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菜の花ルリユール  作者: 日野 祐希@既刊8冊発売中
第二章 始まりの日
11/26

菜月と葵の休日

 五月五日、ゴールデンウィーク最終日。


「ん~。やっぱりこの店のいちごタルトは最高ですよ。もう幸せ~」

「菜月、本当にそれ好きだよね。高一の頃から全然変わらない」

「はい! 私、このいちごタルトがあれば、どんな辛いことでも乗り切れます!」


 菜月と葵は以前約束した通り、二人で街へと繰り出していた。

 午前中は映画を観て、昼はちょっとおしゃれなイタリア料理の店へ行った。その後は腹ごなしに、駅ビルや近くの店を梯子してショッピングを楽しんだ。


 そして今は、高校時代から行きつけのオープンテラスがあるカフェで、午後のティータイム中だ。初夏のポカポカとした陽気も相まって、今日はテラスでお茶をするのにもってこいの日和である。


「やっぱり自分で稼いだお金で食べるケーキは格別ですね。日々、頑張っている甲斐もあるってもんです」

「急に大人みたいなこと言っちゃって。ホント可愛いなぁ、もう!」


 葵がおいしそうにタルトを頬張る菜月の頭を撫でた。

 ただ、当人は子供扱いされたことが気に入らなかったのだろう。菜月が憮然とした表情で葵を見た。


「いつまでも子供扱いしないで下さいってば。私だって先輩と同じ、れっきとした社会人なんですから」

「ごめん、ごめん。三年前はあんな初々しかった菜月がもう社会人かと思うと、なんか感慨深くてね。いや~、本当に立派になったもんだ。私はうれしいよ」

「もう、何なんですか。先輩、私のお母さんですか」

「あー、うん……。そこはせめて、『お姉ちゃん』と言ってほしかったかな。こう……年齢的に?」


 菜月の『お母さん発言』に、葵が思いのほかショックを受ける。年頃の乙女の心境は、複雑なのだ。

 と言っても、そんなショックも次の話題になればすぐに吹っ飛んでしまう。


 今日行ったお店や買った小物の話、最近読んだ本で何が面白かったかなど、話のタネは尽きることがない。次から次へと、二人の気の向くままに会話は転がっていく。

 その話題も、いつしか仕事のことへと変わっていった。


 同じ職場で働いているとはいえ、二人の仕事が交わることはほとんどない。それどころか、昼休みの時間が合わなくて、一日中顔を合わせないなんてこともしばしばだ。

 だからこそ、互いの仕事の話というのはどこか新鮮であり、また刺激となった。


「で、こう本紙の皺を伸ばしたら、裏にピタッと補強用の和紙を貼り付けるわけですよ」

「なるほどね。本の修復って、やっぱり奥が深いわ」


 菜月の身振り手振りを交えた修復話に、葵が興味深そうに聞き入る。

 司書である葵にとっても、本の修復というのは身近で、なおかつ関心ある話題だ。いつか役に立つかもしれないという思いもあるのか、菜月の話を聞く葵の目は真剣そのものだった。


 その修復話も一段落し、二人ともお茶で喉を潤しながら、少し休憩する。

 すると、葵がふと思いだしたという口調で、こう切り出した。


「ああ、そう言えば……。私、前々から菜月にちょっと聞いてみたかったことがあるんだけど、いい機会だから聞いてもいい?」

「へ? 別にいいですけど、改まってなんですか?」

「いや、大したことじゃないんだけどね。豊崎先生ってさ、なかなか弟子を取らないことで有名みたいじゃん。だから、菜月がどうやって弟子入りを認めさせたのか、ずっと気になっていたんだよね。一体、どうやってだまくらかしたわけ?」


 ちょっぴり意地悪な顔で、葵が茶化すように聞く。

 一方、菜月も負けてはいない。


「もう、先輩! 騙したなんて人聞きの悪いこと言わないでください。そんな詐欺師紛いのこと、私はしてないですよ。そう。ちょっと脅してみただけで……」

「……は?」


 完全にからかいモードに入った先輩に対し、てへっ、と恥じらい混じりの可愛らしい顔で、とんでもない爆弾発言を返球した。

 菜月の表情と思いもよらない返答内容のギャップに、葵が一瞬呆けた表情を見せる。しかし直後、すぐ我に返り、テーブル越しに菜月へと詰め寄った。


「なお悪いわ! 『脅してみた』って、あんた何やったの! 犯罪? 犯罪なの?」

「せ、先輩、落ち着いて。近い近い!」

「言いなさい! 一体何をした! 今ならまだ罪は軽いかもしれないわよ。もう何でもいいから、さっさと吐けーっ!」

「すみません! 冗談です! ジョークです! ちょっと言ってみたかっただけなんです! ほんと、ごめんなさーい!」


 葵に真顔で肩を揺さぶられ、菜月が目を回しながら謝罪した。

 菜月としては、「何言ってんのよ」と軽く流してもらえると思っていたのだが、葵がここまで本気にするとは、全くの予想外だ。

 菜月は全力で謝り続け、ようやく葵の誤解を解いたのだった。


「まったく……。妹分が犯罪者になっちゃったのかと思って、心底焦ったわよ」

「えーと、その……。ほんと、すみません……」


 嘆息しながら椅子に座り直す葵へ、菜月がもう一度平謝りする。

 確かに冗談にしては不謹慎過ぎた、と猛反省する菜月だった。


「で、結局あんたはどうやって弟子にしてもらったわけ?」

「あ、その話題、まだ引っ張るんですね」

「当たり前じゃない。あんなこと言われたら、本当にあんたが良からぬことをしてないか、是が非でも確認しておかないと。さあ、とっとと話しなさい」

「本当に変なことなんてしてないですって~」


 菜月が若干涙目になって訴えるも、葵は「いいから話せ」の一点張りだ。

 誤解は解けたものの、話を聞くまで引く気はない。葵の目は、そう物語っていた。


 もはや事の顛末を洗いざらい離さないことには、納得してもらえない雰囲気だ。

 こうなってしまっては、仕方がない。元々隠すほどのものでもないし、変な冗談を言ってしまった自分の自業自得と思って、菜月は話し始めるのだった。


「ええと、あれは去年の夏のことで……」


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