第一章 出会い
「…で、よく分からないその子を薬草代わりに拾ってきたと?」
「そういうことです、はい。」
「………ごめんなさい、私じゃ処理が追いつかないので上に指示を仰いできますね。」
「…よろしくお願いします。」
親切な受付嬢、ビビは頭を抱えて奥に引っ込んでいった。
アレから、勇太の服をまとった少女を連れて街に戻ってくるとすっかり日が暮れていた。
脅威がなくなりいざ脱出したはいいものの、どうやって戻ろうかと思案したが、隣の少女の言う通りの方角に進むと迷っていたのが噓のように街道に出ることが出来た。どうやら遺跡近辺の地図は頭に入っているらしい。
しかし肝心の依頼の方はというと、最初にヒッポグリフに遭遇してから逃げ回っている最中に薬草は全て落としてしまっていた。つまり失敗だ。
それに気づいたのは門をくぐって街に入った後。今更引き返してもう一度森に行く気力など湧くはずもなく、仕方なくギルドの方に失敗を伝えに来たのだ。そしてついでに失敗した経緯も報告した結果、ビビの頭では処理しきれなくなってしまったのだ。
「違約金とか払わなきゃいけないのかな?」
「どうでしょうか?勇太さんの失敗はレアケースですので、情状酌量の余地はあるかもしれません。」
パン一の少年と海藻のような髪色をした美少女はのんきに会話している。そんな奇妙な二人組に周囲は注目するが、話しかけに行く者はいない。誰もがギルドに迷い込んだ珍獣を見る目で二人を眺めている。
少年の方、勇太はそんな視線に気づいているらしく、居心地悪そうに辺りを見回しているが少女の方は気にした様子はない。むしろ、辺りを見回している勇太を時折たしなめる程度には堂々としている。
「よう、待たせたな。」
ようやく勇太たちの目の前に現れたのは、頭を丸めている三mはありそうな大男とビビと同じ制服を着た小柄な女性だった。
「俺はここのギルドを任されているギルドマスターのエミリオだ。よろしくな。」
「私はギルドの受付担当のネリアです。」
いきなり大物が登場したので、思わず顔が引きつってしまう勇太。違約金なんか目じゃないことになるかと身構えるが、そんな勇太を見てネリアは優しく微笑む。
「大丈夫ですよ。今回ギルドマスターが顔を見せたのはユウタさんの発見した遺跡に興味があるからです。」
「おう、それにヒッポグリフとやらもな。ここじゃ聞いたこともない魔物だ。それがあんな近場の森に出たなんて結構な問題だからな。」
「あ、じゃあその…。」
「では、違約金などの発生はないと考えてもよろしいですか?」
恐る恐る聞こうとした勇太を遮って少女が尋ねる。エミリオは少し驚きつつそれに答える。
「ああ、今日が初めての依頼でコレだからな。緊急依頼って訳でもないから違約金なんてのは無しだ。それにしても保護されたって聞いてたが、随分元気だな嬢ちゃん。」
「私は休ませていただきましたので。勇太さんは休みなしですが。」
実際に寝ていたので嘘は言っていない。
「そうか。坊主、よくやったな。いい男だ。」
「あ、ありがとうございます。」
「それで、ヒッポグリフでしたか?それを証明するためのものをお持ちだとか。」
「あ、はいこちらです。」
そう言って勇太が数枚のヒッポグリフの羽を置く。証拠は必要だろうと遺跡を出る時に死体の側に散らばっていたのを拾っていたのだ。ちなみにヒッポグリフは壁にぶつかって首が折れていた。他にも体には無数の切り傷があり、少女の使った魔法がいかに強力だったのかを物語っていた。
純白だった羽は血と埃で汚れてしまい、みすぼらしい物になっていた。ネリアはその羽を手に取ると光に透かしてみたり、手触りを確認してみたりとチェックを始める。
「うーん…私じゃちょっと分かりませんね。詳しい者に確認させてきます。」
「おう。じゃあその間にヒッポグリフとやらの説明を頼む。聞いたことないんでな。」
「はい、えっと…俺もそこまで詳しくありません。というより、存在を聞くだけで眉唾だったんですが…。」
勇太は一旦、前置きしてから姿勢を整える。目が若干泳いでいるのは、嘘をつこうとしているというよりは言葉を探そうとしているというのが適切だろう。
「ヒッポグリフについて話す前に、前提の話なんですけど、グリフォンは知ってますか?」
「グリフォンは分かるぞ、ここいらじゃ出ないけどな。フォルダン山脈周辺に住んでいる連中は年に数頭、雌馬を取られて困っているって話だったな。連中の大好物だから仕方ねーけど。」
「好物まで知ってるんですね。それなら話がはやい。
ヒッポグリフは…グリフォンの種を雌馬の胎に仕込むことによって生まれると言われている生き物です。」
一拍、なんとも言えない空気が流れた。
「…は?おいおい、俺を担いでいるのか?それとも、お前は食い物に欲情するタイプなのか?」
「いや、言いたいことは分かります。俺の故郷でも、あり得ないって代名詞で使われてましたから。」
エミリオの反応どおり、本来ありえない組み合わせなのだ。勇太もそれは重々承知している。
元々、地球でも不可能なことなどの代名詞で使われていたものを、とある小説家(※1)が実際にどんなものになりそうか考えて登場させたのが始まりであり、この世界でもその元ネタの通り、あり得ない現象だと思われているのだ。
その時、裏に引っ込んでいたネリアさんが戻ってきた。
「マスター。見てもらったところ、内包している魔力から似た魔物は特定できましたが、肝心な所が異なっていてその魔物とは断定できないようです。新種の可能性があります。」
「…その似ている魔物ってのは?」
「グリフォンです。」
※1 ルドヴィーコ・アリオストという作家が、十六世紀に発表した代表作、叙事詩『狂えるオルランド』の中で詳細に姿を書いたのが、ヒッポグリフが怪物としての生を受けた最初とされている。
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