決戦(6)
ソニーはジョルノが獲った川魚を巣穴で食べながら地面に閉じ込められた時の反省点と、解決策を考えていた。
脳は形を変える事が出来ず、大きさも半分くらいまでしか縮められない。
心臓もしかり、大きくするのも2倍程度にしかならない。
そのため閉じ込められた時点で逃げる事は出来なかった。
ならばやはり捕まる前に対策を取るしか無いのか?
思考を巡らせていると、ジョルノが声をかけた。
「少し離れる、勝手に動くなよ」
ソニーは適当な返事を返した。
返事を返さなければ例のごとくうるさいのだ。
しかし、ジョルノが動くなというのは初めてのことだった。
無論従う気は無いが、少し不思議に思った。
魚を食べ終わり、もう何度目かの二度寝を繰り返した。
ジョルノの五感のうち目と耳はエルフすら圧倒するほど鍛えられていた。
そのためジョルノはソニーが敵の接近に気付く、はるか手前で敵に気付いていた。
いつもならソニーを見守る事にしているが、今回は違った。
相手が余りにも多かった。
ジョルノの耳と感が正しければおそらく100名以上の兵士がいる。
真っ直ぐ走りながらジョルノは呟いた。
「グリッチャーにこの数はまだ早い」
◇
館の主人ゲラムは森の中にいた。
108名の兵士を従え、帝王の命令により化け物であるソニーの捕獲に来ていたのである。
ゲラムは執事殺しの汚名を被り、領土も資金も帝王に奪われて無一文となっていたが、充分な時間があれば以前の10分の1以下の数の兵士を集める事はさして難しくは無かった。
ゲラムは無能だが、それゆえに部下を頼り、気遣い、優しく扱い、十二分にあった資金をばら撒いていた事から人望はあったのだ。
そのため手紙を元部下達に届けた。
「化け物の捕獲成功の後には、元の領土の半分を返すと帝王と約束した。その領土から得た金で以前の倍の給料を約束する。」
との内容だった。
帝王に雇われ直されていた元部下達の大半はゲラムを慕って、少数は給料に釣られて再度ゲラムの部下として雇われたのだ。
——
ゲラム達は巣穴まであと半刻程の時間で着くだろうという頃に最前列の兵士が隻眼で鎧を着た男の姿を認めた。
兵士達は知らなかった、その男が帝国最強の兵士ジョルノだという事を知らなかった。
話で聞いていた全盛期の体に比べてあまりにも痩せていたためか、直にその鋭い眼光を見たことが無かったためか、その鬼のような形相を知らなかったためか。
男はこの軍の先導者に引き返すように伝えて欲しいと願い出たが当然却下された。
そこで兵士を人質にとり、強行手段に出た。
「この軍の先導者を連れてこい」
やっと兵士達は言う事を聞いた。
兵士達を大切にせざるを得ないゲラムはジョルノの前に現れた。
ゲラムは気づかなかった。
元貴族であるゲラムはジョルノと会食する日もあったが、無能であるゲラムは執事に人間関係の全てを任せ、名前も顔も話す話題すら執事の耳打ちに従うだけだったからだ。
当然ジョルノの顔など記憶の片隅にもない。
しかしジョルノは一目で分かった。忘れる訳がなかった。
あのゲラムだ、あの憎っくきゲラム、唯一殺さなければならない相手ゲラム。
「……私を覚えているかゲラム?」
ゲラムは必死に思い出そうとしたが、早々に諦めた。
「誰だ?すまんが、今は忙しい、帝国に帰ったら話しを聞こう、兵士を離してくれないか?」
「断る……時間が惜しい……」
ジョルノは人質の首をはね、返り血がジョルノとゲラムの顔に付着した。
「さぁ、逃げろゲラム……恐怖して、恐怖して、恐怖の中で殺してやる。今からそっちに行くぞ……さぁ行けゲラム!」
ゲラムは殺意に当てられ、悲鳴を出して後列に逃げた。
