追跡
ブレーキが効かない車に乗って、聡さんと僕は関越道で赤いアウディを追走する。
「追いかけて、どうするんですか?」
「とにかく、ダイアナの面をわるんだ」
「そのあとは?」
「他の車の迷惑にならないように、なんとか止まる」
「どうやって?そのなんとかを知りたいんですよ」
「うるさいな!俺は運転してるんだ!それはお前が考えろ!」
優子さん、僕はここで死ぬかもしれません。
「おい、お前なんで目を閉じて合唱しているんだよ!」
「今までの罪を懺悔してるんです。僕だって、天国に行きたいんです」
「ふざけるな!ここで俺たちが死んだら、誰が爆男を、総理大臣を止めるんだよ」
確かに、爆男を野放しにしたままで死んでしまっては、僕はきっと天国へ行けない。
「わかりました。高速でブレーキが効かなくなった場合の対処法をググります」
僕はスマホを取り出し、グーグル先生に助けを求める。
「おっ、赤のアウディ、ダイアナの車だ!」
「あっ、ありました!サイドブレーキをゆっくり、何回かわけて引けばいいみたいです!」
「おお、でかした!」
「もう、探偵ならこれくらいのこと知っていて下さいよ」
「すまんすまん。俺の愛車はトランクのチャリだから」
助かるもしれないと思った時、ぽつんと水滴がフロントガラスにぶつかる。
「聡さん、これって…」
雨は勢いを増し、フロントガラスにぶつかる。
「雨の降り始めが一番危ないっていうのは聞いたことがある…おい、だからそうやって拝むのをやめろ!」
「言い忘れてましたが、僕、雨男なんです」
「こうなりゃ、カーブがないことを祈るばかりだな…幸い、ガソリンはそんなに残っていない」
「さ、聡さん、大変です!」
サイドミラーに、今や敵となった車が映っていた。
「今度は何だ!お腹でも痛くなったか?」
「覆面パトカーが近づいてきます!」
聡さんもバックミラーで確認する。
「おかしいな、サイレン音が聴こえないし、止まれとも言ってこない」
「止まれと言われても、止まれないですけどね」
そして、覆面パトカーが真後ろにつき、僕たちの車にぶつけてくる。
「うわっ!」
「ダイアナだ。ダイアナが、あいつらに協力を頼みやがったんだ…おい、今度、合掌したら俺がお前を殺すぞ!」
「だって、どしゃ降りの中、ブレーキが効かない車に乗っていて、覆面パトカーにぶつけられて助かる方法なんて、グーグル先生でも知っているわけないでしょ。助かる可能性なんて」
「ゼロじゃない!ゼロなんて数字はまやかしだ!検索しても見つからないなら、お前が今すぐ考えろ!」
無茶苦茶な話だけど、不思議と説得力があった。
考えろ、考えろ、生き延びて優子さんと結婚して、子どもを3人作って、幸せな家庭を築くのだ。できたら子供は女の子がいいな。優子さんに似て、きっと美人になるだろうな。休みの日は、トランクに自転車を積んで、近くの公園へ…。
「お前、何ニヤニヤしているんだよ!正気を保て!」
「そうだ!聡さん、トランクに自転車を積んでいますよね」
「なるほど!」
「僕がぶつかってくるタイミングを教えますから、その時です」
「OK!」
僕は後ろ向きに座り、覆面パトカーを凝視する。
「まだです、まだです、もう少し、き、きます!」
「おっしゃ!」
聡さんがトランクのカギを開ける。覆面パトカーが真後ろからぶつかってきた拍子にトランクが開き、自転車が飛び出る。そして、覆面パトカーのフロントガラスに自転車が命中し、フロントガラスにひびが入り、スピンする。
「やったぞ!でかした翔太!チャリは残念だが、命には変えられない」
僕は聡さんをじっと見つめた。
「な、なんだよ」
「はじめて、名前で呼んでくれましたね」
「何をお前、女みたいなことを…」
「これって、吊り橋効果かな…」
聡さんは、先ほどのピンチよりも引きつった表情を見せる。
「ははっ、冗談ですよ。さっさと、ダイアナに追いつきましょ」
「おお…」
