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アイトワラス  作者: 無名サツカ
決戦
29/30

決戦(12)

「オオオオォォォ!!」

 ソニーは頭上の影に反応し、左腕を突き上げて迎撃するが、その人影は尋常な速さでは無い。

 顔や姿を視認することが出来ない程に速いが、その速さゆえにソニーはその人影が誰か理解した。

 それはあのエルフの男だ。


 落下の速度にリカルドの全速が合わさればまさに神速、迎撃に出たソニーの左腕はまだノロノロと加速したばかり……体を捻ってそれを躱し、捻ったことで軌道がずれたが狙いを首から心臓へと変える。

 ソニーの上に着地したと同時にリカルドの放つ突きが——

 グシャリ——

 鈍い音と共にソニーの胸を刺し、心臓を貫き、背中にかけて真っ直ぐ抜けた。

 刀の鍔まで深く差し込まれ、それでも勢いは止まらずソニーは後ろに倒れ、刀は半ばまで地面に差し込まれた。

「すまない」

 リカルドはソニーの上で跳躍しながら刀を引き抜き、その際にはトドメとばかりに切り裂いた。

「グリッチャーーァァァァ!!」

 ジョルノの叫びと共にソニーの胸と口から血飛沫が上がる。ジョルノがその名を叫びながら横たわるソニーの上半身を抱き上げた。


 ジョルノを襲った人影、ゲラムは地に倒れ、呻き声をあげながら斬られた腕を抑えた。

 ゲラムは森でジョルノに殺される直前、川から聞こえたソニーの叫びに反応したジョルノが目の前のゲラムを忘れて駆け出した事で助かったのだ。

 連れ立った兵士達は半数が殺され、半数が散り散りに逃げた。もはやソニーの捕獲は諦め、ジョルノへの復讐を決意させたのだ。

 それも当然失敗に終わったが。


 リカルドは着地した枝の上でゆっくりと立ち上がりゆっくりと二人を見下ろした。

 リカルドはソニーとジョルノの決着が着くまで見守る予定だった。

 それはソニーとの約束でもあり、何よりどちらかの勝利が確定し、油断し切ったその後に攻撃を仕掛ける。その方が奇襲としては成功率が高いと思ったからだ。

 しかし予定外が起きた。


 ゲラムが二人の戦いを邪魔するのが分かった。

 それはリカルドにとっても余計な行動だった。

 明らかに練度の低い初心者のそれは、周囲への警戒度を多少なりとも引き上げ、ゲラムより早くか、もしくは同時に奇襲しなければならなくなったのだ。

 成功したから良いが、失敗する可能性の高い賭けだった。

「余計な事を……」

 リカルドは多少の葛藤がある。

 ソニーは人を食う化け物で、客観的に見て悪だとしてもリカルド個人に直接的な被害は無く、恨みも無い。

 たとえ最終的に奇襲するにしても、いや、奇襲するからこそ最後くらいは何の邪魔も入らずに思う存分この戦闘狂に戦わせてやりたかった。

「すまない」

 リカルドは誰にも聞こえない声で謝罪し、後悔を帯びた表情で二人を見つめる。


 ソニーの全身の皮膚下をボコボコと無数の虫が這い回るようにうねり、これまでの軌跡を辿るように何度も変化を繰り返した。

 グリズリーになり、美しい女性、あるいは男、あるいは猿、あるいはゲラム、あるいは小太りの青年に、そして最後に10代の痩せ細った少年に変わった。

 その横ではジョルノが叫び泣きながら懸命に声をかけ続けていた。


「あぁ……グリッチャー!!ダメだダメだッ……!!」


 ジョルノは本来の姿となったソニーを抱き上げ、自らの服を脱ぎ、素早く包帯状に破って止血を試みている。

 ソニーの顔や手足は戦闘の生傷も古傷もない綺麗な状態になっていたが、胸の傷は塞がらず、心臓の脈動に合わせて激しく出血し、止血の気配は無い。

「ダメだ!止まらない!!」

 その布と手は早くも血で赤黒く染まり、止血として意味を成しているかわからない。


「お前でも良い!!誰か助けてくれ!!」


 ジョルノは頭上に位置するリカルドの目を真っ直ぐ見て懇願した。それが心臓を貫いた張本人であっても迷わず頼んだ。

 脳裏には燃えかす寸前まで燃えたグリッチャーの骨が映る。

 またあれを繰り返すのかとそればかり考えた。

 ジョルノには一切の余裕が無い。

「本当にすまない……」

 リカルドは歯を食いしばって謝罪した。血の味がするのは返り血か、己の口から染み出したものか判断は付かない。


 ソニーは血を吐きながら死を確信する。

 自身の再生の力は変化に由来する副産物だ、そのため変化の幅が乏しい心臓は当然に再生力も落ちる。心臓に傷を負ったのは初めてだったが、これはわかる……助からない。

 事実、心臓を変化させようとしても、一向に反応しなかった。


 ソニーはジョルノを見上げて残念に思った。

 出来れば真っ向勝負で殺したかった……

 最後の最後に一つのアイデアが頭をよぎる。

 ソニーは口を必死に動かす。


「グリッチャー……どうした……!?」

 ジョルノは血と涙で染まる顔を近づけて何かを聞き取ろうとする。

 ソニーは、近づいたジョルノの首元、その頸動脈に力無く噛み付いた。殺す目的を果たせないそれ、かつてハグレの番犬と呼ばれた三つ首の狼ケルベロスのように、最後の瞬間まで食べてやろうとした。

