プロローグ 後編
船が流されないよう錨を海底に沈め、『終焉の大地』に総勢42名が降り立った。
俺は仲間の様子を確認するために振り返ったが、皆死んだ魚のような目をしていた。
仕方なかった。
『災獣』と出会うなんて、誰も予想できなかったのだから。
--22日目
俺率いるSランク冒険者パーティー「スカーレット」と残りの拠点、修理組に分かれて行動することになった。
俺たち「スカーレット」の役割は、『終焉の大地』内部の調査。
拠点、修理組の役割は、拠点の設営と船の修理だ。
魔海の王【クラーケン】と鯨の『災獣』の縄張り争いで、船は大破した。
このままでは、帰りの航海に帆船は耐えられない。
海を見渡すと、あちらこちらでSランクの魔物達が跋扈している。
なにもかもが出鱈目だ。
◇ ◆
初めに俺たち「スカーレット」は海岸線沿いに調査することにした。
船を付けた砂浜以外は、ゴツゴツとした岩場ばかりで特に変わった様子はない。
しかし俺は、拠点から1キロほど離れた場所で、奇妙な光景を目にすることになった。
「スカーレット」の一員、ラフィが俺の名前を呼んだ。
「エルバー、あれは【ブラッドモンキー】か?」
「えっ? あぁ、あの毛並み、特徴的な犬歯、間違いない【ブラッドモンキー】だろうな。しかし妙だな……」
「だろう? 私もはじめは目を疑ったんだ。【ブラッドモンキー】が木の実を食べている所なんて、初めて見るからな」
【ブラッドモンキー】
Bランクの魔物。一個体の戦闘能力はそれ程までに高くはない。
特徴として、血のよう紅の毛並みに、発達した顎と切り裂くための鋭い犬歯。
普通、サルの魔物は草食で木の葉や果実、きのみを好んで食べる。中には雑食性もいると聞くが……
【ブラッドモンキー】は魔物の肉を好んで食べる習性を持つ。雑食ではない肉食だ。
時には格上の魔物にも襲いかかることもあり、非常に獰猛な魔物として広く知られている。
時には運送している魔物の肉にも襲いかかった例もあり、とある地方ではAランク冒険者パーティーの護衛なしには、輸送すら認められないほど聞く。
そして、奴らが群れをなすと、非常に厄介な魔物になる。統率された軍のように、緻密な連携を始めるのだ。推定Aランクの魔物に匹敵するほどだ。
俺たち「スカーレット」も【ブラッドモンキー】の群れと交戦したことがあるが、かなり苦労した記憶がある。
そんな魔物が海岸沿いの岩場で、痩せ細って今にも死にそうな見た目で、木の実にかじり付いていた。
俺たちはその時、この大陸ではそういう生態をした【ブラッドモンキー】がいるのか、その程度に考えていた。
そして森の中へと足を踏み入れていったのである。
◇ ◆
ここは黄金の大陸か!?