聡さんは、僕にも警戒しながら、ダイアナが運転する赤いアウディを追いかけた。
だけど、追いつくことができないままガス欠になってしまったので、仕方なく路肩に車を止めてJAFを待つことにした。
「さっきの連中に追いつかれますかね?」
聡さんがバックミラーに目をやる。
「…それより、後ろから猛スピードで迫ってくるトラックが気になるな」
僕と聡さんは降車して、後方を確認する。雨は強さを増していた。“事故”と処理するには、最適な天候だ。僕と聡さんは、目を合わせると、急いで車から離れる。
次の瞬間、トラックが突っ込んできた。トラックの運転手は降車すると、後を追ってきたセダンに乗り込み、逃走して行った。
「ケガはないか?」
「大丈夫です」
僕たちが乗っていた車はペシャンコになっていたが、幸い軽傷ですんだ。
「…すごく心配です」
「俺も同じことを考えていた…」
僕たちが狙われたということは、優子さんも危ない。
すぐに優子さんに電話しようとするが、
「おい、優子には俺が電話する」
「嫌です!僕が電話します!」
「お前はバカか、俺は優子の夫で、お前は殺人犯なんだぞ!」
「バカとはなんですか!」
「ほら、バカと言われてムキになるのがバカの証拠なんだろ!」
「バカにバカと言われた場合は例外です!こんなに腹立たしいことはない」
「とにかく今は言い争っていり場合じゃないだろ!」
「わかってますよ、だから今かけてます」
「この野郎、ズルいぞ!」
スマホを耳にあてると、電源が入っていないためお繋ぎできませんというアナウンスが流れる。
「電話が通じません…」
ますます嫌な予感がする。
「急いで東京へ戻りましょう!」
僕はぶつかってきたトラックの助手席に乗り込む。
「おお」
聡さんもトラックの運転席に座る。
「なんとか、走りそうだ」
聡さんは、トラックを一度バックさせて、慎重に発進する。
「この際、大型免許なんてどうでもいいです」
「いや、これでも探偵だからね。こんな時の為に、大型免許は持っている。他にも調理師免許や危険物取扱者とかいろいろ資格は持っているけど、殺人免許は持っていないな」
「貸してあげましょうか?」
「冗談だろ。そんな免許を国が許したとしても俺が許さない…」
「優子さんも同じことを言っていました」
「ははっ、やっぱり夫婦だな」
「あと3ヶ月ちょっとだけですよ」
「ああ、その件だけどな…俺が卵を食べるかどうかは、あまり関係ないんだ」
「えっ?どういうことですか?」
「優子が出て行く一週間前に、俺が口を滑らせちゃって」
「無神経ですもんね」
「そこが俺のいいところなんだけど、あれはまずかった」
「なんて言ったんですか?」
「俺と一緒にいると、正春さんのこと忘れられるだろって。ああ、正春さんは優子の前の旦那さんな」
「それはアウトですね」
「で、ちょうど俺が卵が食べられなくなって、優子は出て行った」
「じゃ、一年間の猶予は何のために?」
「それは多分、優子が正春さんのことを忘れていく自分を許していいのか、考えるための猶予だと思う」
「もしかして、聡さんもう卵を食べられるのですか?」
聡さんは首を横に振る。
「それがまだ食べられないんだよ。とにかく、優子が卵問題だけで出て行くわけないんだ」
「でも、それって…優子さんが聡さんのもとに戻らないってことは、正春さんのことを忘れられないということで…」
「そう、お前の出番はないってこと」
そんな優子さんと結婚できないなんて、さっき死んでいればよかったかもしれない。
「そんなに落ち込むことか、お前は連続殺人犯なんだぞ」
「連続殺人犯だって、恋心には逆らえません」
「うーん、そういうもんかなー。まあ、どちらにしろ優子が決めることだ」
「あと3年早く、優子さんに出会っていたら…」
「お前は間違いなく、死の清算者になることはなかっただろうな」
「……」
高速を降りると、トラックを乗り捨て、僕と聡さんはレンタカーを借りて東京へUターンした。




