表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

「狐現灯篭」

 鎌倉にある、時が止ったような昔の佇まいを残す、どこか懐かしい古い町並み。




そこに俺の家はある。




腰をやらかした祖父さんが長期療養することになって、その祖父さんが一人経営していた古本屋を、大学中退組みの俺が手伝う事になったのが半年前。




元々売り上げなんか気にしていない祖父さんだったから、やる方も気楽だった。




おかげで俺はこののんびりとした町で、ゆったりと商売をしている。




ふと見上げた店先から見える山間に、妙な光の束を見つけた。




時刻は午後6時。




こんな時間にあの山で、何か祭りでもあっただろうか?




ふと気になりながらも、




「まあいいか、」




その一言で済ませ、俺は夕飯の用意に取り掛かった。




七輪を軒先に用意し、冷蔵庫から秋刀魚を用意する。




店の前は静かなもので、地元住民しか殆ど通らない。




顔見知りも多く、外で魚を焼いたぐらいでああだこうだとはならないのが、ここの良い所だ。




実に住みやすい町だとつくづくそう思う。




そろそろかな、そう思い秋刀魚をひっくり返した時だった。




「やあ」




夜風に紛れるようにして一人の若い男が、俺の前に姿を現した。




「秋刀魚か、いいね、ちょと待っててくれたまえ」




そう言って男はさも当たり前のようにして、店の中へと足を運ぶ。




男の名はS。




俺がこの家を継いですぐに祖父さんが、




「二階の部屋、空いてるだろ?一人住まわせてやってくれ」




そう言って紹介してきた男が、俺と同い年で地元の大学に通う大学生Sだった。




端整な顔をしており、初めて会った時は女かと勘違いしそうになった程。




黙っていればモテそうだが、あいにくと偏屈物で、本人曰く、大学内では少し浮いた存在として煙たがられているらしい。




その一因の一つは、彼が大のオカルト好きだということ。




何度かSの部屋に入ったことはあるが、部屋の中はほとんどオカルト関係の本で埋め尽くされていた。




一度電子書籍にしてみては?と持ちかけたが




「そうだねえ」




と気の無い声で返事を返された事がある。




とまあとにかく偏屈物だ。




「おまたせ、さて、これがないと始まらないだろう?」




店から出てきた着物姿のSが、手に純米吟醸とラベルを巻かれた酒を俺に見せて来た。




確かに。おかずに相性のいい純米酒は外せない。




それに黙って頷き返すと、Sは店の前にある長椅子に腰掛、二人分のグラスになみなみと酒を注いだ。




チリンチリン……。




凛、とした風鈴の音色が響く。




気持ち良い夕暮れの風が、ふと、俺の前髪をサラサラと揺らした。




少し肌寒く感じる夏の夜。季節はもうすぐ、夏から秋に変わろうとしている。




俺とSは互いのグラスを合わせ乾杯をし、酒を口に運ぶ。




美味い。そう思っていた時だった。




「A、君は逢魔が時という言葉を知っているかい?」




唐突に言うS。




「何だ、一口でもう酔ったのか?」




Sはこうやってたまに突然オカルトめいた事を口にする事があった。




それもこんな機嫌の良い時に限ってだ。




「はは、まあ聞きたまえよ。暮れ六つといってね、昔で言う酉の刻、現在の時刻だと、17時~18時の事を指すんだが」




そう言ってSは俺の返事も待たずに話を続ける。




「昔から魑魅魍魎、魔物が出る時刻だと言われてきたんだ」




魑魅魍魎?魔物?




