第一章 出会い
~お知らせ~
第一章の導入部分に、抜けていた箇所があることが発覚しました。短い部分なので読まなくても違和感はないかと思われますが、気になる方は二ページ目、第一章の一番初めをご覧ください。
大変申し訳ありませんでした。以後、こんなことがないように気を引き締めてまいります。
少女が安置された水槽は一段高く作られた壇の上に置かれていた。この部屋にそれ以外のものは一切置いていない。どうやらこの水槽の少女のためだけに作られた部屋であるらしい。
勇太は少女をマジマジと観察し始める。
「…不思議と興奮はしないな。」
思春期特有とも言っていい妙な興奮には襲われなかった。それどころかどこかで見たことあるような、そんなデジャブを感じていた。
人形のように白く、永久の美。時間という概念から置いていかれ、そこから変わることがない。
(ああ、わかった。死体だコレ。)
昔、見たことがあった。そう考えるとよくわかる、この水槽は棺だ。
綺麗だが、生気を全く感じさせることがない。一線を越えた、そこにある美しさなのだ。勇太は特殊性癖の持ち主ではない。
「しっかし、なんかワカメみたいに見えるな。」
水槽が何らかの液で満たされているからか、長い髪がゆらゆら揺らめいているし、色も鮮やかな緑に黒いペンキをぶちまけてかき混ぜたような汚い色をしている。
「…ワカメの上で寝ている美少女…いや、それは流石に失礼か。」
両手を合わせ、冥福を祈り終わると、力が抜けてしまい水槽の棺に寄りかかってしまう。
勇太は、この少女がどんな運命を辿ってここに屍を晒しているのかはわからない。だが、あの扉の向こうにヒッポグリフがいる限り、勇太はこの少女と同じ運命を辿るだろう。勇太は保存されることはないだろうが。
「…なんか、二回目もあっけないもんだな。まだ現実だってことを理解しながら死ぬからいいけど。」
今まではなんとなく、よくできた夢を見ているような、そんな感覚だった。ヒッポグリフに追いかけられている時だって。しかしこの少女を、飾られた死体を、人間の薄気味悪い意思を見た瞬間に理解してしまった。
ここは紛れもない現実だったと。
「…父さん、母さん、ごめん。」
勇太の中に後悔はなかった。人に恥じることはやっていなかったから。しかし、心残りはあった。やりたいことだってまだあったし、育ててもらった恩返しだって出来ていない。じいちゃんだって、孫が突然死んだなんてなったらどう思うか。まだ小さな妹は兄が消えたことをどう思うのだろう?
そんなことを思うと涙が溢れ、床を叩く。慌てて拭っても、拭っても、それは止まることはない。
だからか、勇太は気づけなかった。水槽の中の少女が目を開けたことに。
「―――――生体データ認識完了。」
「!?」
それは無機質な声だった。
勇太が慌ててその声のする方に目を向け、そこで初めて少女が目を開けていることに気づく。しかし、声がするのは少女からではない。
「…もしかして、この水槽か!?」
思わず立ち上がって距離を取る。
「遺伝子配列から保護人種《地球人》と断定。『|不協和音の守護天使≪ディソネンス・クストスアンゲルス≫』起動します。」
排水音が響き、水槽を満たしていた液がなくなる。そして、死体だと思っていた少女はゆっくりと体を起こして立ち上がる。それまで能面のように無表情だったが、呆然と見ている勇太をみつけると慈愛のお手本のような笑顔を浮かべた。
「おはようございます。」
「あ…はい、おはようございます。」
「私は名前がありませんので名乗りは省かせてもらいます、ご無礼ご容赦を。あなたのお名前はなんですか?」
「あ、えっと、細川勇太…です。」
普通の会話だった。
初対面の人と出くわした時に考えられる、普通に失礼が無いように対応するための普通のお手本のような会話。これがこんな状況ではなくて、少女が裸でなかった花丸満点を貰えただろう。
「細川勇太さんですね、登録完了しました。では、これからよろしくお願いします。」
「え?よろしくお願いします?」
「…それにしてもうるさいですね。何の音ですか?」
「あ、実はヒッポグリフに追いかけられてて。」
勇太の答えを聞いた少女は不快だと言わんばかりに顔をしかめる。
「あの実験動物、脱走していたのですね。しかも、よりにもよって地球人の勇太さんに手を出そうとは…。」
少女がおもむろに水槽に触れると、触れた部分からガラスが溶けてなくなる。この時点で勇太の脳はもう疑問に思うことをやめた。取りあえず見たままを受け止めて、後で質問すればいいだろうと結論付ける。
「少し距離を取ってください。排除しますので。」
何を、とは言わなかったがすぐにヒッポグリフのことだと分かったので、慌てて距離を取る。
勇太が動いたのを確認すると少女はゆっくりと歩き出す。お手本のような綺麗なモデル歩き、美しい肢体を持っている少女が歩くその姿は一種の芸術作品のようだ。勇太は思わず目をそらして少し前に姿勢を倒す。
そんな勇太に背中を見せる位置で立ち止まると、自然体になって両手を扉の前に突き出す。
「勇太さんはもう魔法を見られましたか?」
「あ、いや、その…まだ。」
話しかけられたので前を見なくてはいけないと思うのだが、思うようにいかない。死体だと思っていた時はどうもなかったのに、思春期とは何とも面倒なものである。
「では、私が勇太さんの初めてですね。」
【風よ歌え、風よ舞え、風の狂想曲】
次の瞬間、あれだけ頑丈だった扉が土煙を舞い上げながら吹き飛んだ。間をあけて、どこかで何かがぶつかるような鈍い音が聞こえてきた。余波で髪を靡かせながら彼女は振り返る。
「どうですか?これが魔法です。」
決して気取らず、綺麗な笑みを浮かべる少女。しかし勇太はそれどころではなかった。
「危ない!!」
「え?」
扉と一緒に破壊した扉周りの岩が少女の方を目掛けて飛んできていた。しかし、忠告は間に合わない。
鈍い音が、今度は近くで響く。
「っぁ…。」
少女は再び眠りについた。