そう思えるほどに森の中のあちらこちらに、高価な薬草や木の実が生息していた。
中には手に入れるのが非常に困難で、貴族や大商人にしか、手に入れることすらできないと言われている、解呪効果のある【月光草】の群生地も発見した。
さらに森の奥地に進んだところには、未だ誰も見たことがない新種の魔物や、Sランク魔物が氷漬けにされた状態になっていたり、遺骨となっているものもいた。
そんな光景を見た俺たちは、出会ったら逃げ出すような魔物に出会わずに済んだ安堵感、そして……
--凶暴な魔物たちを亡き者とする"何か"がこの大陸にはいる。
そんな場所に立ち入ったのだと、更に緊張感を高めた。
臨戦態勢のまま、さらに森の奥地に進んだところで、俺たちは見てしまった。
紫色に光る、巨大な光玉を。
「ま、魔力溜まり……」
俺たちは一目散に来た道を、トップスピードで駆け抜ける。上空を見上げると、赤い煙が立ち上っている。
赤の発煙は、拠点組に持たせた緊急信号だ。
俺はそう考えていた時のことだった。
辺り一面が一瞬で凍りつき、ダイヤモンドダストが発生した。辺りにいた魔物たちは、次々と氷のオブジェとなってゆく。
氷の森には今までにいなかった、北の大地の魔物が次々と生まれ、一体一体がSランク化け物のような魔物達だった。
そして巨大な魔力溜まりから、ついに厄災は生まれる。
そして前方はいつのまにかマグマの川が道を塞ぎ、火山にいるような魔物たちがマグマの川から這い出てくる。
黒き海で見た『災獣』の縄張り争い。
全ての生命を刈り取る厄災。
熱波の嵐と冷気の嵐がぶつかり合い、森は一瞬で更地となった。
まさに地獄を見ているかのようだった。
俺たちは立ち塞がる魔物を斬り伏せ、ときには飛来する氷塊を魔術で防ぎ、なんとか戦場から離れることができた。
そして後ろを振り返ると、俺の仲間はラフィ一人しかいなくなっていた。
ラフィに話を聞くと、おれが20年以上共にして来た仲間たちの死は、あまりにも残酷で一瞬だった。
氷漬けにされた。
マグマの川に飲まれた。
魔物に頭を食いちぎられた。
溢れ出す涙が止まらない。
突然の出来事に、俺の心の堰は一瞬で崩壊した。
赤い発煙の方角を向くと、幾千もの雷撃が降り注ぎ、黒煙に包まれていた。
そこで俺は気づいたのだ……
--『終焉の大地』は決して、人間ごときが踏み入れていいような場所ではないと。
海岸で見た痩せ細った【ブラッドモンキー】は、この大陸では食物連鎖の最下層。
ゆえに魔物の肉は手にすることができなかったと。
黒き海は、大陸から溢れ出す魔力を取り込み、『災獣』やSランクの魔物たちが跋扈する、死の海と化している。
そう考えると全ての辻褄があうのだ。
「エルバー!」
絶望していた俺は名前を呼ばれ、ハッと顔を上げる。
視界を覆うほどの巨大な火の玉が目前に迫っていた。
そうか俺もここで死ぬのか……長い人生だった。
--そう思っていた俺と、迫り来る火の玉の前に、ラフィが出てくる。
「お、おい、ラフィ!!!」
後ろを振り返ったラフィは最後にこう告げた。
「足掻き、生きて! 帰りを待っているものたちの元へと帰り、『終焉の大地』での記録をを届けろ! エルバー、それがあんたの最後の仕事だよ。全魔力解放【魔力障壁】
迫り来る巨大な火球と 【魔力障壁】は激しくぶつかり合い、爆風と熱波によって俺は吹き飛ばされた。
俺がいた場所は爆炎に飲み込まれ、あたりは一帯は荒れ狂う火の海となった。
火柱がようやく収まると、ラフィは黒炭と化し瓦礫のように崩れ落ちた。
「ラ、ラフィ? おい、待ってくれよ、まだ行かないでくれよ!」
俺はあまりの恐怖に逃げ出した。
「あぁぁぁあああああああ」
泥だらけになった。
そして足が動かなくなるまで、走って走って、逃げた。
いつしか俺は濁流に飲まれた。
そこまでは記憶にはっきりと残っている。
しかし、残念ながらそれからの記憶はない。俺の身に何が起きたのか、どうなかったかは覚えていない。
気づけばどこか、別の島に流れ着いていたのだ。
そして南の孤島で生活すること数年、孤島の近くを通りかかった漁船にわたしは救助された。
--帝国歴751年、エルバー・マクガーデン生涯最後の冒険が、ここに幕を閉じる。
◇ ◆
あとがき
我が最後の冒険で儚き命を散らせた仲間たちよ。
我ら人類の悲願を果たすことができたのは、諸君らの活躍あってこそだ。
わたしは諸君ら99名に感謝の念を示すと共に、安らかなる休息を願っている。
著者 エルバー・マクガーデン
プロローグは一旦終わりです。
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