決戦(7)
ソニーは鞭のように腕を振り回し、縦横無尽に攻撃を繰り返していた。
その速さたるや、並みのものではない。
ソフィアによる水の魔法が腕の一部にまとわり付き、ある程度動きを抑制しているが、それでも尋常な速度ではない。
筋力の低さを補って余りある俊敏さを持つリカルドや、魔力やコネのない身でも戦闘訓練に明け暮れて小隊長にまで成り上がったダリルだからこそ避けれる攻撃速度だった。
だがそれでも二人は避けるだけで必死なのだ、攻撃に転じようものなら致命傷を負うことは必然だ。
リカルドは接近できず、病み上がりのダリルもまた接近出来ずにいた。
ソフィアは、ソニーの腕が届かない長距離から魔法と弓による援護をしていた。
ソフィアの弓矢はエルフの中でも頭一つ抜けており、弓矢練習用の的に止まったハエすら射抜く。
一定速度で動くのであれば、小さな獣はおろか虫すらも正確に射抜く。
ソフィアは腰の小袋から小さな種を一つまみし、それをドライアドの力で即席の矢を作り出し、ソニーに向かって放った。
しかし、ソニーは弓矢の動きを見て反応し、頭部の急所を避ける。
リカルドとダリルに攻撃など望めない。ソフィアが攻撃を与えなければならない。
次は腹部へと放つ、すると避ける動作をせず、あっけなく矢は突き刺さった。
しかし浅い、あまりに浅い。
ソニーのグリズリーに変化した皮膚により威力を殺され、矢の内蔵への到達を防いでいた。
ソフィアは刺さったときの音でその事に気付いた。グリズリーの皮膚よりふた回り程厚いその皮膚はソフィアの想定外だった。
大きな水球を操ると魔力の消費が早い。魔力が尽きれば水による攻撃の妨害が出来なくなる。そうなれば、二人は更に激しい攻撃を避ける必要がある。
リカルドはまだ平気そうだが、ダリルは苦しそうに息をしている。今にもソニーの腕が直撃して四肢がもげそうだ。
魔法は解除できない。
長期戦は不利だと思っていたが、これほどまでに消耗が早いとは思わなかった。
リカルドも状況は承知し、現状を打破する一手をソフィアに指示した。
「ソフィ!!白の矢だ!!」
「任せて……!」
白の矢とはソフィアの背中にある矢筒に入った矢の色を指す。
矢は一見して全て同じ色だが、木々を良く知るエルフには色や肌触りが全く違って感じるのだ。
矢は全部で6本、白、濃茶、薄茶、紫、赤、黒色に分かれている。
ソフィアの奥の手の一つだ。
ソフィアは腰の小袋から手を抜き。
背中の矢筒に手を伸ばした。触った感触から判断して素早く白の矢を選び取って放つ。
矢はソニーの足元、小石と砂利が敷き詰める河原に突き刺さった。
リカルドはその瞬間に直撃を恐れず、一気に距離を詰める。
ソニーの長い右腕はリカルドの首を両断するコースだった——
それは邪魔が入らなければの話だが……
ソニーは体中を植物のツルで覆われ、右腕を逸らされ、リカルドの足元の地面を抉り、多数の小石を飛ばした。
リカルドが跳ねる小石に直撃し、小さな傷をいくつも作って体制が僅かに崩れながら突進し、刀の間合いに到達した。
リカルドの刀は殺意をはらんでソニーの首に向かうが、崩れた体制による不完全な斬撃と、ソニーの右腕が素早く戻ってそれを犠牲にしたガードの影響からソニーの首には僅かな傷を与えるだけとなった。
だからといって、その中途半端な斬撃はソニーの腕を切り落とすこともできず、三分の一だけ、右腕は繋がったままだった。
ダリルはソニーの攻撃が一時止んで、苦しそうに息を整えた。
リカルドは左腕の追撃と、千切れかけながらも暴れる右腕の攻撃を避けつつ距離を取った。
リカルドは焦らない。まだソフィアの白の矢の力が残っている。
その矢は絞め殺し木と呼ばれるツル植物のその若木を切ってソフィアが作った矢であり、捕縛に向いている。
ソフィアの植物を操る力はその木の生命力と土地の力消費して成長させる。それは元となる植物が大きければ大きいほど、成長の幅も広がるのだ。
根も生やさないただの種から作る即席の矢とは比べものにならないほどの強力な矢だった。
