アイトワラス〔2〕
ソニーは、喜び勇んで金属音へと向かっていた。
このガシンガシンという金属音は間違いなく、鎧を着た者が発する音だ。
それが森に来るなんて、森での短い生活では初めてことで、とても楽しみだった。
遠くに木々の隙間から対象を発見した。
その対象は、中年の男性で全身に鎧を身にまとい、真新しいマントと眼帯を付け、無精髭を生やしていた。背中には剣と槍、腰にはナイフが数本、左手には小さな盾を装備していた。
男は痩せた体で、それほど重厚では無い鎧を重たそうにしていた。
少し残念だ。
狩人のように軽装でなく、弓矢も吹き矢も持たずに、鎧を着て森に入るならば、兵士か、少なくとも腕に自身のある「冒険者」と呼ばれる者だろう。だからこそ強敵を想像した、ケルベロスとまでは求めなかったが、せめてグリズリーほどの強さを期待してしまった。
アレは弱い。森の足場の悪い中で、身の丈に合わない重い鎧を付けるなど不合理極まりない。男の身長を超える長い槍も木々が邪魔で扱えない事は明白。
挙句の果てには隻眼ときた、ただでさえ死角の多い森で隻眼なんて、
なんのために森に入ったのかすら分からない。あの男装備と体躯で、まともに扱えそうなのはナイフくらいだろう。
満腹でもあるからあいつは、明日の食事に回すか。と小さくため息を吐いた。
ソニーは、先程食べた青年の狩人の姿に化けた。
鬼の顔が胸に刺繍された赤い服は狩人の服に隠れ、その狩人の服はピッタリのサイズになった。
ソニーは地面に深い足跡を残しながら鎧の男に近づくと、男もこちらに気づき、残り数歩という距離で相対する格好となった。
男は言った
「狩人か?ここには化け物が出るそうだ、しばらく森には来ない方が良い、すぐに立ち去りなさい」
「心配ありませんよ、僕はグリズリーも倒したことがあるんです。初対面でこんなこと言うのもなんですが、おじさんこそ、そんな痩せっぽちの体で鎧を付けるなんて気は確かですか?」
男は苦笑した。
「そうだね、君の言う通りだ、歳をとった、筋肉も落ちた。感覚も鈍っているな、でも、私だってグリズリー程度なら大丈夫さ」
「へぇ、そうなんだ…まぁ、気をつけて」
ソニーが男の横を通り過ぎようとしたところに、男は少し笑って引き止めた。
「ところで…小太りの青年を探しているんだ、知らないか?」
「川の近くで、そんな人を見たよ、じゃあ」
「そうか、ありがとう、助かるよ…」
ソニーは通り過ぎしばらく歩いたところで、油断しきったであろう男を刺すべく、振り返った。
男は不敵な笑みを浮かべてまっすぐにこちらを見ていた。
ソニーは少なくない警戒をした。
狙われていると気づいたのだ、そして振り返るまでの間全く警戒していなかった自らの行動を反省した。
森に暮らしておきながら、人間をグリズリーやケルベロスと同じ「狩る側」と認識しておきながら、まるでそれを想定していなかった。
まさかこの人間が擬態していたとは想定しなかった。
身の丈に合わない装備を付け、あまりにも、脆弱なその体格は完璧な擬態だ。
ゲラムが会う人によって性格を擬態できるように。
自らが人間を狩るために、女性や子供、老人に化けて、油断させるのと同じように。
蜂や蜘蛛、蟻のように脆弱と思わせながらも、痛みを伴う毒を持つ、虫のように。
この男は弱き者に擬態していた。
ニタリと笑った。
だから面白い、だから人間が好きだ、工夫してくれるのだ。
素晴らしい。
…それでは存分に楽しもう
ソニーは腰の腰の短剣を確認し、ゆっくりと近づいた
男は笑顔を絶やさず、それでいて無言のまま接近を許した。
ソニーは瞬時に腰の短剣を男の首に向けて放つが、男は紙一重で首を左にそらして避ける、ソニーはなおも首を狙い、短剣を右に振り抜くが手応えはない。
男はまたも寸前で避けて見せた。
男は大きく飛び退いた。
「…やっぱりな、グリッチャーだな?久しぶり…わかるか?父さんだ…ジョルノだよ…ジョルノ・フレデリック・ウォルトだよ…」
ソニーは狩人の服一枚のみ切られ、赤い服が露出している事に気付きいた。
同時に目の前の男がこの服の元の持ち主だったことも思い出した。あの時の男だ、裏路地の浮浪者だ…




