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アイトワラス  作者: 無名サツカ
化け物の目覚め
17/30

エルフ(4)

「リカルド!あと8人!相手も気づいた!走ってくる!」

 ソフィアが小袋から種を取り出し、次の矢を作りながら言った。

「会敵するまでにあと3人殺って5人にする!!覚悟決めて!」

 ソフィアは「殺す覚悟」と言わなかったのはリカルドへの優しさから来るものだった。

「わかってる!ソフィはそのあと魔法を使って!!」


 ソフィアは2本目を放ち、盗賊の一人に命中する。

 3本目、4本目を放った後、弓を肩にかけ、自身の持つ水袋とリカルドから渡された水袋を両手に持ち、集中する。


「……水の精霊よ、我が魂に宿る魔力を持って依頼する。…力の一部を貸したまえ…」

 ソフィアは唱え終わると、二つの水袋から水が蛇のように飛び出した。

 空になった水袋を荷馬車に捨てると両手を胸の前にかざすと、水はそこで合わさり、球体となった。


 そこで走って向かってくる盗賊達を目視する。

 数はソフィアの宣言通り残り5人。


 リカルドは刀を抜き、少し落胆した。

 あわよくば、盗賊が逃げてくれると期待していたのだ。


 逃げなかった理由は一つ、盗賊達の中に鬼人がいることだ、おそらくこの盗賊達のリーダーだろう。

 他の盗賊より頭一つ大きく、筋骨隆々で怪力の鬼人は頭に二本の角が生えている。

 殆どの鬼人は強靭で、我が強く、そして仲間の裏切りを許さない。

 それ故に鬼人が戦いの続行を指示したのならば、並みの人間では従う他ないのだ。


 ソフィアは水球を後方に従わせ、弓を構えて鬼人に矢を放つが、片手に持つ長大で幅広の大剣を音を立てて振り抜き、矢を叩き落とした。


 盗賊達は走る馬車を恐れず、正面から槍を構える。

 すると馬は槍の目の前で急に足を止めた。

 御者は手筈通り、動かなくなった瞬間から荷台に入って隠れた。


 相対する両者が一瞬の沈黙の後、息を整えてリカルドが言った。

「こちらには手加減する余裕は無い!戦うのならば殺すことになるぞ!出来ることなら退いてくれ…!!」

 リカルドの本心だ。

 鬼人が返事をする。

「何を言っているんだ?お前達から先に仕掛けたのだろう!!俺はこんななりだが、農民だぞ?盗賊と勘違いしたと言うなら詫びろよ!」

 ソフィアが声を荒げて言った。

「良く言うわよ!そんな格好した農民何ているもんですか!いつもは奇襲を仕掛けるくせに、いざ自分がやられたら言い訳するの!?鬼人もずいぶんと平和ボケしたことを言うようになったのね!」

「なんだと…エルフのクソ娘!殺すぞ!?」

「お前なんかにソフィがやられるものか!お前如きは俺で十分だ!」

「お前はヒョロガリのエルフのくせに剣士をしてるのか?笑わせるな…まずはお前からか?…殺せ!!」

 盗賊の一人が槍を突き出しリカルドに駆け出す、リカルドはそれを後方に受け流して、残心を残す。

 盗賊は振り向くとその腕から槍がポトリと落ちた。

 否、槍が落ちたのでは無く、それを持つ両腕ごと落ちたのだ。

 リカルドの刀に血がへばりつき、その刀が一瞬で切り落とした事を表していた。

 盗賊は悲鳴を上げて血を撒き散らしながら木々の向こうに駆け出した。


 リカルドが鬼人に向き直り声を張った。

「来るな!退け!僕達が優先出来るのは僕達の命だけだぞ!近づけば迷い無く殺す!」

 リカルドの本心とは少し違う。

 優先しているのは第1にソフィアの命、第2に御者の二人、次にリカルド自身、そして最後に盗賊の彼等だ、リカルドは未だに命を奪いたく無かった、きっぱりとは覚悟出来ていなかった。

 そのため、首ではなく、腕を切り落としたのだ。運が良ければ助かるかもしれない。と思ったからだ。


 鬼人の肌が小麦色から赤色に変わる。

「テメェ…コのクソがァ…お前達ハ馬車のエルフを殺セ、魔法ヲ使うゾ、気をつけロ!コイツは俺が殺ス!」

 鬼人は怒ると肌の色と口調が変わるのだ。


 鬼人がリカルドに詰め寄る。

「あのエルフの女ガ殺されるゾ?心配じゃないノカ?」

「心配さ…だから早くお前を倒さなければならない…」

「やってみろヨ、このヒョロガリ野郎!!」

 鬼人が大剣を振り回す。

 リカルドは剣撃を大きく避けていた。

 鬼人の剣撃は技と言えるものではない。ただ力任せに振り回しているだけなのだ。

 しかしそれは確かに充分な威力を持っていた。

 リカルドの刀よりも1歩分だけ広い間合いを持ち、幅広で大質量の大剣が振り回されれば強風が巻き起こる。

 不用意に近づけば体の自由を奪われ、その間に返ってくる大剣により、体を引き千切られることは想像に容易い。

 リカルドは間合いを詰めることが大きなリスクを孕むと瞬時に理解した。


 鬼人はこの常識外れの膂力がある。

 鬼人相手では剣を受ける事、受けられる事はもちろんだが、受け流す事も死に直結すると判断し、リカルドは後方に大きく退いて刀を左腰の鞘に納めた。

 右手は刀、左手は鞘を持ち、右足は大きく前に出して曲げ、左足を後ろに真っ直ぐ伸ばした半身の状態から鞘を後方深くに構えた。


 リカルドの武器は動きの速さ、何よりもその剣速だ。


 リカルドは剣速に尋常ならざるこだわりがある。

 それは当然のことだと言える。

 腕力が無く、本来、剣を振るのに向かないエルフが、「剣を受ける事」又は「受けられる事」そして「鍔迫り合い」はイコール「死」と捉え、「受け流す」こと、「避けること」、そして「受ける前に切る事」を戦術としたのだ。

