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アイトワラス  作者: 無名サツカ
化け物の目覚め
10/30

館の化け物(2)と玉座の化け物

 長い白髭を蓄えた初老の帝王、ボルドウィンは南にある小国との戦争から帰還し、玉座に座って頬杖をついていた。


 後ろ手に縄をかけたゲラムが兵士に連れられ、玉座から10歩程離れた位置で両膝を突いた。

 帝王とゲラムの間には白色の重鎧と黒色の重鎧をつけた2人の護衛が立つ。


 しばらくの沈黙に耐えられず、ゲラムはうつむき、額から汗が流れ、緊張で乾いた口を開く

「…恐れながら陛下、私は本当に爺やを、いえ執事を殺してはおりません、決してそのようなことは…」

「…であろうな、お前は無能だが部下は大切にする。執事を爺やと慕うお前が、あの執事を殺すなんてしないだろう。執事殺しの無計画すぎる計画も、お前の言う化け物が存在するならば納得もいく。それにお前が2人居なければ説明のつかないことがあると聞いた。」

 帝王の低い声が響いた


「信じてくださるのですか!?なれば陛下!この縄を解いてくだされ!」

「あぁ、信じるともゲラム…だがゲラム、その前に話さねばならんだろう?化け物を飼ったのはいつからなのだ?」

「…アレを拾ったのは12年程前の嵐の夜です。ネズミを食べている少年が少女へと姿を変えたので、コレは使えると思い、館で育てました」

「そいつの名前は?」

「ソニーと言います。アレは言葉を上手く話せなかったので、言葉を教え、私が名前をつけました。アレには簡単な計算や一般常識、帝国のマナーも教えました」

「ゲラム…聞かれた事だけ答えよ、それで、その化け物はどこまで人に化けることができる?」

 ゲラムは首に流れる冷や汗を感じながら答えた。


「顔、身長、体型、声、そばかす、髪型から目の色に至るまで細かく変えることが出来ます」

「そうか…」

 帝王は少し考えて聞いた。

「ならばゲラムよ、なぜお前は私を殺そうとしなかったのだ?その化け物の力ならば、殺すチャンスはいくらでもあるだろう?殺して余に成り代わることも出来た、何故そのように考えなかった?」

「陛下を殺すだなんて、頭にも浮かびませぬ!本当でございます!そのようなことは決して…父祖に誓ってそのようなことは考えませぬ…!」

 ゲラムは顔を伏せた。


「本当に自分の代わりをさせるためだけに飼っていたのだな?」

「…その通りでございます…!」

「そうか、では、もう一つ聞こう。その化け物を余に差し出せば1年で帝国の領土を倍にできる、そうも思わなかったか?」

 一拍と置かずゲラムは言った。

「恥ずかしながら、思考の端にも及びませんでした」


 低い声が響いた。

「…いいや」

 帝王はニタリと笑って続けた。

「…それは通じぬ、それは悪手だゲラム…嘘をついたろう?ゲラム。私の耳にも入るほどあの優秀な執事が、化け物の有用性と危険性に気づかぬはずがない」

「ゲラム、お前は執事に提案されたはずだぞ?余に化け物を差し出すか、殺すかを、でなければ余に知られたとき反逆とみなされて、一族皆殺しとなるからな」


 ゲラムは背筋が凍りつくようだった。

 ひざまずき、頭を垂らしたその姿と心境は、さながら断頭台に首を入れて死を待つ死刑囚だった。


 皇帝は笑っていた。

「ほら、弁解せんか?ククク…暗殺を企てなかったお前の無能さだけは褒めてやる。しかしお前は忠誠心を欠き、

 余に嘘をついた、万死に値すると思わんか?死刑は覚悟の上だろうな?」

「陛下!お許しください!どうかご慈悲を!このようなことになろうとは考えておりませんでした!そうだ!私が兵を引き連れて化け物を捕まえて参ります!それでお許し下さい!」


 皇帝は笑い声を部屋中に響かせ、ひとしきり笑ったり後に聞いた。

「お前が?兵を引き連れる?どうやって?知らないのか?お前の財産はもちろん領地は全て取り上げるのだぞ?近いうちにお前の領地は全て私の物となる、元々帝国内は全て余のものであるから当然と言えば当然だが、それでもう一度聞かせてもらおうか?お前の兵士はどこにいる?」

「…陛下!必ずや兵士を集めてみせます!機会をお与え下さい!今一度機会を!」

 皇帝はニタリとして言った。

「ゲラム、何故お前がまだ生きてるかわかるか?わずかながらもまだ生きてる価値があるからだ、餌だよ、その化け物はお前に復讐したかったのだと気づかんか?お前なら餌になるんだ。釣りだ。お前は餌として、針をかけ、糸に繋ぎ、化け物に喰わせた方が利用価値が高いと判断した。その価値を超えることが今のお前に出来るのか?」