 ソニーが理解した森の礼儀としての甘噛みであった。

 ソニーは表情に出さず、言葉にも出せずに目で合図した。


 どうだ、俺が万全ならお前を食べれたぞ


 ジョルノは破顔した顔を向けて頷いている。


 ソニーは死を受け入れた。

『うんざり』は無い。歓喜に似た不思議な充足感が体を包む、それは初めて人を食べたあの時のようでありながら少し違う、初めての感情だった。

 この瞬間のために生きていたのかも知れないと感じ、自然と口から発した。

「自由は楽しかった……」

 ソニーは力無く言って目を閉じた。


「すまない……すまない……また守ってやれなかった……」

 ジョルノは事実を目の前にして、嗚咽しながらソニーに謝り続けた。


 いつのまにかダリルに体を預けたソフィアが居た。

 二人は激しい戦闘音とソニーの腕が斬られた時に発した叫びに誘われ、少し前からそこに居た。

 そして状況の一部を理解した。ジョルノの毒が抜けて来ている事、ソニーがリカルドに殺された事。

 そしてソニーとジョルノの歪な親子関係。

 リカルドが二人の隣に着地して指示を出す。

「逃げろ……ジョルノは復讐鬼と化すぞ」

「嫌よ……あいつは私が仕留め損ねたのでしょう」

 やつれて青白い顔をあげて食い下がるソフィアに表情を固くしたリカルドが向き合う。

「ソフィ……多分もう会えない……お別れだ……」

 リカルドの目は充血し、一筋の涙が頬を流れた。

「どういう事?」

「君を裏切ってしまった。嘘をついたんだ……最初から化け物は殺すつもりだった……君とはもう会えない」

「何を——」

 ソフィアが言い終わる前に刀の柄で腹を殴り、意識を消失させた。

 リカルドには耐えられなかった、状況を説明しソフィアに嫌われる事が、最後の別れを嫌悪の目で見られる事が。

「ダリル……君にも嘘を付いていた。すまない……最後のお願いがある、ソフィを逃してくれ……」

「お前はどうする?」

「あいつは俺を決して逃がさない……お別れだ」

「そうか……わかった、任せたぞ……」

 ダリルは腕にある綺麗な断面を必死で抑えるゲラムをチラと見た。

 ジョルノの人生を狂わせた全ての元凶、その余波は多くの人間を巻き込んだ。

 この男を殺すべきはジョルノが最も相応しいに違い無い……ダリルは泉のように溢れ出る殺意を押し込み、ソフィアの肩を掴んだまま引きずってその場を立ち去ろうと踵を返した。

 ダリルがリカルドの希望に応えたのは、尊敬していたジョルノを見ることが辛かった事、そしてリカルドへの後ろめたさからだった。

 ジョルノは決してリカルドを逃がさない。それは自明の理だ。

 ジョルノはまだ悲しみの割合が大きいが、憤怒がそれを上回るのに時間は要さない。顔を見えなくても徐々に強くなる殺気がそれを証明している。

 迷う時間は無い、ここにいればその殺意に全てが巻き込まれる。

 ジョルノを少しでもこの場に留める役が必要だ。毒で弱り、傷だらけでも帝国最強は伊達じゃない、命を賭して時間を稼いでもまだ足りないかも知れない。

 兵士であるダリルにとって命は惜しく無いが、リカルドのソフィアを助けたるという決意と行動に成果を出したかった。

 一刻でも早く森から出なければ……その一心で病み上がりの体に鞭を打った。


 リカルドは二人の背中を見つめた。

 リカルドに迷いは無い。

 別れは済ませた。

 命はここに捨てる。


「全員動くな……動けば先に始末する……」

 ジョルノの冷酷で小さな声は森に響いた。

 リカルド達の想定を超えてジョルノの憤怒が悲しみを凌駕した。

 心のどこかではソニーが息子では無いと感じていたのかもしれない。


 振り向いた先では憤怒が支配する人間の化け物がゲラムを見下ろしていた。


「……辞めてくれ!!」

 ゲラムが懇願する、流れ出た大量の血は水溜りになっていた。端的に言って助からない。

 復讐鬼となったジョルノにそれが見えているかはわからない。

「一つ聞きたい……お前の部下が執事が街に火をつけた時、俺の息子は死んだ……お前は隠蔽したな、それは何故だ?」

「あれは……あの場での執事の判断は最良だった筈だ!敵兵を退けたあの行動は英雄とも言える、それをみすみす大犯罪者として差し出すなど、いくら私でも出来ない!」

 ダリルは無能ゆえに部下を大事にする、その言葉に偽りは無い。

 ジョルノの肩は小刻みにと震え、やがて静かになる。

「そうか、仕方なかったのだな……そうか……ならばお前も仕方ないと諦めろ!!」

 言うと同時にジョルノは剣を横に払い、ゲラムの喉を切り裂いた。

 大きな血管を避けた一閃。もうすでに余分な血液は腕から出ているため、喉からの出血は少ない。

 しかし、喉からはヒューヒューと空気が漏れる音が流れ、声は出ない。

 ゲラムの顔は青ざめ、悪魔を見たかのように這いずる。やがて動けなくなり何も無い虚空を見つめた。

 死を逃れようとした肉体からは魂が離れ、恐怖が体を支配したまま絶命した。


 最後の恐怖と痛みがゲラムの罪に対する罰であるならばあまりにも短すぎる、少なくともジョルノと比べると一瞬だろう。


 ジョルノは次の標的達に目を移した。

 既に涙が乾き、憎しみの炎が宿った目には疲労や毒の影響を感じさせぬ力がある。


 漂う殺気は森の獣達の警戒心を逆立て周囲の鳥達を羽ばたかせるのに充分だった。

もうそろそろ終わります!

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