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出陣

「俺、俺って、女の子なのに」


「小学生の頃に、そういう子がいたでしょ」


「まあな。でも、強くなろうとして、俺って言い出した気がするんだ」


私と聡は、東京スカイタワーホテルを出て、強いお酒を求めてバーにやってきた。まるで砂漠で水に飢えている旅人のように。

今頃、楓ちゃんが殺した証拠を、ななしの組織がキレイに消していることだろう。


「先に帰るわね。楓ちゃんのことが気になるし…」


「俺も帰るよ。ショックすぎて酒が進まない」


わかってはいたが、やはりアルコールで解決できる問題ではなかった。


「少し歩かない?」


「ああ、いいよ。じっとしているより、そのほうが気分が紛れそうだ」


私と聡はバーを出て通りを歩く。


「まだ9時過ぎなのに、閉まっている店が多いな」


「映画のようなことが実際に起きると、想像以上に怖いわね」


「優子も怖いのか?」


「それはそうよ。いつどこで爆発が起きるかわからないもの。今の北野だったらどこでも爆破できるわ」


「そのことだけどさ、俺に考えがあるんだ」


「何よ、考えって」


「俺がなろうと思う」


「何に?」


「内閣総理大臣に」


私は驚きのあまり歩みを止める。


「今度、補欠選挙あるだろう。それに立候補しようと思う。俺がこの国を変えるんだ」


「探偵が総理大臣に…だれが聡に投票するのよ」


「この国を守りたいと思っている人たちだよ」


「それって国守党と同じ考えじゃない」


「そうなんだよ。そこが問題だ」


「いっそ、日本を一から作り直しいって言ったほうがいいんじゃない?」


「それだ!」


聡が私の両肩を掴む。


「さすが優子!そうだ、守るんじゃなくて、一度壊して作り直すんだ!よし、そうしよう!優子、悪い。俺今から推薦者になってくれそうな人に会ってくる!」


私は聡にキスをする。


「いってらっしゃい!」


「よしっ、行ってくる!」


聡は勢いよく走り去って行った。先ほどまで落ち込んでいたことがウソのようだ。まったく、聡らしい。


すると正春さんが出てくる。


「あら、見てたのですか?」


「今は彼が君の夫だから文句はないよ」


「総理大臣になるんですって」


「そうなったら君はファーストレディだ」


「素敵だわ」


「僕が生きていたら、推薦者の一人になれたのに」


「本当に残念ね」


「彼の熱意は国民にきっと伝わるよ」


「でも、国守党の主張にも正義があるから、簡単には勝てないわ」


「簡単に勝てるようなら彼は挑戦しないさ」


「まあね」


「人類はずっと正義対正義の闘いを続けてきた。うんざりするほど。だから、現実とは違う勧善懲悪の物語を好むんだよ」


「確かに、そういうアニメを見て育ってきたわね」


「ヒーローの活躍のために誕生させられた悪役たちがかわいそうだ」


「ふふふっ、正春さんらしい」


「君は、この国のためなら悪役になれるかい?」


「…たぶん、できない」


「僕もできない。でも、彼ならきっと引き受けるんじゃないかな」


「…どうでしょうね」


私はタクシーを止めて、千里のマンションに帰る。


どんよりとした雰囲気だと思っていたが、高杉くんと楓ちゃんがいつも通り口ゲンカしていて、千里が笑っている。


「ずいぶん、騒がしいわね。どうしたのよ?」


「だって、翔太がやけに優しくてキモイんだもん」


「何だと!人が優しくしてやっていたら調子に乗りやがって、クソガキが!」


「翔太、こわーい。うぇーん」


楓ちゃんが泣きの芝居を始め、私に抱きついてくる。

千里と高杉くんはその様子を見て、笑みを浮かべている。


「今日は心配してくれてありがとう」


と楓ちゃんが耳元でささやく。


「えっ?」


「楓って生意気な子役なんでしょ」


翼ちゃんだ。翼ちゃんが、楓ちゃんになりきっているのだ。


「もう翔太なんか大嫌い!」


「あー、大嫌いで結構!こっちは楓ちゃんのことなんて、大、大、大嫌いだからな!」


「何よ、楓こそ大、大、大、大、大嫌いなんだから!べーっだ!」


「なんだと!こっちはな超、超、超、大嫌いだからな!ベーっだ!」


それにしても、高杉くんは子供相手に相変わらず大人げない。高杉くんは気付いていないのだろうけど、彼は相手に合わせることがすごく上手だ。まるで、何年も前から知り合いだったかのように、自然と距離を縮める。高杉くんが、連続殺人を起こす前に知り合っていたのなら…。


「優子さん、どうかしました?」


この察しのよさが災いしてしまったのだろう。見なくていいものが、見えてしまう。だから、憎悪を積み重ね、犯行に及んでしまった…。


「ちょっと飲みすぎちゃったかな」


「えー、聡さんと飲んできたんですか?ずるいなー」


「翔太さん、それなら千里が付き合ってあげようか」


「ダメ!千里ちゃんは未成年でしょ!」


「しかたないな、楓が付き合ってあげる」


「よし。それじゃ楓ちゃん一緒に飲もうか」


「バカ、冗談に決まっているでしょ。なんで、チサネエはダメで楓はOKなのよ!」


「うーん、楓ちゃんとは一緒に飲みたい気分なんだ。10年後に、一緒に乾杯しようね」


「キモッ!チサネエ、ユウネエ、翔太が楓を口説いてくる」


「ふふふっ、よかったわね」


「よくなーい!翔太さんには千里がいるでしょ!千里とも3年後に乾杯するのを約束してー!」


千里が小指を立てる。高杉くんが困惑しながら指切りを交わす。賑やかな時間が続き、楓ちゃんはいつの間にか寝ていた。ほっぺにキスしたくなるくらい愛らしい寝顔で。


私が楓ちゃんの寝顔に見とれていると、千里が楓ちゃんのほっぺたにキスをする。


「本当にかわいいんだからー」


こういうことを平然とできるのが千里の凄いところだ。ドラマのワンシーンを見たかのようだった。


「優子さん、今度の土曜日の夜、予定空けておいてくださいね」


と高杉くんが言うと、


「これを練習しておいてね」


と千里がDVDを私に渡す。


「何これ?」


「絶対にやってもらうからね」


「僕も楽しみだなー」


はて、千里と高杉くんは何を企んでいるのだろう?このとき、土曜日の夜に起こる悲劇を私は知る由もなかった。

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