木は根を張り、ソニーの足元の土の養分を奪って自生していた小さな雑草や、苔類を枯らして茶色に染まる。
小石は水分を奪われてひび割れた。
代わりに絞め殺し木がギチギチと音を立てて成長し、ソニーの体全体を締めつけて拘束した。
ソニーは完全に体が覆われる前に四肢を出来る限り伸ばし、四肢に生えた鼻と口で呼吸を確保し、作り上げた目で状況を理解した。
ソニーは極めて冷静だった。
まず内蔵を内側に押し固め、皮膚を限界まで硬く、厚くして、内蔵や頭部を潰されないようにした。
それから切れかかった右腕を治す。
治療に伴う激しい痛みが右腕から全身を駆け巡る。
「ギィエエェェェオオォォォォ!!」
植物と水で口を覆われてもなお強烈な叫びは森中に響いた。
ソフィアはとっさに両手で耳を覆う。
「何これ?苦しんでる?」
ソニーは、それから両腕をさらに細く、長くして絞め殺しの木の隙間から攻撃を続けた。
ソフィアは水で腕を絡めとり二人を援護したが、魔力の消耗も激しい。
リカルドとダリルは皮肉にも絞め殺し木が邪魔で刃が通らず、防戦一方の状況にも耐えられないため攻撃の当たらない距離まで退いた。そこでソフィアは水の魔法を解除した、魔力の残りは半分を切っていた。
ダリルは倒れんばかりの勢いで呼吸し、話すことは出来なかった。
リカルドは深呼吸して息を整える。
「……フゥゥゥ……まさかこんなに苦戦するとは思わなかった……ソフィ、白の矢はあとどれくらい持つ?」
「しっかり根を張ってるから、生命力は充分ある……5分は持つ、と思うけど、ずっとあの勢いで暴れ続けられたらもう少し早いわね、紫の矢とか使う?」
「毒?試してみる価値はあるけど……辞めておこう。匂いで気づいてると思うけど痺れ毒の方だけど、刀に塗っているんだ。もう効いても良い頃だけど、あんなに暴れているところを見ると効果は無さそう」
「そうね、あのジョルノって人間の方にも残しておきたいし……」
ソフィアは頷いた。
「……ところで、リカルド。さっきあいつの首を狙った?」
リカルドは唾を飲み込んだ。
殺意を持ったことがバレたか?
正直に話すか少し迷ったが、嘘をつく事にした。
「……いや。でも体制が崩れてそうなったかも知れない」
「そう……気をつけてね、殺しちゃったら依頼は失敗よ、条件は生きたままなんだから……」
ソフィアは心配そうにリカルドを見つめた。
ソフィアは嘘を見破るのが得意でない。エルフ同士では、冗談やはぐらかす事、黙秘する事はあっても、嘘をつくことはほとんどない。この真剣な場面に置いて嘘を疑う必要が無かったのだ。
ダリルは攻撃を避けるので手一杯でリカルドを見ていなかった、そのため信じるしかなかった。
「……ちょっと……病み上がりにはキツイ相手だな……ジョルノさんが居なくて良かったかもしれない……」
ダリルは息を整えつつ言った。
「ソフィ、ダリル、見てくれ。俺はあいつの腕を切った、骨も絶ったはずだ。しかしあの動きは……やっぱり治ってる?」
「そうね、傷も治せるということね。でもノーリスクじゃないはずよ、絶対それは無い」
「そうだねソフィ、叫んでから動きの鋭さが戻った。あの時傷を治したのだとしたら、あいつにとって傷を治す事は苦痛が伴うんだ。魔法と同じで無から有を作り出すことは簡単じゃないんだ、きっと底はある」
リカルドは相槌を打ち、ダリルが賛同した。
「勝機はあるか……少しずつでも、ダメージを蓄積させる……ハァ……それならリカルド、俺が囮になるから攻撃しろ、今度は粘ってみせる……」
「ありがとう。ソフィの術が解け次第攻撃を再開する、それまで息を整えて準備しよう」
「……少し早まりそうね」
3人は植物のツルが締め付けて拘束されても更に激しく暴れ回るソニーを思い思いに見上げた。
そのとき、その場の誰も気付かなかった。
ダリルはおろか、超人的五感を持つエルフの二人すらも……迫る足音に、微かな金属音に……
ソニーの叫びを聞いたジョルノが凄まじい速度で迫っているのだ。