プロローグ
―――神―――
それは高次元の存在にして、我々の隣を歩むもの。
時には人の前に姿を現し、様々な方向へと導くもの。
「………あふっ…ねむ………。」
そして、そんな存在の一柱である彼女は、現在暇していた。
「はぁ、この時代の人間観察にも飽きたしなー。かといって、お仕事もないし…。」
彼女は、人間の言葉に直すなら窓際族、と呼ばれる存在であった。故に、彼女は永久の暇を持て余していた。
次は何をして暇を潰そうか。彼女の脳内会議は気だるい空気のまま続き、やがて一つの意見で決着する。
「…異世界転生でもしてみるか。」
人間時間にして一時間後、無事に青年を転生させた彼女の前には、修羅を背後に従えた別の神が立っていた。
「こ、ここが冒険者ギルド………。」
細川勇太がここに立っているきっかけは溺死だった。
夏休みに帰省した祖父の家から徒歩10分、散歩に出てみたもののやることがなくて、仕方なしに海で遊んでいる地元の子どもたちをボーっと眺めていたら1人の子どもが溺れ始めた。
慌てて助けに行ったら今度は自分が溺れて…である。
(溺れかけていた子の方はなんとか助けることが出来たって聞いたし、なんとか一安心だ。…じいちゃんとかかーちゃん、怒ってるだろうな…でもしょうがないしな、諦めて貰おう。)
そして今、勇太は最近の日本製ファンタジーでは必ずと言っていいほど出てくる存在、冒険者ギルドの前に立っていた。そう、あの(※1)転生物ファンタジーの三大登龍門の1つである冒険者ギルドだ。
「とりあえずここで登録して、身分証を作んないと。」
身分証は必要だ。魔法学校に入るためにはしっかりした身分は必要だろう。
(もしかしたら、すっごい魔力があっていきなりSランクとかだったりしてな…ふふふ。)
勇太としても、もう二度とあちらに帰れないという事実に思うところは多少あった。
しかし、だからと言ってこの現実が変わるわけではない。それに、自分たちの世界には無かった『魔法』が使える世界。男の子なら一度は夢見る、冒険の世界。この事実が勇太を異様なほど興奮させ、元の世界の未練を忘れさせていた。
「しゃあ!異世界一発目!日本人の異世界補正ってやつを見せてやんよ!」
両頬を叩いて気合一発。高鳴る鼓動を押さえつけて、入り口のドアを思いっきり開けた。
後に、この国を揺るがす事件の中心人物、ユウタの冒険はここから始まった。
※1 作者の個人調べ、異論は受け付ける。残りの2つは魔法学校、商業ギルド。