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共食い(1)

僕は助手席で固まるように座っていた。ただでさえキレイな松永さんが運転をしている。僕は車を運転する女性フェチだった。

松永さんと会話できないまま、恵比寿駅近くの高級マンションに着いた。刑事さんが住んでいるマンションのイメージとは大分違っていた。


最上階の部屋に上がると、見覚えのある女の子が松永さんに抱きついてきた。


「お姉ちゃん、おかえり」


「もーよしてよ。お客さんの前よ」


「本当にシャイなんだから。お客さんなんて、珍しいわね。今晩は」


「…今晩は」


「いきなり驚かせてごめんなさい。この子は妹の千里」


名前はもちろん知っている。写真で見るより、かわいさが爆発していた。女子高生に大人気のモデルが、松永さんの妹だったなんて…。


「さぁ、早く上がって」


「ちょうどよかった。パスタ作りすぎちゃったの」


最上階から見る、東京の夜景も凄かったが、ジャケットを脱いでいる松永さんと、パスタを取りわけている千里ちゃんのほうが、ずっとキレイだった。


「私はさっき食べてきたからいらないわ」


そういえば僕は、かつ日和に行ったが、ほとんど食べないまま店を出てしまった。店主に嫌われていなければいいが…。


「了解。それなら、お客さんにたっぷりと…」


松永さんが、僕に耳打ちをする。


「量を減らしてもらったほうがいいわよ」


「えっ?」


僕が戸惑っている間に、千里ちゃんがパスタをお皿にたっぷりと盛っている。僕の大好物のカルボナーラだ。


「松永さん凄いところに住んでいるんですね」


「松永さんって呼ばれると、私も呼ばれているみたいだから、お姉ちゃんのことは優子って呼びなよ」


「それは…」


僕は照れながら、松永さん、いや優子さんをチラッと見た。


「確かに松永さんじゃ、ややこしいわね。これからは下の名前で呼んでいいわよ」


「わ、わかりました。ゆ、優子さん」


優子さんとの距離がグッと縮まったようで、僕の心臓が激しく動揺する。


「いーっぱい食べてね」


千里ちゃんが大盛りのカルボナーラをテーブルに持って来てくれた。


「はい、いただきます」


僕は部活終わりの学生のようにがっついた。そして、硬直した。


「どう、おいしいでしょ?」


千里ちゃんがお人形さんみたいに整った顔を近づけてくる。僕はできる限り笑みを浮かべて頷いた。


「よかった!」


千里ちゃんはそういうと、サラダを持ってきて、おいしそうに食べ始めた。


「私はカロリーが高いものは食べないの。特に夜は」


優子さんは口を押さえ、笑いを堪えながら、リビングから出て行った。

作ってくれたのが、優子さんの妹の千里ちゃんでなければ、僕は迷わず吐き出すことができたのに…。僕はかつ丼の味を思い出しながら、なんとか大盛りのカルボナーラ風パスタを食べきった。

コーヒーもいかが?と千里ちゃんに聞かれたが、僕は遠慮して、お水のおかわりをもらった。今は、水だけが信頼できる飲食物だ。


「最近物騒だから、お姉ちゃんに一緒に住んでもらっているの」


「それは安心ですね」


「どうしてさっきから敬語なの?なんか面倒臭い」


優子さんの大切な妹にタメ口で話すことなんて僕にはムリだ。

それにしても、どうして優子さんは千里ちゃんが居ながら僕を自宅に連れてきたのだろう?危うく自分が連続殺人犯であることわ忘れそうになる。


「あら、残さず食べたのね」


髪をバスタオルで拭きながら、優子さんがリビングに戻ってきた。さっき優子さんと呼べるようになったばかりなのに、お風呂上がりの優子さんに遭遇するなんて刺激が強すぎる。


「こっちへ来て」


僕は優子さんの部屋へ入った。車内と同じようにキレイに片付けられている。


「ずるいですよ、お風呂に逃げるなんて」


「ふふっ、だから量を減らしてもらいなさいって言ったでしょ」


「そうですけど…」


「さぁ、お腹も満たされたところでUSBメモリの中身を確認しましょう」


「あの味を思い出させないでくださいよ」


と言いながら、僕はお風呂上がりの優子さんから漂う香りを堪能していた。

優子さんはパソコンを起動させると、USBメモリを差し込んだ。


「あれっ?」


僕は一瞬、目を疑った。


「どうかした?」


「いえ、このパソコン、僕も欲しかったモデルだったので」


「連続殺人犯と同じセンスとはね…」


「殺人犯のセンスとか、感情とか気になりますか?」


「いいえ、まったく」


そう言いながら、優子さんがUSBメモリに入っていた『56』と書かれたフォルダを開いた。僕が殺した人数だ。

フォルダの中には、『殺人免許証について』『銃器等の購入方法について』と書かれたファイルがあった。まず『殺人免許証について』のファイルを開くと、優子さんの表情が一瞬で曇った。


・殺人免許証を持つ者が殺人を実行しても、警察に捕まることはない。万が一逮捕されても無罪になるので安心してよい。


・いかなる理由があっても300日間殺人を休むと免許は没収され、所持者には残酷な死刑が執行される。


・殺人の様子を撮影したり、録音することは禁止されている。


・殺人免許証は日本国内でのみ有効で、海外では効力を発揮しない。


大まかにだが、そのような内容が書かれていた。そして『銃器等の購入方法について』のファイルには、


・2週間に一度、銃器等を購入できる場所をLINEで知らせる。


・軍資金として1,000万円をすでに送金している。銃器等を購入すると、口座から代金が引き落とされる。


・銃器等の転売を行った場合は、殺人免許証の点数が減点され、免許取り消しになった場合は直ちに残酷な死刑が執行される。


と書かれていた。


あのお金は、父からの手切れ金ではなかったのだ。考えが甘かった。僕には手切れ金を渡す価値さえないということだ。あの人らしい…。

ファイル作成者は『ななしの組織』と記録されていた。優子さんの大きな瞳は、怒りで充血していた。


「殺人免許…こんなことが許されるわけが…」


「大丈夫ですか?」


「ふふっ、連続殺人犯に心配されるなんて、情けないわね」


「すみません」


「心配されたお返しじゃないけど、君に教えたいことがあるの。君が始めた死の清算を行っている者が6人いるわ」


「はい、甲田さんからも聞きました」


「問題は、その6人という枠なのよ。死の清算者がどんどん増殖しても不思議はないのに、ネットでも6人の死の清算者が話題なっていて、それ以上、死の清算者が増えないようになっているの。君ならこれがどういうわけかわかるでしょう」


「はい…」


「そう、死の清算者たちは共食いを始めたの。6人以上メンバーが増えないように、新参者を始末している。そして、始末に失敗した者は逆に殺され、そいつが新メンバーとして迎えられている…」

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