で唯一、回復魔法が使えるので」
「回復魔法……」
にわかには信じられないが、手品にしてもかなり高度な部類だろう。
後で映像ログを解析してみようか。
「おい、ブライ、森の主を仕留めたんなら、肉と魔石を早く取りに行った方がいいんじゃないのか? ダイアウルフに全部食われちまうぞ」
村人の中年男が家に入ってきて言う。
「そうだった! 行きましょう、クラドさん、アリアさん」
「肉ですか、まあいいか。手伝いましょう」
アリアと頷き合い、イノシシの解体を手伝うことにする。
「しかし、この辺りにはあんな化け物がたくさんいるんですか?」
レーザーライフルを構えつつ、バリバリに警戒しながら俺はブライに聞いた。
「まさか。あれは森の主、この辺りでは一番の大物ですよ。普通はあんなに大きくならないはずなんですが、何年も経って他の魔物を食べていると、ああなるとババ様が言っておられました」
「その魔石というのは何ですか?」
「んん? 知らないのですか? じゃあ、取りに行って見てもらいましょう。言葉が違うみたいだが、なぁに、あなた方も見た事はあるはずですよ」
ブライは笑ってそんなことを言うが、どうだろうね。
あんなイノシシ、俺は図鑑でも見たこと無かったし。
「AI、該当する動物は記録にあるか?」
「いいえ、ただし、いくつかの惑星の古代生物には、あれくらいの大きさの物もいます。恐竜です」
「それは知ってるが……」
「突然変異じゃないかしら」
アリアが言うが、自然界において百倍以上の大きさになるものだろうか?
遺伝子のコピーエラーは、そんな都合の良い物より、ガンや病気として表れることが多い。老化現象もその一つだ。
ブルータス共和連合では、その老化現象を遺伝子操作と体内へのナノマシン注入によって『克服した』と豪語しているが、銀河同盟の研究では病気などの不具合も多く、やはり不老不死とはいかないらしい。しかも、一部の特権階級だけが高級ナノマシンの恩恵に預かれるなら、何のための王政廃止なのか疑問だ。
「おおっ! 本当だ」
「まさか、ヌシをやっちまうとはなあ」
「大したもんだ」
村人の男衆が『森の主』の死体を見つけて、改めて感心している。
「じゃ、まずは血抜きからだ。日が暮れる前にとっとと片付けるぞ!」
「「「おう!」」」
さすがにこんな巨体の解体は一日やそこらでは終わらないだろうと思ったのだが、村人が鉈を振るうと、一振りで一メートル以上にわたってざっくりと肉が切れた。
「「 え? 」」
俺もアリアも、目を疑う。
「そんなに肉が軟らかいのかしら……?」
「ちょっと試してみよう」
俺は単分子ブレードナイフを取り出し、高周波を出さない状態でイノシシの体に刺してみる。
切れることは切れるが、力が必要でスーツの補助無しでは難しそうだ。
ましてや、普通の鉄製の鉈でああも切れ味が良いとは考えにくい。
「ちょっと鉈を見せてもらってもいいですか」
「ああ、いいとも」
鉈を借りて測定器にかけたが、タダの鉄だ。多少、密度は高いようだが。
もちろん、単分子構造では無かった。
「どうも」
「おう」
……村人の皆さん、結構、お強いんですのね。
「でも、本当に大きいわね……。このイノシシ」
アリアが改めて、目の前のデカ物を見上げる。
「ああ。おっと、遺伝子を解析しておこう」
「そうね」
簡易測定器をイノシシに向ける。
「イノシシの遺伝子解析が終わりました」
AIが報告するが、このやりとりは翻訳されずに消音されるので、村人達には聞こえていない。
「いくつか不明な配列がありますが、概ね、普通のイノシシです」
「そんな馬鹿な!」「ええ?」
「残念ながらこの測定器だけでは解析しきれません。培養など他の手段が必要で、しかるべき施設にデータを送ることを推奨します」
「……了解」
気になるが、できないものは仕方ないか。
「うっ、私、ちょっと無理」
解体が進んでいくと、先にアリアがギブアップした。
「周囲の警戒は任せて下さい!」
「おう、悪いな、兄ちゃん」
俺もグロは無理なので、森の警戒に当たることにする。
「あったぞ! 魔石だ」
「「「 おお 」」」
村人達が騒ぎ始めたので、そちらを見たが、イノシシの中から何かを慎重にナイフで切り出していた。
「クラドさん、これが魔石ですよ」
「これが?」
ブライが布で拭いて手渡してくれたが、紫の丸い水晶玉だ。大きさは拳程度。半透明だが、中心部に行くにつれて色が濃くなっている。
「綺麗ね……」
アリアが見つめてそんな感想を述べるが、確かに綺麗だな。
「私もこんなのは初めて見ました。普通の魔石とは違いますね。きっと高く売れますよ」
「ええ? じゃあ、受け取れません」
「いえいえ、これは倒したあなた方の物ですから。こちらも受け取れませんよ」
譲り合いになってしまったが、しきたりだからと言われては引き下がるしか無い。
これも測定器にかけてみたが、タダのケイ素の塊だった。ガラス玉だな。残念。
イノシシが飲み込んだのか、それとも真珠貝のように体内で育てたのかははっきりとしないが、村人達の話では、手強い魔物はこのように大きな魔石を体内に持っているという。
「さて、今夜はご馳走だ!」
「「「 おおー! 」」」
……良かったですね!
俺とアリアは非常食があるので要らないですよ。
あとがき
アセチルサリチル酸 …… 商品名『アスピリン』のことです。
日本薬局方で正式名称とされ、一般名となっているようです。




