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気が付いたら転生されていたようで、そこは異世界あるあるの中世の雰囲気を感じさせる列車の中であった。
窓から見える景色にはビルのような近代的な建物は一切なく、そこには田畑と、ときどき小さな煉瓦の家が見えるだけだった。
「(本当に異世界に来たんだなあ……)」
「(何度見ても風情のある景色です)」
確かに風情のあるっていうのはこういうことなんだろうなあ。
……って待てよ、俺口に出してないよな?
自分の周りの席に座っている人はいない。じゃあ誰答えたんだ?
「私ですよー。ノルンでーす」
何処からともなく愛らしい声が聞こえる。立ち上がって当たりを見回すが俺の探している姿は見えない。
「今はエージさんの体に棲ませてもらっているので見えませんよ!」
「なんだー。俺の中なら気づかないよな。」
そりゃそうだと軽く頷きながら納得する。
…………って一緒にくんのかよ!
「何かサポートできることがあればと思い、ついてきたのですが…………嫌でしたか?」
「全くもって嫌なことなんてないです! むしろ歓迎みたいなところある!」
俺の異世界生活に一輪の花が現れた。もうこれだけでどんな苦労も乗り越えられる気がする。
「それで、この列車ってどこに向かってるんだ?」
ずっと疑問に思っていたことをノルンに尋ねる。
「ホーム大陸の中心にあるリビングという国にある国立魔術中央高等学校という学校に向かっています」
「学校? 俺異世界でも学校通わないといけないの?」
学校は嫌いじゃないけど、課題とかテストとかをこっちの世界でもしなきゃならないっていうのは正直かなり面倒くさい。
しかも、俺はこの世界では特に優れた才能を持っているわけではないし、この世界についての知識なんて一切知らない。
「テストとかは私がどうにかするのであんまり深く考えなくて大丈夫ですよ。あと他の転生者も全員同じ学校に通うことになっています」
なるほど、その学校で何かしら争いが起きて暴れまくった結果世界が崩壊したのか。もう今までの常識は通用しないのかと思い嘆息する。
そういえば、俺の中にいるのだから考えることは全部バレるってことか。
でも俺はノルンの考えていることがわからないんだよなあ。
……何だろうすごく損している気がする。
「これからずっと一緒なんですからあんまり気にしないほうがいいですよ。 ちなみに目を閉じていただければ私の姿が見える……閉じるの早いですね……」
ノルンの姿が見られると知った俺は即座に目を閉じ、その約五分ぶりに見る神々しい姿を拝んだ。
話すことは特にないけど、とりあえずずっと目を閉じておこう。
ノルンもこの独特な間に困った表情を浮かべていたが、何かを思い出したかのように手を合わせ口を開く。
「あ、あのっ! 次の駅で一人目の転生者が乗ってきますので、頑張って話しかけてみてください!」
一人目の転生者か……。大抵異世界に転生出来る人なんて、俺みたいな心優しそうな青年って相場が決まってる。
仲良くなっておいて困ることはないだろうし、積極的に話しかけるか。
「あっ、来ました! 座るとこ探しているみたいですね」
それを聞いた俺は声をかけるために腰をあげる。
「ここ空いてるので良かったら座りませ…………んか?」
「……お、おう、……ありがと」
振り返るとそこにいたのは、俺が想像していた様なパッとしない青年ではなく、ベリーショートでサイドを刈り込んだいかつい髪形で、切れ長の目と筋の通ったきれいな鼻を持ち、捲られた服の袖から見える筋肉は程よく鍛えられていた。
「(こ、怖えええええええええええええええ!)」
いきなり声をかけられたからか、眉間にしわを寄せ怪訝そうな表情をしている。それを見た俺は蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなってしまった。
本当なら、元の世界でスクールカースト中層でキョロ充していた俺からすれば、この手のやんちゃしてそうな人とは出来るだけ関わりたくなかったのになあ……。
そんなことを考えなら冷や汗をだらだらと流す。
「なんだよ、別に食って掛かったりしねえって」
俺のこわばった表情をみて、頬をかき苦笑しながら俺の前の席に腰を下ろす。
見た目怖いけど優しいタイプの人で良かったっと安堵し、同様に席に着く。
「あのっ、泉詠二です! よろしく!」
「俺は小野大地。ダイチでいいぜ、よろしくなエージ」
無駄に声の大きくなってしまった挨拶にも、落ち着いて返してくれた。
「――友達になれたようで良かったですね!」
今までずっと口を噤んでいたノルンが頭の中で語りかけてくる。
「そうだな、他の転生者もこんな感じだったら楽なんだけどな――」
「――おいっ、聞いてんのか?」
目を開けると訝しげな表情でダイチがこっちを見ていた。
……確かに自己紹介した相手が急に目を瞑って瞑想みたいなことしだしたら不審に思うよな。
「ご、ごめん。この国来るの初めてでちょっと考え事してた」
何とか誤魔化し、ノルンには人と話しているときは話しかけないでと注意しておく。捨てられた子犬のような表情をしていたが今は無視しておこう。
「考え事ねえ、……最初から思っていたけどお前なんか変わってるな」
「――そ、そうかな? この国の人は皆こんな感じだよ?」
「でもお前、この国来るの初めてって言ってたじゃん」
痛いとこついてくるなあ。これ以上変なこと言うと関係の悪化は免れないだろう。ここは素直に答えておいたほうが正解か。
「――俺、実は別の世界から来たんだ。だから勝手がよくわからないんだ……。変に思わせちゃってごめんな」
「そ、そうなのか? 実は、俺も他の世界から連れて来られたんだ! そりゃあ色んなこと考えたくなるよな! いやぁ、俺もわかるぜその気持ち。まさか同じ境遇の奴がいるとはな……。これから二人で頑張っていこうな!」
そう言いながらダイチは俺の肩をバンバンと叩いてくる。俺も精一杯の笑顔を作り喜びを分かち合った。
でも実際は、俺はダイチが他の世界から来たことなんて知っていたわけで、だから話しかけたわけで……。なんだろう、すごい罪悪感に苛まれる。
まあ、ダイチが嬉しそうだから気にしないでいいだろう。
『まもなく中央高校前、中央高校前、お荷物のお忘れ物なさいませんようご注意下さい』
列車にアナウンスが流れる。何処の世界でもアナウンスは鼻声らしい。
「意外と早かったな」
「俺はダイチより前の駅から乗ってたからそうでもなかったけどな」
荷物をまとめながらダイチがふっと笑う。
駅に着くまで前の世界のことをいろいろ話しあった俺たちはかなり仲良くなっていた。ダイチも俺と出会うまでは意外と不安だったらしく、同じ様な人を見つけて大分楽になったそうだ。気が緩んだからか、目つきも少し柔らかくなっていた。……これは俺の第一印象の補正が外れたからかもしれないけど。
「おい、ボサっとしてんなよ。さっさといくぞ」
「わかってるって」
不安しかなかった異世界生活だけど、思っていたより楽しいものになりそうだ。