ジョルノはゲラムだけを一点に見つめ、襲いかかる兵士を斬り捨てながら一歩一歩ペースを変えることなくゲラムに向かって突き進んだ。
◇
リカルド達3人は、化け物が住むという情報のある川に向かうもう一つの集団がある事に気付いた。
地面に真新しい足跡が無数に残っていたのだ。
リカルドはこれに付いて行くと確実に先を越されると読み、回り道だが、駆け足をして先に巣穴に到着する事を提案した。
ソフィアとダリルは出来るだけ、自分達の手で捕獲したいとの考えから賛同した。
リカルドは捕獲される前に殺処分するためだったが、捕獲のためだとまた嘘をついた。
リカルドはまた嘘を重ね、胸を刺されるような気分だったが、グラゾール帝国とエルフィン連合国の戦争を回避するため、何よりもソフィアのため、痛みを受け入れた。
——
リカルド達は川辺の巣穴から飛び出したグリズリーに化けたソニーの奇襲を避け、3対1の格好となっていた。
リカルドとソフィアはその超人的五感からジョルノがいない事に気付いた。
「よし、人間の方の化け物はいないぞ!」
リカルドの言葉にダリルは少し落胆した。
リカルドとソフィアにとっての嬉しい誤算は、ダリルにとっての残念な誤算だった。
かつての憧れの人間ジョルノに目を覚まさせるという目的には目の前でその化け物性、つまり人間を躊躇無く食べる姿を見せる事が一番だと勘違いしていたのだ。
リカルドはレオナルドと会った時に聞いた心臓の鼓動を思い出した。
あの人間と獣をごちゃ混ぜにした心拍音。
こいつが姿を変える化け物である事は間違いない。
リカルドの瞳は無感情に染まって刀を抜いた。
ソフィアが川の方に避けたのは幸運だった。
川の水を操り、人の背丈程の巨大な水球を作り出し、人間の頭部程の水球を何発か打ち出し、ソニーの頭部を覆った。
ソニーは体を変化させ、両前腕に人間の鼻をいくつも作りだし、両腕で呼吸し、体中から目を作った。
「なんておぞましい、まさに化け物だな……」
ダリルが剣を構え身震いして言った。
リカルドは眉ひとつ動かさずに淡々と状況の理解に努めた。
ソフィアは、少し悲しそうな表情を浮かべ、優れた聴覚を持つリカルドにしか聞こえない程の小さな声で言った。
「……おぞましい、ね」
そのあとにごめんねと呟き、巨大な水球を大きな衝撃と共にぶつけた。
ソニーは硬く鋭い爪を地に差し込み、根を生やしたかのように動かない。しかし、そこから先が水の魔法の真骨頂、ソニーの体全体を包み込み、どこに鼻を生やしても呼吸出来ない状態にした。
ソニーは自身の能力をほぼ理解していた。
そしてこの状況も理解した。
こいつらは今まで出会った中で、ジョルノの次に強敵だ、あのケルベロスすら軽く凌駕する。
ソニーは水の中で不気味に笑った。
またやってきてくれたのだ、あのレオナルドという奴のときのような「もったいない」ことはもうしない。
出し惜しみ無しの全力を出す。
ジョルノのようにこちらを狩ろうとしないつまらない相手じゃない、全力の狩りだ、狩るか狩られるかだ、これは楽しい狩りになる。
ソニーは両腕を変化させた。
息が苦しい、早くしなければ。
相手の3人も待っている。
酸欠から視界が狭まり始めたときにそれは完成した。
ソニーの両腕は、自身の身長の数倍もの長く、木の枝のように細い腕を作り出した、その腕は関節が無数に存在し、まるで関節など存在しないかのようにしなる、毛深い腕からはいくつもの鼻が生まれて呼吸をしていた。
その細い腕の先端はわずかに丸みを帯び、グリズリーの鋭い爪と、牙がいくつも生え、殺傷力を高め、まさに鞭のようだった。
ソニーは腕の鼻のいくつかを口に変えてリカルド達に言葉を伝えた。
「さぁ、一緒に遊ぼう」




