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菜の花ルリユール  作者: 日野 祐希@既刊8冊発売中
第一章 初めての修復
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修復の合間に

「お疲れ、菜月。精が出るね」

「あっ、先輩。お疲れ様です」


 図書館の事務室内、要修理の図書を直すための作業スペースで、葵が作業中の菜月へ声を掛けた。


「今日はどうしたの? いつもは研修室の方に籠りっぱなしなのに、珍しいね」

「いや、ちょっと作業の合間でできることがなくって、こっちの手伝いに来たんですよ」


 疑問顔で首を傾げる葵に、菜月がここにいる理由を説明する。

 前日までで、菜月はすべての本紙について伸ばし作業を行うことができた。


 ただ、仮張した本紙は、ゆっくり乾燥させるため、一週間程度放置しておかなくてはならない。つまり一冊の修理を集中して行っている菜月には、今できることがないのだ。


 そこで修復初日に俊彦から言われていた通り、一般図書の修理を手伝っているのだった。


「先輩こそ、どうしたんですか? いつも児童書コーナーやカウンターを行ったり来たりで忙しいって言っていましたよね」

「私もちょうど手が空いちゃったんだよね。だから今の内に、本の修理に慣れておこうと思ったの」


 葵はそう言って、キャスター付きの本棚から修理待ちの本を適当に一冊抜き取った。

 本を手にした葵は菜月の向かい側に座り、修理に使う道具を作業台に並べ始めた。


「というわけで、私も一緒に作業させてね。それと、修理に関しては菜月の方が先輩だから、色々教えてくれるとうれしいな」

「もちろん! 任せてください。……と言いたいところですが、私もまだ基本的なことくらいしかできないので、どこまで役に立てるかわかりませんけどね」


 申し訳なさそうに笑いながら、菜月が自分の作業を再開する。

 葵も早速自分が持ってきた本の修理に取り掛かった。


 しばらくは二人とも無言で、自分の作業に集中する。菜月は背が剥がれてしまったハードカバー、葵はページの抜け落ちてしまった文庫本をそれぞれ丁寧に修理していく。


 と言っても、菜月は葵が来る前から作業していたこともあり、すぐに修理が完了した。次の本を持って来ようと席を立った菜月は、そこでふと立ち止まった。


「ねえ、先輩」

「ん~、何?」


 菜月が声を掛けると、葵は心ここにあらずといった感じの生返事をよこした。見れば、残り一枚のページを元の場所に付け直しているところだったらしい。

 作業の邪魔をしちゃ悪いな、と思った菜月は、葵が作業する姿を静かに見つめていた。


「えっと……うん、これでよし! で、菜月、どうかした?」


 ページを付け終わり、葵が満足げな表情のまま、菜月を見上げる。

 菜月は、「いえ、別に大したことじゃないんですけど……」と前置きしながら、言いかけていた話を続けた。


「何だかこうしていると、図書部で飛び出す絵本を作った時のことを思い出しますよね。あの時もこんな風に、二人で向かい合って黙々と作業して……」

「ん? ああ、文化祭の時のあれね。あの時は本当に大変だったよね。企画する時は、何か形に残るもので、なおかつインパクトのあるものを、って思ったんだけど……。いやはや、仕掛け絵本作りがあそこまで大変だとは思わなかったわ」

「でも、すごく楽しかったですよ。完成した時なんてもうお祭り騒ぎでしたし、本番でもかなり評判良かったじゃないですか」


 まるでとても大切なアルバムでも見ているかのように、菜月がふわりと微笑んだ。

 菜月にとって、図書部の思い出のほとんどは、葵と過ごした日々に集約されると言っても過言ではないのだ。


 確かに部の活動だけ見れば、葵が引退してからもイベント目白押しの毎日だった。

 地区の文芸部員や図書委員と交流する研修会に出たり、図書委員会と合同で学校図書室のマスコットキャラクターを考えたりと、両手で数えられないくらい積極的に活動した。もちろん、週末には葵と一緒に図書館のボランティアにも行った。

 これらだって、十分に楽しい活動だった。それは否定しない。


 けれど、菜月にとって葵が部にいた半年間は、もっと特別なものだったのだ。


「こうして先輩と一緒に仕事をしていると、何だかあの頃に戻ったような気がするんですよね。何だか私、それがすごくうれしいんです」

「菜月……」


 言葉通り、いや、言葉以上にうれしそうな菜月を見て、葵は少しだけ表情を曇らせた。

 葵も自分が引退した後、菜月がずっと一人きりで図書部の活動をしていたことを知っている。加えて、それがどれだけ寂しいものであるかも……。


 葵も自身の先輩が引退してからの約半年間、一人で活動していた。だから、同じ部で目標を共有し、一緒に頑張れる仲間の存在の有難さ、大切さがわかるのだ。


 故に、菜月に苦楽を分かち合う相手を残してあげられなかったことが、葵にとって高校生活で最大の心残りだった。


「あ、すみません、先輩。急に変なこと言っちゃって。何か柄にもなく感傷的になっちゃいました」


 自分の言ったことで、変に気を使わせてしまった。

 葵の表情を見てそう感じた菜月は、おどけた様子で話題を流す。

 すると葵は、『気にするな』といった様子で首を横に振り、すぐにいつもの笑顔を見せた。


「ううん、別にいいよ。たまには、そういうこともあるもんだからね。それよりもさ、菜月、ゴールデンウィークの最終日って予定ある?」

「え? いいえ。今のところ、全く予定なしです。家に積んである本でも読み進めようかなって思っているくらいですね」

「そっか。だったらさ、久しぶりに二人で買い物にでも行かない? せっかく初任給も入ったんだし、パーッと遊ぼうよ」

「おお、いいですね! ここ数カ月は、お互いにバタバタしていて全然遊びに行けなかったですし。ここは就職祝いも兼ねて、おいしいものでも食べに行きましょう!」


 さっきまでのしんみりした雰囲気はどこへやら。声を弾ませ、菜月と葵はどこに行きたいかを話し合う。その姿は、高校時代の二人のままだ。

 立場は多少変わってしまったが、二人は今もう一度同じ場所に立って、こうして笑い合うことができている。その奇跡を噛み締めつつ、菜月と葵は楽しげにゴールデンウィークの予定を立てるのだった。


「二人とも、楽しそうなのは結構だけど、仕事の方もしっかり頼むよ」

「は、はい!」

「すみません、館長!」


 しかし、今は勤務時間の真っ最中だ。

 あまりにも真剣に休みの予定を立て始めた二人は、館長から苦笑混じりのお小言をもらう羽目になってしまいましたとさ。


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