最近やったスマホのゲームにそんなのが出てきた気がする。




決して現実めいた話ではない。




けれど、俺はSのこういった話は嫌いじゃなかった。




むしろSがきっかけで、こういった関係の話が好きになったと言っても、過言ではないからだ。




「魔物がかっぽする時間か、そういえばさっきから人っ子一人通らないな。これも逢魔が時ってやつのせいか?」




冗談めかしながらそう言うと、Sはクスリと小さく笑って見せた。




「かもね。特にこの町は、そういった事に近しい場所にあるから、何かと化かされる事もあるかもしれない」




Sが再びグラスを口に運ぶ。




ふと、先ほど見た山間の光の束に目をやった。




さっきとは少し形を変えている。




「なあS、あの提灯の灯り、何かの祭りだと思うんだけど、何か分かるか?」




俺が聞くと、Sは顔を上げ、山間に視線を移した。




「ああ、あれは麓にある稲荷神社の祭りだよ」




「稲荷神社の祭り?」




「知らないのかい?そうか……なら少し長くなるが、こんな逸話があるんだ」




そう言って、Sはぽつりぽつりと語り出す。




「その昔、あの山の主でもあった化け狐が、一人の男に恋をした。けれど人と狐が添い遂げるなんて事はできない。思い余った狐は人間の女に化け、その男と添い遂げようとした、けれどふとしたきっかけで、男はそれが狐だと分かってしまったんだ。男はその場から急いで逃げ出した。が、悲しいことに、男は途中にあった崖から足を滑らせ、そのまま命を落としてしまったんだ。狐は泣きに鳴いた。流れ出す涙は行く晩も止む事はなく、やがてその涙は山の川に流れ込み、麓にある村を襲った。村人達は困り果て、徳の高い僧にお願いして、狐と、悲劇に見舞われた男の為にお堂を作った。そして祭りを開くようになったという」




そこまで話して、Sはグラスの中の酒を一気に飲み干した。




「そんな祭りがあったのか、知らなかった……今度、行ってみようかな」




そう言って俺も酒を一気に飲み干す。




その時だった。




「どこに行くんだい?」




「えっ?」




突然、後ろから声を掛けられた。




思わず振り向くと、




「なんだい、一人でそんなとこに座って、月見酒でも?」




キョトン、とした顔で俺にそう言った人物は、




Sだった。着物に着替える前の姿。




「ん?七輪?何か焼いてたのかい?」




Sが視線を落として言う。




ハッとして七輪を見るが、そこに秋刀魚はなかった。




「えっ?あえ?」




思わず声が上擦る。




「どうした、変な声まで出して、おかしな奴だな、ん?あれは……?」




Sが山間に目をやった。




つられて俺も視線を向けた。




「狐火……?いや、まさか……な」




「狐火?ま、祭りじゃないのか?稲荷神社の?」




せかすように聞く俺に、Sは微笑した。




「稲荷神社?祭り?君は一体何を言っているんだい?」




そう言って笑い出すSに、俺は唖然として何も言えなくなってしまった。




ふと、通りの向こうで何やら影が見えた。




Sも気がついたらしく、俺とSは同時に影の方を見た。




「狐か……?珍しいな、山から下りてきたのかな?」




そう言ったのはS。




そう、影の正体はキツネだった。




しかもよく見ると、口に何かくわえている。




まさかあれは、




「お、俺の、秋刀魚……?」




ようやく出た俺の声に反応したのか、キツネはこちらにおじぎでもするように頭を下げたかと思うと、その場から駆け出し、あっという間にいなくなってしまった。




「ふふ、なんだい、狐に化かされたような顔して、おや、これは?」




Sはそう言うと、長椅子に置いてあった見知らぬ竹筒を手に取った。




布のようなもので蓋がされており、Sはそれを取って鼻を鳴らして匂いを嗅いだ。




「酒だな。それもかなり良質で良い酒のようだ」




「酒……?」




「ああ。もしかして、さっきの狐と、このお酒と秋刀魚を、交換でもしたのかい?」




愉快そうにSは言う。




「いや、その、何から話したらいいか……」




正直な感想だ。




「ははは、まあいいさ、夜は長い、これで一杯やりながら、何があったか、ゆっくり語ろうじゃないか」




そう言ってSは何やら上機嫌な様子。




対して俺は、狐につままれたような顔で、ただただ頭を掻くしかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