 剣速を上げるため、研鑽に研鑽を重ね、人間の寿命を超える修行の年数が無駄を一切省いた動きを実現した。

 それは神速の剣を生み出し、達人と言える領域に達していた。


 リカルドはこの剣速に勝機を見出した。


 足は相手の動きに素早く対応できるように力を抜く。

 鉄製の鞘がギリギリと音を立てた。

 右腕は上腕から前腕、手首から指先に至るまで全力で斬りかかろうとしているのを左腕が同じく全力で止めている。

 その矛盾する力のぶつかり合いが、タメを生み出し、解放された時の剣速を更に引き上げる。リカルドが剣術本を自分なりに咀嚼して編み出した剣技…抜刀術と呼ばれるものだ。


「なんの真似ダ!?ヒョロガリ野郎!」

「何の真似だろうねぇ」


 鬼人は、何かを察して、大剣を振り回す事を止め、上段に構えてジリジリと詰め寄った。


 鬼人の広い間合いにリカルドが入った瞬間に大剣を斜めに切り下ろす。

 リカルドは大きく退いて大剣を避け、巻き起こる強風に耐え、強風が通り過ぎたところで鬼人に飛び込んだ。

 鬼人はすでに大剣を切り上げ始めており、リカルドの眼前に迫るが、ガクンと地を舐めるほど姿勢を下げ、懐に潜った。

 切り上げた時に発生した強風が身体を押し上げようとした時に刀を解放した。

 刀を「抜く」ではなく刀を「放つ」感覚。「刀を鞘からの抜く」ではなく、「鞘を刀から抜く」感覚。

 幾度となく練習した通り、初めての実戦でも問題なく使えた。


 神速の抜刀術は確かに鬼人の腹を真横に両断した…


 …はずだった…


 盗賊の両腕を切り落とした時のような肉を断つ手応えが無い。練習の時のような空を切る感覚だけが残る。

 リカルドは強風に吹き飛ばされ、木に全身を打ち付ける。幸い骨折等は無いが、四肢が弾け飛んだのかと思うほどの鈍痛が全身を支配し、指先一つ動かすのにも時間がかかった。


 鬼人は、白目を向いて近付いている。

「……このクソ…ガァ…殺してヤル」

 2歩…3歩……4歩目……


 ……は無く、前のめり倒れ込み、リカルドの足元に転がった。


 すると鬼人の腹に、スッ、と切り込みが入り、やがて血潮を吹き散らして鬼人は上下で二つに分かれた。

 直後リカルドは理解する。刀は「空を切った」のではなく、「鬼人を空のように切った」のだ。


 この無名なれど大業物の刀と神速の剣技が生み出した類稀なる技だ。


 リカルドは故郷の集落で剣の相手が居なかった故に、自身の剣術が通用するか不安だったが、確かな手応えと確信を持った。

 エルフでも剣で戦える。


 さて、ソフィを助けに行かねば、と立ち上がろうとするも、自分の体ではないかのようにうまく動かない。

 目を馬車の方に向けた。



 ソフィアは、魔法で操る水球を背中に浮かせ、荷台の上で矢を放った。

 一人盗賊の心臓に矢が貫通し、絶命させる。

 残る二人の盗賊は左右に展開し、右の盗賊が勢い良く登って来る。

 ソフィアは足場の悪い馬車上では不利

 だと判断し、逆の方向に飛び降りるが、馬車の下では盗賊が下衆な笑みを浮かべて槍を突き出して待ち構えていた。


 槍がソフィアの胸に突き刺ささる直前に、水球が盗賊を吹き飛ばす。

 水球は衝撃で破裂するも、散り散りになった水滴が盗賊の頭部に再集合し、全体を覆った。

 息の出来ない盗賊は槍を捨てて暴れ回る。腕を振って足掻いても、水相手には無駄な事、掴み所など無いのだから…

 ソフィアの命令があるまで水球は離れない。


 着地したソフィアは、大きく前転し、後方から追って来た盗賊の剣を躱す。


 弓は接近戦において致命的に弱い…矢を番える暇はなく、引きも絞りもできない。


 しかし、ソフィアの半分はエルフ。

 エルフにとり弓は体の一部そのもの、どんな体勢からでも、どんな動きをしようとも、両手が自由なら問題無い。

 盗賊の斬撃を踊るように避け、即席の矢を作り、弦に番え、引き絞って、脳天を狙い、放ち、命中し、魂の抜けた肉塊に変える。


 水球に目をやると、溺れ死んで動かない盗賊に未だにまとわりつき、掻きむしった口元から出た血と胃液が混ざっていた。


「これはもう…出来れば飲みたくないね…ありがとう…」

 水球は地に落ち、染み込んだ。

 ソフィアは奪った魂が迷わず転生するように少しの間祈った。


 ソフィアはノッソリと近づくリカルドに肩を貸して荷馬車に乗せ、いくつか木に触れると、御者達に合図して馬車を走らせ、警戒しつつ追従した。



 後方で荷馬車に迫っていた、盗賊達は異変に気付き、道を急ぐが、そこにあるべき道は無い

 。

 ソフィアが触れた木の枝が縦横に縫い合わさり、強固な壁が高く広く出来ていた。

 盗賊達は今日の晩飯を諦めざるを得なかった。

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