忘れもの
ある小学校にDくんという男の子がいた。
Dくんは勉強も運動も苦手な生徒だが、芸術面に関しては秀でた才能を持っていた。
これは、そんなDくんが小学5年の時に体験した出来事。
冬の寒さが本格的になってきた、ある日の図工の時間。
「今年もガンバレっ」
授業を見に来た校長が、Dくんの横を通り過ぎる祭に作業中の彼の肩を力強く叩いて行く。
Dくんは手を止め、頷き程度に軽く会釈を返す。
校長が応援するのも無理はない。
なにせDくんが作った作品は、これまで4年連続で地域の展示会に出展されているのだ。
校長からしてみたら、自身の学校の生徒が、毎年好成績を収めるので鼻が高いのだろう。
クラスメイトたちもDくんに賞賛の眼差しを送るのだが、中にはやはりそれが面白くない生徒もいるわけで。室内を飛び交う話し声には時折、Dくんに対する悪口も混ざっている。
Dくんはその声に耳を傾けまいと、あえて忙しそうに手を動かしているようだった。
展示会まで1ヵ月を切った頃。Dくんは家の中で異質な空気を感じるようになった。
気のせいかと思っていると、鼻を突く濃厚な臭いが頻繁に漂うようになった。奇妙なことにその臭いは、毎回Dくんの自室だけに留まっていた。
やがて、Dくんは人の気配を感じるようになる。
静かな室内で耳を澄ませると、Dくんの呼吸に合わさり、微かに誰かの息遣い。そうしていると、今にも声が聞こえてきそうで気味が悪くなり、急いでテレビをつける。
それでもDくんは、落ち着かなかった。
そんな日々が続き、不安な思いが頭から離れないDくんは、図工の授業でみんなから大きく遅れをとっていた。このままでは期間内に仕上がるかどうかも怪しかった。
この時のDくんは、精神的にかなり追い詰められていたそうだ。
徐々に濃くなる気配の存在と、迫る展示会の期日に頭を抱えていた。
しかし、そんな日々は唐突に終わりを迎える。Dくんが気配の正体に気づいたのだ。
それは、Dくんの部屋の押し入れにあった。
何かの拍子に落ちたのだろう。ダンボールのフタが開き、中の物が辺りに散らばっていた。
Dくんは足元に落ちていた1枚の画用紙を拾い上げる。
丸まった画用紙を広げると、それは1年生の時に初めて展示会に出展された、自身の似顔絵だった。辺りに散らばっていたのは皆、これまで展示会に出展されてきたDくんの作品だったのだ。
幼い筆遣いながらも満足感を放つ似顔絵から、Dくんはあの臭いを嗅いだ。
似顔絵の目元が滲んでいる。触れた指先に湿り気を伝えた。
臭いは、匂いとなってDくんの顔をなでた。
結局、Dくんの作品が完成したのは展示会が終わった後だった。
生き生きとした作品だった。もし展示会に間に合っていたら、きっと出展されていただろうと勿体なく思った。
しかし、Dくんは首を振る。
「これでよかったんだよ。忘れものを取り戻すことが出来たんだから」
Dくんは嬉しそうに、完成した作品を見ながら言う。その後ろの壁には、例の似顔絵はもちろん、これまでDくんが制作した作品たちが飾られていた。