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悪人

僕は病室に入ることができなかった。今頃、僕のせいで死んでいたかもしれない。聡さんが病室から出てくる。


「意識はしっかりしているから一安心だ。さすがに署内で狙われるとは思っていなかったみたいで、油断したと悔しがっていたよ」


優子さんは、足立西警察署の階段で、ふいに背中を押され、右腕の骨を折るなど大ケガを負ったのだ。


「優子も言っていたけど、お前が責任を感じる必要はない。残念ながら、優子を押した奴を目撃した署員がいないから、足を踏み外した事故として処理されるみたいだ」


「そんな!」


「あの赤いアウディの運転手の顔が高速のカメラに映っていたはずだから、それを優子に確認してもらおうと思っていたが、この様子だと映像も消されているだろうな…」


「目的のために手段を選ばない奴らが憎いです…僕も同じことをしてきたのに…憎くて、憎くて…」


「いいか、これだけは言っておく。優子のために、殺人免許を使うなんてことは絶対に考えるな。そんなことしても、優子を悲しませるだけだ…」


「僕にもっと力があれば…何の力もないのに、死の清算なんて始めたから、もう自分の手に負えなくなって…優子さんが、優子さんが死ぬところだった…」


情けない、悔しすぎる、泣くことしかできない。


「優子は強い女だ。もう油断しないさ。俺たちはまず、ポリスマンを止めに行こう」


「…はい」


「それに、俺はお前も強い男だって信じてる」


「えっ?」


「さあ、行くぞ」


「はい」


僕は立ち上がり、病室に向かって一礼すると、聡さんを追いかける。


「今、ポリスマンはどこに?」


「それが、追跡アプリの反応がなくなったらしい」


「ばれたのでしょうか?」


「それならいいが、電話も通じないようだ…どうも嫌な予感がする」


聡さんの予感は当たっていた。


2日後、新潟市内の廃屋で、ポリスマンの遺体が発見された。死因は、長い刃物で切られた出血死だった。日本刀を使う死の清算者、『マサムネ』に殺されたのだ。

僕と聡さんは、ポリスマンこと斉藤豊の葬儀会場を見張ることにしたが、怪しい動きはなく、赤いアウディも現れなかった。



2016年12月20日-


聡さんは斉藤家を訪ねた。豊さんを助けられなかったことを、妻の加代さんに謝罪するためだ。警視庁関係者の奥さんだから、僕のことを知っている可能性が高いので、僕は車で待つことになった。


聡さんが車を出てから間もなく、スマホに着信がくる。聡さんが僕の分の御線香も立ててくれた合図だ。僕は斉藤家に向かって合掌する。ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい。僕が死の清算なんて始めなければ…。


マサムネは、死の清算者を全員、始末する気なのかもしれない。残るは、爆男、ダイアナ、マムシ姫、裸婦の4人だ。さすがに、総理大臣の爆男を狙うのは難しいだろうから、次のターゲットは残りの3人の誰かだろう。或いは、僕か…。


そして、優子さんを襲った奴は、死の清算者たちの殺し方と一致しないから、ななしの組織の人間だろう。ななしの組織は、法律で捌けない悪人を抹殺するために、特定の人間に殺人免許証を渡している。


つまり、彼らは彼らの正義に則って行動しているのだから、それを認めない優子さんを悪人とみなし、何のためらいもなく消そうとしたのだろう。

聡さんの言う通り、優子さんは優秀な刑事だ。でも、ななしの組織は何をしてくるかわからない。恐らく千里ちゃんは狙わないだろうが…。


15分ほどして聡さんが戻って来た。そして、ハンドルを強く叩いた。


「クソッ、殺そうとする現場をおさえようと俺が欲張ったからだ」


何度もハンドルを叩く。


「娘さんが、総理大臣から届いた電報を嬉しそうに見せてくれたよ。自慢の父親だって」


「奥さんは…」


「ショックで立てないようで、会えなかった。人の死は、あの人の声を聞くことができない、あの人の匂いが薄れていく、そんな風に辛くなっていくものだからな」


僕が殺した56人の死によって、いったい何人が悲しみに暮れているのだろう。だけど、僕がしたことの全てが間違いだったとも思えない。彼らは悪人だった。彼らの死によって救われた人も大勢いるはずだ。



2016年12月21日ー


総理大臣となった爆男こと北野が、マスコミに向かってとんでもない発言をした。


「日本の警察は、事件が起こってからしか動けない。これでは、増加している凶悪犯罪を止めることができない。そこで、我が内閣では、犯罪が起こる兆候をとらえた段階で逮捕できる“危険人物罪”を新たに設けるように法整備を整えていくことになりました」


聡さんは、このニュースを見ると、テレビ画面越しに北野を殴った。もちろん、テレビは大破した。


「このままでは、日本はまた独裁国家になっちまう。危険人物罪なんて作らせちゃダメだ」


「そうですね…」


その日、僕はななしの組織から、拳銃を一丁購入した。

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