アイトワラス
森で若い青年の狩人が女性の泣き声に気づいた。
泣き声の方向に行くと小石と砂利が両端に広がる川に出た。
川の側で見つけたのは両足を斜めに揃えて座り込む半裸の女性で、豊満な胸元を細い両腕で隠し、真っ白で透き通るかのような白い肌は恐ろしいほど美しく、整った顔立ちはまるで、エルフか妖精を思わせたが、耳は短く、羽も生えていないところを見るとそれは人間離れした人間であることがわかった。
青年は透き通る声でシクシクと泣く女性の前に立った。
「どうしましたか?大丈夫ですか?」
「化け物に襲われたんです!助けて下さい!!今も近くにいるはずです!早く逃げないと!連れて行って下さい!」
「落ち着いて、化け物はどこに行きましたか?」
「わかりません!早く!」
おそらくこの女性は魔獣に襲われた。
だが、どうにかして逃げ出すことが、できた。簡単に逃げることは出来ないだろう、誰かが犠牲になってこの女性を助けた。
こんなにも美しい女性だ、命だって投げ出しても惜しく無い、この女性にはそんな風に思わせるほどの魅力がある。
なんとか女性を逃すため、とにかく女性を安心させなければならない。
ほとんどの魔獣が自分の獲物に執着し、一度逃げても簡単には諦めない。
魔獣は獲物を必死になって追いかける。
魔獣から逃げるのはただでさえ楽では無いにもかかわらず、こんなに大声で叫ばれてはかなわない。
「落ち着いて、僕に付いてきて下さい、大丈夫です、僕はグリズリーも狩ったことがあるんです。僕がいれば安心です、付いてきて下さい。町に帰りましょう」
女性を半裸のままにさせるわけにはいかないと濃い茶色と緑色が配色された狩人の服を女性の肩にかけ、女性の前を歩き出した。
10歩ほど歩いた頃に背後から衝撃を受けた。
青年は痛みを覚えて振り返ろうとするも、下半身が無くなったかのように身体が動かない。
青年は目線を下ろすと胸に黒い剛毛に覆われた腕が貫いていた。
腕は丸太のように太く、その長く鋭い爪の様子からグリズリーの腕だと分かった。
首を横に向け、目を後方に向けるとそこには女性が口角を目一杯上げて、見たこともない美しい笑顔をしていた。
女性の右腕はグリズリーの腕そのものとなり、青年の体を貫いていた。
青年は状況を理解できないまま絶命した。
女性はズボンの中に隠していた暗い赤い服を着て、その上から先程の狩人から渡された服を着た、その後に全身をブヨブヨと震わせて巨大化していき、服が今にも弾けそうな風船のようにパンパンに膨らんだが、服の繊維の隙間から肉が滲み出る。やがて肉が服全体を覆ったあとに全身から黒い剛毛が生え、口からは牙が伸び、グリズリーとなった。
グリズリーの姿と変わったソニーは、絶命した狩人を頬張った。
ソニーはケルベロスを倒し、自身を知るために色々と試し、その特性について理解を深めていた。
ソニーは森にいる生物を食べる。
それが狩人であれば満腹のときは捕獲して森や獣、魔獣、人間の事を聞き、知識を深め、飽きたりお腹が減ると食べた。
森での狩りと体の研究を重ねた結果、苦痛と激しい疲労感を引き換えに身体を再生できる、頭や内臓は試していないが、転落した時に内臓の損傷も再生できたことから弱点にならないと考えた。
三つ首の狼、ケルベロスのように頭を生やすことは出来ないが、人間以外でなくとも色々な生物に化けられることもわかった。
森について、自分なりにも理解したことがある。
森の生物は大きく分けて二種類、狩る者と狩られる者がいる。
グリズリーや狼、鷲や、巨体なムカデに巨体カマキリなどの魔獣と呼ばれる動物は狩る側、ウサギや鹿、猪などは狩られる側だ。
ソニーは狩る側を狩ることがたまらなく好きだった。
肉が美味しいからでは無い、食べ物は総じて同じ味、不味いとも美味しいとも感じたことは無い。
そもそも肉は狩りの副産物でしか無い。
単純に狩りは殺すことに直結するから好きなのだ。
狩る対象の中で、特に好きなのは人間だった。人間の力は弱く、簡単に狩る事ができるが、優れた知能と武器がある、獣や魔獣のほとんどが木に登っての投石という単純な力技で狩れるが、人間は狩る方法に一工夫凝らさなければ弓矢や剣の反撃をもらうことがある。
ある時は女性に、ある時は子供に、ある時は老人に化け、油断した人間を殺して食べた。
鹿に化け、死んだ振りをして近づいて来た人間を角で突き殺したときは笑いが止まらなかった。
ソニーは美しい女性の姿に戻り、耳を研ぎ澄ますと、遠くから金属の乾いた音が聞こえる。鎧を着て歩く人間の音だ。
まるで自己の存在をアピールし、獣を遠ざけるかのような、又は魔獣討伐のため自分を餌にして誘うかのような、そんなわざとらしい音。
「今日はついてる、人間が2人も来た」
ソニーはにんまりと笑い、音のする方向へ歩き出した。