 ゲラムは長考し答えた。

「…皮のなめし技術の全てを教えるというのはどうでしょうか」

 ゲラムにとっては賭けだった。

「植物を使った皮のなめし方ではありません、火に強く、湿気に強く、日に強く、色褪せず、柔軟かつ強靭、ほとんど全ての皮を5日以内に革製品にすることが出来る技術、渡来人から受け継ぎ、代々父祖から受け継いだこの技術は、大きい財をさらに大きくすることができました。」

「この技術は紙には残さず、この私の頭の中にしかありません。執事の仇を討つため化け物の捕獲の機会、それに家の存続を約束していただければこの技術を陛下に包み隠さずお教えいたします」


 帝王の顔からは笑みは消え、品定めを始めていた。

「ゲラムよ、お前のなめし技術は有名だ、一年に数枚作るお前の革製品は驚くほど高性能。植物を使わず、金属を原料とするなめし技術はまるで魔法のようだ。しかし、お前を拷問にかけてその技術を聞き出してもいいのだぞ?」


 ゲラムの喉はカラカラに乾く。

「私は無能です、しかし、この技術は一子相伝の秘術、私に残る唯一アイデンティティです。これを家の存続ではなく、拷問による苦痛からの脱出のために教えるのでは父祖だけでなく、執事にも顔向けが出来ません。拷問を受けたその日に舌を噛み切り、自害しましょう…!」


 ゲラムにとってこれは賭けだった。

 意思の弱いゲラムにとって舌を噛み切るなど、到底出来ない。

 拷問など受けたその日に技術の全てを教えるだろう。事実、釈放こそ望めなかったが、ゲラムは拷問されずに釈放された際には膨大な賄賂を約束していた。

 遠征から帰還したばかりの帝王が、賄賂の事を知らなかった事はゲラムにとっては幸運だった。


 帝王はゆっくりと口を開いた。

「いいだろう、許可しよう。どうせお前は餌として化け物探しに同行させるところだった。自ら行くというなら余としても都合が良い。ただし…財産も領土も無しだ、お前は無一文で1人で兵を集めて捕まえろ、捕まえたときはお前の領地を半分残してやる。無論なめし技術は全て余のものだ」

「…陛下ありがとうございます!慈悲深き陛下!今一度陛下に忠誠を誓います!」

「お前には一切期待していないが、期間を決める。余はまた3日後には南へ遠征しなければならない、早ければ半年で戻る、それまでに捕まえろ」


 ゲラムは安堵し、深く息を吐き出すように言った。

「…必ずや捕まえて見せます!」

「おい、その無能の縄を解き監視をつけよ、逃げるようなら殺せ、ではゲラム…命をかけて償え」


 ゲラムは釈放され、城から出ると伸びをし久しぶりの日を浴びた。思わず顔を覆い隠すほどの光に目が眩んだ、しかしその目には決意の色が芽生え、すぐに歩き出した。

 その後方2歩、軽装の兵士が2人彼に付いて来た。

 ゲラムの孤独な戦いが始まった。


 ゲラムが去った後に白色の重鎧をつけた護衛が聞いた。

「なめし技術など拷問で簡単に吐いたのではありませんか?」

 帝王は答えた。

「おそらくそうだろうな、しかし、嘘をつかれても困る、もし嘘をつかれ、毒を作らされた日には怒りで、餌だということも忘れ、なめし技術にも構わず殺してしまうだろうからな…迷うところだが、これがベストだろう。」

「わざわざ餌を解放するほど、なめし技術が重要ですか?」

「海は怪物が支配する超えられない領域だ、渡来人はその海を超えてやってきた技術の伝道者、その伝道者が教える技術は魔法をも超える、集めて損は無い。だが、そうだな…今はそれよりも化け物が欲しい、ゲラムを解放するのは餌は生きたままの方が獲物の食いつきがいいから。だな…」


 黒色の護衛が聞く。

「しかし…ゲラムが兵士を集められるとは思いませんが、兵士を集められた際はゲラムが牙を剥くのではありませんか?」

「余が許しを与えるときは、常に裏切られることを想定している。兵士を集めたところで、ゲラムに余は討てない、あいつは常に無能で臆病だ、部下への優しい態度は無能故の行動に過ぎない。それに奴が集めた部下の中にスパイを潜り込ませても気付かぬし、部下に優しいあいつはスパイの疑いがあっても簡単には殺せない。その間にスパイは余を裏切る計画を把握するだろう。そしてその時点でゲラムの死は確定する。余の力を、恐怖を、偉大さを最大限に誇示できるタイミングで首をはねてやるさ。」

 護衛は首筋に寒気を覚え、口を閉ざした。


 帝王は呟く、

「門兵の報告書通りなら化け物は東の森か…生け捕りの賞金をかけても良いかもな」

「ジョルノの奴からも有益な情報は得られなかった…金貨10枚ならジョルノも動くかもな」

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