第一章 出会い
どうやって逃げ切ったかなんて覚えてはいない。逃げている途中で遺跡らしいものがあったので急いで飛び込み、身体を隠して息を整えていた。
「あ…甘く見てたぜファンタジー…。」
軽口を叩いてみるが、身体の震えは止まらなかった。床に体を投げやって丸く縮こまる―まるで母親の中にいる胎児のような―恰好で震えが収まるのを待つ。
幸い、恐怖の象徴であるヒッポグリフの足音は聞こえない。聞こえるのは勇太の荒い息遣いのみである。
「それにしても、こんなところまであるのか。」
息がようやく整い、震えも止まったので体を起こす。
遺跡は一見それとはわからない、ちょっとした丘になっている横にまるで洞窟のように入り口が開いていただけだった。しかし、そもそも今まで平坦だった森に一部分だけあからさまな丘があることが不自然であったし、何よりその洞窟のような入り口というのが多少風化はしていたものの、綺麗に半円状にくり抜かれた、明らかに人の手が加わったものだと分かる代物であった。
見かけたときはどうにでもなれと駆け込んだが、通路には灯り代わりだと思われる発光物が壁に埋め込まれているし、入ったのは結果的に成功だったようだ。
「けど、なんだここ?こんな森の奥に建物を作る意味あんのか?」
こうなってくると、先ほど死ぬかと思った思いも忘れ、男の子特有の好奇心という物がうずきだす。
「…どうせ気力的な意味で今日はここから動けそうにないし、安全確認のためにも探索は必要だよな、うん。」
言い訳がましいことを漏らしながら立ち上がる。
探索を始めてみると、広間のようなところに出た。これまでいくつか部屋らしきものはあったが、ここはこれまでの部屋とは違って、勇太が入ってきた場所以外にも出入り口のようなものがあり、覗いてみるとどれもまっすぐな通路が伸びている。
どうやら、この遺跡はこの円形の広場を中心に、八つの通路が放射状に伸びている造りのようだった。
広間にはいくつものテーブルとイス、そしてそれの残骸が辺りに散らばっている。どうやらここは休憩室か会議室か、とにかく大勢で集まるための部屋であったようだ。
「結構な数があるなー。いよいよ何の遺跡なのか分かんなくなってきたな。」
途中にあった部屋に羊皮紙のスクロール(※1)が散らばっていたので、それを読めば少しは何か分かったかもしれないが、残念なことに勇太にはこの世界の字が読めない。
「しらみつぶしに行けばどうにかなるか。じゃあまずはこっち!」
気分はもう探検家そのものだ。先ほどの出来事を忘れようと、陽気な声で慣れない独り言を喋りながら軽快に進む。
「さあ!いよいよ第一の扉が見えてまいりました!勇太隊員は勇敢にその扉を開け放ちます!!」
まず目に飛び込んできたのは、この薄暗い遺跡には似つかわしくない純白の体毛だった。
勇太はすぐに扉を閉める。そして深呼吸を1つ。
「…OK落ち着いた。扉開けます。」
次に見えたのはこちらの方を見る、金色のつぶらな瞳だった。
勇太は即座に扉を叩きつけるように閉め、来た道を全力で戻り始めた。
数秒後、後ろで扉が弾け飛んだ音が勇太を追いかけて、追い抜いた。
「ふっざけんなチクショウ!!なんだってあんなところにまたヒッポグリフがいるんだよ!!」
※1 ここでは巻物のことを指す。他にも意味はあるが、解説は面倒くさいのでググってプリーズ