エルフ
少し時を遡る
ソニーがケルベロスを倒したその夜。
帝国の西に険しい剣山と呼ばれる山脈がある、更に西には帝国の領土の軽く数倍を超えるエルフィン大森林がある。
その大森林は多種族の部族からなる連合国が存在し、国名を森林の名前そのままにエルフィン連合国という。
その国民はエルフと呼ばれる種族が多数を占める。
耳が長く、長命の種族であるエルフは多産の能力は無いものの、非常に多様な種族との交配でき、子供に受け継ぐ事が出来る種族だ。
そのエルフの多数ある部族の一つ、生垣で囲まれた小規模集落で、初等教育を教える学び舎があった。
その小さな学び舎で小柄で若く美しい白髪の女性のエルフが20人ほどの生徒達に魔法を教えていた。
「魔法は魔力を対価として行使するの。魔力は魂に宿り、エルフの魔法使いの大半は魂と対話して少しずつ魔力を宿していくのだけど…ごく稀に魂に魔力を宿して生まれる人もいるわ」
小さな生徒が質問した。
「先生は生まれたときから魔力があったの?」
「…いいえ、わたしは多くの魔法使いと同じで、魂と対話して魔力を得たの、魔法を使えるようになったのも、つい50年ほど前ね。」
「でも、ソフィア先生は私達と同じくらい小さい頃に植物の種を手の平で成長させたんでしょう?それは魔法とは違うの?」
「それは魔法じゃないわ、それは私が、ハーフエルフだから使える能力よ」
「すごーい!ソフィア先生はなんのハーフなの?」
「そうね…いろんな呼び方があるわ、エルフからはドライアド、シルフからは森の賢人、人間からはバラの悪魔と呼ばれているわ、半分はその血が流れているから触れた植物を成長させたり、操ることが出来るのよ」
「カッコいい!ねぇお願い!植物育てるところ見せて!私、天使のラッパがいいな!可愛くて好きな花なの!」
「ふふ、私も天使のラッパは大好きよ。でもダメよ、この力は万能じゃ無いの、花を咲かせるほど成長させるには土に植えないとだめなのよ、でもそうするとその土の栄養が全部取られちゃって、何年もまともに植物が育たなくなるのよ。だから子供の頃に力使ったときはお父さんにとっても怒られちゃった。魔法だって同じ、魔力か魔道具が必要になる。無から有を作り出すことは簡単じゃない、神様かその化身でないとね。天使のラッパが見たいなら毎日可愛がって育てるのが一番よ、その方がきっとかわいいし、好きになる!だからみんなも、自分の目で、手で、足で、努力で好きなことを一生懸命しなさい…」
「ソフィア先生!私も魔法使いになる!だから先生もっと勉強教えてよ!」
熱心な生徒は立ち上がって言った、生徒の目から涙が流れていた。
ソフィアの長い髪が風でなびく。ソフィアも泣いていた。
「えぇ、できればそうしたいけど、先生は明日の朝森を出て…世界を見て回るの、昔からの夢だからね…でも必ず戻るわ、戻ってみんなに教えてあげる…魔法のこと世界の事、エルフの事、それまでみんな元気にするのよ…」
生徒達は口々にソフィアとの別れを惜しみ、泣きながらも旅を祝福した。
丸い月の光の下、集落の出入り口の門では、右腰に小さな弓矢を携えた金髪で、さっぱりとした顔立ちの整った男性のエルフが左腰から片側に刃があり、刃とは逆の方向に僅かに反っている剣を眺めていた。
「リカルド!待たせてごめんね!」
ソフィアは小さなリュックを背負い、その上から自身の身長よりやや小さい弓矢を斜めにかけていた。ソフィアの目は涙で腫れている。
「ソフィ、お父さんとも別れは終わった?」
「終わったよ、少し寂しくなっちゃった…でもとっても楽しみ!早く森を見たいな!」
「リカルド…その剣、刃が鏡みたいにで、とっても綺麗…」
「やっと手に入れたんだ!剣山から来たドワーフの旅商人が森に来てたんだけど、まさかコレが売ったんだ!すごいだろ?前に言ったことあるよね?これが刀だ!!渡来人から伝わったもので、ドワーフの中でも一流の鍛冶師しか作れない物なんだぜ!」
「そう…でも片方しか刃が無いし、使いにくそう…使い心地は良いの?」
エルフは器用だが腕力のある種族じゃない、リカルドは人間とのハーフエルフで純粋なエルフよりは多少マシだが、やはり腕力の面では多種族と比べて一歩劣る、そのためエルフは鎧や剣を装備せず、比較的軽い弓矢や魔法を使うのが一般的だった。
リカルドのようにエルフの剣士というのは異端なのだ。それは農民を狩人として働かせるかのような非合理的で非常識なものだ。
リカルドはそんな常識に目を瞑り、純粋に剣が好きという気持ちにだけ目を向け、現地言語に翻訳された渡来人の剣術本を師匠として、修行相手のいない集落でただひたすら、狂気とも言える執念のもと鍛錬したのだ。
「最高だよ!手に馴染むんだ!切れ味もすごい!何よりも軽い!今までの剣が嘘みたいに重く感じる!」
「よかったわね…で、いくらだったの?」
リカルドはバツが悪そうに刀を黒く光る鞘に収めた。
「……お金のことはいいだろ」
「ちょっと待ちなさい!そんなに高かったの!?」
「…少し」
「いくら!?」
「顔が怖いよソフィ…金貨1枚くらいかな?」
「嘘よ、そんな大金あなたが持ってるわけない」
「…その…霊薬1個と交換してもらったよ…」
「霊薬と交換…?ちょっと!冗談でしょ!?せっかく霊薬を二つ用意したのに!旅が始まる前から一つになったの?私達2人の物なんだからね!大事な買い物は相談して決めること!わかった!?」
「ごめんよソフィ…でも、その価値はあるよ!絶対!この剣は一生物だよ!」
「しばらくはお小遣い半分ね!」
「…ハイ」
しばらく両者は沈黙し、目を合わせて同時に微笑んだ。その後、名残惜しむように集落を眺めた。
ソフィアの目にもう涙はない。
「それじゃリカルド…行こうか?」
「良いの?朝に出てみんなに別れを言ってからでも遅くないよ?」
「いい、決心が鈍るから」
ソフィアは微笑んだ。
エルフの部族の多くは森を出て旅することを転生として定義していた。転生すると早くとも100年村に戻る事を禁じていた。
それは村から出れないようにし、エルフの特異な交配能力から来る無用な異種交配を防ぐための掟だったが、人間の国との交流が増えた現代では、異種交配は悪い事では無いと言う認識が広まり始めていた。
しかし掟を重んじるエルフはこの掟を改編しようとはしなかったのだ。
「リカルド、ありがとう、旅に付き合ってくれて…」
「いいよ!婚約者だし!それに小遣いも増やしてくれるだろ!?」
「ふふ、そうね今の倍以上稼いできたら考えるわ」
「簡単さ!冒険者は稼げるらしいよ!」
「そう、なら頑張ってね!」
「じゃあ出発だ!楽しい旅になるぞ!なんせ、婚前旅行が国巡りだ!」
「本当に楽しみね、東の帝国に行きたいな!あそこは土地が豊かで、森の木々が大きく育つんですって!魔法の研究も盛んみたい!早く行きたい!」
「…なら、剣山を越えるのは難しいから、グラスハイム王国を迂回して行こう!」
二人の会話は途切れる事なく、これから先の旅について希望を語り合った。
ソニーが森の支配者となった夜、森を知り尽くしたこの2人が旅に出たのだった。




