決戦(11)
リカルドは完全に気配を消し、樹上からジョルノを見ていた。
リカルドはジョルノを観察する。
毒で苦しそうではあるが、徐々に心音と呼吸が落ち着いて来ている。それは毒を分解している事を示していた。
ソフィアの毒を受けている事はその特異な匂いでわかるが、毒を受けてまだ生きていることは驚愕の一言だった。
人間は何かに特化した個体が生まれる事がある。ジョルノは戦闘に特化し過ぎている。
少し前に遠目からソフィアを見たが、やつれておりドライアドの力を使っていた。何度か植物化を見た事あるが、あれほど消耗した姿を見るのは初めてだった。
それ故にソフィアなら気付くはずのリカルドの気配を感じず、ジョルノが生きている事にも気付かなかったのだろう。
リカルドにはあえてジョルノが生きているその事をソフィアに教えなかった、会いもしなかった。
教えれば生真面目なソフィアは死ぬと分かっていてもジョルノと戦うことを選ぶだろう。
それは絶対させない。今のソフィアには危険過ぎる。
動けるまでに毒を分解したジョルノはソフィア達の後を追っていた。
それは向こうの方からやって来た。
植物の質感を持つ4本の腕とその先にある硬く鋭い棘を持つエルフの女、ソフィア、美しいその顔は青白くやつれ、先程と同じ姿していた。
それはソニーだ。
ソニーは数分前にリカルドが見つけたソフィア達を遠目から見て、その姿そのものに変化していたのだ。
後はリカルドがソフィアと別れる前に本当の理由を告げずに受け取っていたソフィアの鞄から服を受け取り、リカルドの説明通りに腕を植物風に作り変えた。
体を巨大化しなかったのは、否、出来なかったのは心臓肥大化の限界で、心臓が付いて行かず、動きが鈍るからだ。
ソフィアに化けたソニーと対峙し、無論ジョルノは不審に思った。目の前のエルフがグリッチャーが化けた姿だと言う可能性は予想していた。
しかし、毒で鈍った五感とずっしりと重く回らない頭では真偽はわからない。
息子の天敵となり得るこのエルフの女をそのまま帰すわけにもいかず、仮にグリッチャーであったとしても毒が完全には抜けてない今の状態では反撃せず攻撃を防ぎ切る自信も無かった。
今までは避けるか防御するか、もしくは小突く程度だったジョルノによる稽古は、ソニーの念願通り、初めて殺し合いとして成立した。
先手はソニーだ。
ソニーの4本の腕は鞭の如くしなり、鋭さを増して攻撃した。
右腕の一本の攻撃をジョルノは姿勢を下げて避ける。しかし、それから数瞬遅れて右腕のもう一本が襲い来る。それからさらに数瞬遅れて左腕の一本、数瞬後にも左腕のもう一本。
ソフィアの腕の攻撃との最大の違いは、その速度だ、ソフィアは巨体かつ関節が無いというこれ以上無い条件からくる鞭の加速はソニーに真似など出来ない。
しかし、それでも手数はソニーの方が上、隙がほとんど無い波状攻撃、それらを全て避けたジョルノは一気に肉薄する。
しかし、それはソニーにとって想定済みだ。
だからもう一本用意していた。
左腕の背中側に生やしていた少し短い腕。
長い腕が鞭ならば、それはグネグネにしなる槍だ、まともな相手ならば、毒で弱った相手など容易く貫ける筈だが、ジョルノは前に出した片足で勢いを完全に殺し、そこから一歩下がって避けた。
しかし、そこは鞭の間合い。
折り返して来る左腕の二本によってもう一歩下がる。右腕の二本がさらに一歩。
ジョルノは5本の腕の攻撃に前進と後退を繰り返した。
それでも徐々に攻撃に慣れ、ゆっくりと両者の距離が近づく。
だがソニーはそうなる事すら度重なるジョルノとの殺し合いですら無いただの八つ当たりから知っていた。
故に罠を張った。
ソニーは両腕合わせて5本の腕に切り込みを入れていた。
