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トラップ

「なんだ」


かつ日和に着き、この店主にも何かおもしろい癖があるのかと見ていたら、鬱陶しそうに睨まれた。


「な、なんでもありません」


私はかつ丼にがっつく。うーん、遊園地帰りの胃袋に染みる。ふと、厨房を見ると、店主が私をじっと見ている。


「どうしました?」


「やっぱり、右手で食うほうが豪快でいい」


そう言うと、店主は自分の仕事に戻る。私はちょっと恥ずかしくなって、おしとやかに食す。やっぱり、ここで食べるほうがおいしい。

すると、遊び疲れてお腹を空かせた後の至福のかつ丼を味わっている最中に、聡から電話がかかってくる。1回目は無視した。


「大事な電話は2回かかってくる」


と父がよく言っていたからだ。

間も置かず2回目の着信があったので、仕方なく電話に出る。


「なによ、しょうもない要件だったら…」


「千里ちゃんは?優子、今千里ちゃんと一緒か?」


聡が鬼気迫る感じで尋ねてくる。


「今は一緒じゃない。高杉くんと家に帰ったわ。どうしたのよ?」


「防衛省のルートから入った情報で、今晩東京スカイタワーホテルで裸婦に罠を仕掛けた連中がいるらしい。もし、千里ちゃんが裸婦ならかなりヤバいぞ!」


私は聡からの電話をすぐに電話を切り、千里に電話をかける。呼び続けても、電話に出ない。一度電話を切り、もう一度かける。お願い、出て…。千里は電話に出ない。私は高杉くんに祈るように電話をかける。高杉くんはすぐに電話に出た。


「はい、優子さんどうしました?」


「千里は、今、千里と一緒?」


「はい、お家でアルバムを見せてもらっています。優子さん、野球やっていたんですね。しかも、ピッチャーだなんてさすがだなあ」


私は、ほっと胸をなでおろす。


「もー、出ないでっ言ったのに…」


とふてくされている千里の声が聴こえる。よかった。本当によかった。


「あっ、ちょっと」


怒った千里が高杉くんからスマホを取り上げたようで、


「ちょっとお姉ちゃんなんで電話してくるのよ!せっかくいい感じだったのに」


とまくし立てる。この声をもう聞けなくなるのかと本気で心配した。


「バカっ、なんで電話に出ないのよ!2回かかってくる電話は、大事な要件でしょ」


「ご、ごめんなさい。何かあったの?」


「それは…高杉くんにかわってちょうだい」


「何ですか、優子さん」


嬉しそうにしないでよー、と千里の声も聞こえてくる。


「今晩、裸婦が待ち伏せされているみたいで」


「えっ、裸婦が?」


「私が帰るまで千里を見張っていてね」


「お任せください!」


ちょっと待って、と千里の声が聞こえ、スピーカーに変わる。


「お姉ちゃん、裸婦がどうしたの?」


「千里ちゃん、裸婦を知っているの?」


「ちょっと翔太さんは黙ってて。お姉ちゃん、どうしたのよ?」


千里はやっぱり裸婦のことを知っていたのだ。


「え、ええ…。裸婦に罠が仕掛けられているみたいなの」


「たいへん!助けに行かなきゃ!」


「どういうこと?千里、あなた裸婦が誰か知っているの?」


千里は返事をしない。


「千里ちゃん、教えてくれないと助けに行けないよ」


「うん。そうね…。裸婦は…たぶん…」


「えっ?」


私と高杉くんは耳を疑う。


そんなことがあるはずがない…。そんなことができるはずがない…。私たちは大きな勘違いをしていたのか?私はかつ丼を残し、お代を払う。

すると、店主がヘルメットを差し出す。


「えっ?」


「理由は知らんが、急ぎなら送ってやる。おい、麻美」


「はい」


色白の新しい店員の女の子がヘルメットを持って出てくる。


「送ってやれ」


「はい。行きましょう!」


私は店員の麻美さんとかつ日和を出ると、店の裏側へ周る。


そして、かっぽう着の麻美さんがハーレーダビッドソンにまたがる。こんなバイクで出前をしていたなんて…。


「さあ、乗ってください」


私は後ろにまたがり、ヘルメットをかぶる。

すると、聡から電話がかかってくる。しまった、折り返し電話するのを忘れていた。まあいい、高杉くんに電話をするだろう。今はとにかく東京スカイタワーホテルへ向かおう。


「それじゃ、お願いします!」


「かしこまりました!」


ハーレーダビッドソンがうなりを上げ走り出す。

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