あなたのベースはとても重い
彩…高校二年生。バスケ部員で、その高身長とずば抜けたスタイルから生徒からの人気もそこそこ。
加奈…高校二年生。軽音部員。中学時代、彩に無理やり誘われてバスケ部に入部して以来、彩とは仲良し。
私が文化祭だというのに沈んだ顔のかなっちを見たのは、校舎内の少しはずれの方だった。
「よっ、こんなとこにいたんだ」
「……あぁ、彩」
「って、随分反応薄いじゃないの。どうした?何かあったか?おっぱい揉むか?」
「……揉む」
「おお!そうか!じゃあこれを脱い…っておおおおい!!!」
なぜ自分がTシャツの裾に手をかけて本気で脱ごうとしたのかはよくわからないが、いつも快活で明るい、かつ真面目なかなっちが、私のアホみたいな冗談にのってくるとは思ってもみなかった。
ましてや、無表情で。
「あ、そういえばあっちで美術部の展示やってたぜ? イカす彫刻とかめっちゃあって楽しかったぞ?」
「……さっき見た」
「あぁ〜…そっか」
あちゃー。これは割とガチなやつだなぁ…どうしようか。
「……ごめんね、彩。変な心配させちゃって」
「いや、ちょ、待って!」
そう言ってその場を立ち去ろうとするかなっちを、私は引き止めた。
かなっちは、どうして止められたのかわからない…と言ったふうではなく、ただもじもじと足元を見つめる。
そんな彼女に、私は一言、
「どうした、言ってみろ」
私は中学時代からの友人としての務めを果たすことに決めた。
*
「そこ」
「あぁ、屋外ステージか」
かなっちの指差す窓の外で、ひと組のバンドがライブを行っていた。ボーカルの女の子の声に合わせ、客席がわっと盛り上がる。言わずもがな、大成功のステージと言えるだろう。
「あれ、かなっちも軽音部じゃなかったっけ? 確かベース……」
「ベースはもうやめる」
「!!?」
依然としてうつむき加減のかなっちの顔をのぞき込む。どうやら冗談ではないようだ。虚ろで、何を見ているのかはっきりしない。同時にその目には明確な意思が見て取れた。
「やめるって…バンドの奴には言ったのかよ」
「言ってない」
言ってない…そうか、じゃあまだなんとか止められる。
私ね、とかなっちが切り出す。
「そこのステージで演奏するのが、夢だった。中学の頃、文化祭に来て、そこのステージの先輩を見て、憧れた」
私は無言でかなっちを見つめる。
憧れ、か。
「それ、2年生はまだ出れないの?」
「今やってるバンド、2年生」
「かなっちたちは?」
「落ちた」
そこまで聞いて、私は後悔した。深い事情も知らずに、私ごときが口を挟んでいいのか。
「でもまぁ、当然っちゃ当然だよ」
その声色に、涙が滲んでいたのを私は聞き逃さなかった。聞き逃すはずもなかった。
「ボーカルの声量もピッチも向こうが一枚上だし、ギターだってソロパートのキレが違いすぎる。ドラムも上手すぎる。それに…」
そこまで言って、自惚れじゃないよ、と前置きをするとかなっちの目から涙が流れ出てきた。
「ベースは絶対私の方が上手いんだって!!」
「………」
私は、何もいわずにただ立ちすくむ。
「なんでだよ!なんであの子があそこにいるんだよ!おかしい!リズムもピッキングもブレブレなあの子がなんで!」
「かなっち……!」
流石に悪口になってしまう、と止めようにも、勢いが強すぎて止められない。
「私今日のためにって!ベース始めた時から必死に練習したんだよ!でも、ベースなんて、ベースなんて誰も聞かねぇ、誰も見ねぇ、そんな奴が頑張ったって無意味だったんだよ……!」
「かなっち気持ちはわかった!落ち着け!!」
肩を揺すって叫ぶと、ようやく我に返ったのかかなっちは、再び虚ろな目に戻って弱々しく「ごめん」と呟いた。
「だから、もうそんな楽器やめちゃいたくて、バンドももう、行けない。行きたくない」
そこまで聞いて、私はやっぱり信じられなかった。
かなっちがバンドに行きたくない。それがどんなに衝撃的なことか。
何度も遊びに行く誘いを断られた。バンドに行くんだって、申し訳なさそうに、それでいて楽しそうにしているかなっちを見て、私は嬉しかった。行けるライブには全て足を運んだ。言うなればファンのように。
そんなかなっちが今、こんな悩みを私に打ち明けて、
私はどうしたらいいんだ?
私は、私は……
「そ、そんな簡単に辞めんじゃねぇよ!!」
ようやく声が出た。友達として、いちファンとして、私のすることなんて決まっていた。
「そんな一生懸命練習したもんをそんな一回きりの挫折で放り投げんじゃねぇよ!!私はあんたのその、このライブが目標だったのは今日知ったけどよ、目標に向けて頑張る姿が眩しかったんだよ!だから…その…なんだ……」
目が見れない。もし今、私のこの必死な気持ちがそのためなのであれば。
「す…好きだったんだよ!!」
「……!!!!?」
かなっちの目が大きく見開く。
「ああ、そうだよ!大好きだよ!中学の頃からな!女の子同士って、かなっちは嫌かもしれないから、ずっと何も言わなかった…言えなかったけど、私は好きだったんだって!」
かなっちの顔がみるみる赤くなっていく。私ももう、熱くてわけがわからない。唯一、ここが人気のない場所なことが救いだった。
「だから…やめないで、お願い、私はステージのかなっちが好き。どんなステージだっていい、またあの輝く姿を見せてよ、私に!!」
ハァ、ハァ、と呼吸が荒いのを感じる。
かなっちの返答は、割とあっさりしていた。
「私は、彩のこと、大好きじゃない。でも」
かなっちは、私を真っ直ぐに見据えて言った。
「好きって言ってくれて、嬉しかった」
「…!!!」
「彩、教えて」
かなっちは私の胸に顔を埋めて問うた。
「こんな私でも、簡単に憧れを諦めるような、弱っちぃ私でも、好き?」
「んなベタな……」
流石に恥ずかしくなって顔を背けたが、確かにこの腕は、かなっちを抱きしめている。
「私、ベースはやめる」
「…やめるのかよ」
「だから、私にベースをまた持たせて?また私がステージに立てるように……」
それまで笑顔を見せていたかなっちの表情が急に曇る。
「本当はやめたくないよ」
「……そうか」
「だから、辛い。でも、彩は一緒にいてくれる?」
その日から、私はまたかなっちにベースを弾かせるためにも、かなっちと付き合い始めた。
初めてオリ作品を投稿しました。
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