ジョルノが充分近づいた頃合いを見て、それをブチブチと縦に分けて右腕4本、左腕6本、倍の数にした腕が左右から襲い来る。
その内一本がジョルノの胸当てに直撃し凹ませて派手に吹き飛ばす。受け身を取りつつも背後の大木に背中をぶつけ、ドンと揺らし、大木からは木の葉が舞い落ち、ジョルノは血を吐いた。
ソニーは確かな手ごたえを感じた。
ここまできちんと直撃したことは初めてだ。胸当ての上からでも、その肋骨を折った事が分かる、幾度とも無く冒険者の骨を折ったあの感触を間違える訳は無い。
ソニーは演技を忘れてニタリと笑う。
ジョルノもすでに理解していた。
戦い方からグリッチャーつまりソニーだと確信していた。
だからこそ、あまり斬りたくなかった。
毒が全身を巡り、怪我もしたジョルノは強引にでも止める……他に手段は無い。
それしか無かった……
ソニーは退がるジョルノを全力で追いながら10の腕を振り回した。
ジョルノはそれを紙一重で防ぎ、ソニーの間合いギリギリの位置から腕の先を少しずつ切り落としていく。
斬られた腕の先からは血が遠心力によって飛び交い、周囲の木々を赤く染める、隻眼のジョルノ、その見える方の目に血がかかるが、瞬き1つせずに赤く染まる視界に適応した。
ソニーは斬られる度に怒号に似た叫びを上げた。
ソニーは確かに怒っていた。うんざりではない。
本人は気付いていないが、ソニーに怒りという感情が芽生えていたのだった。
ソニーは次々と斬られて腕を短くされる中で、前進を続けた。
痛みに耐えながらも。腕を斬られながらも。ここが勝利の分水嶺と理解した上の行動だ。
ここで引けば負ける。殺されるなら良い。そもそも殺し合いはソニーの望むところだ。しかしおそらくそれは無い。負ければまた鬱陶しいジョルノ付きの毎日が待っている。
親とはそう言う物だと知らない、今はまだ理解出来ないソニーに迷いは無い。
腕が槍程度の間合いまで短くになった時、腕の一本がジョルノの脇腹に直撃してその骨を砕いた。
ジョルノは吹き飛ばされながらもナイフを放ち、ソニーの右腕を根元から切り落とし、腕は9本になった。
ソニーは加速してジョルノに走る。
ジョルノは地面を滑りながら立ち上がって瞬時に走り出し、最後のナイフを投げた。残りの武器は剣のみ……
ナイフはソニーの攻撃を掻い潜り右腕を切り落とす。
残りの腕は8本、そこからは早かった。
一本また一本と右腕の全てを失い、残りは左腕の6本となる。
ソニーは左腕を収束させ一本とし、長く、太くした左腕でジョルノの膝辺りに攻撃を仕掛ける。
ジョルノはそれを軽い跳躍で躱すため、膝を曲げる。
ソニーは直前で腕を扇状に広げた。面による平手打ち、空気の抵抗をうけ当然速度も威力も落ちるが、ただの平手打ちの威力を遥かに超えた一撃は加える。
普段のジョルノならそれすら防ぐだろうが、毒と肋骨の骨折で弱り、右腕全てを断ち切って多少なりとも油断した今だからこそ直撃した。
骨折こそ避けたが、度重なる衝撃はジョルノの内臓にダメージを与え確かに弱らせた。
次が最終攻防になる、その予感が二人に電気のように走った。
ジョルノに同じ手は効かない、だからこそ奇手も策も無い最速の一撃で決める。
ソニーが左腕を細長くまとめて大きく振りかぶったままに走る。
ジョルノは迎え撃とうと、重い体を持ち上げ、剣を中心に構えて駆ける——
——それは突然だった。
あまりにも稚拙な斬撃、技術も力も未熟な初心者による鈍い斬撃がジョルノを狙った。ジョルノは一度足を止め、斬撃を繰り出す影の腕ごと斬り払い、蹴飛ばしてソニーに向き直る。
その隻眼にはもう一つの影が見えた。
「グリッチャー!!上だ!!」
ソニーの頭上から迫るは自由落下ではあり得ない速度を持った。流星の如か速さで落ちる人影、それは真っ直ぐ刀を構えてソニーに迫っていた。